魔法使いの本気の攻撃が、竜の息吹や爪が、父親に襲い来る光景とはどんなものだろう。目の前で殺されゆく様を見せつけられるというのは、自分が何をしたというのだろう。そんな酷い仕打ちに耐えきれるものだろうか。今こうして笑っているシンは、どこまでが本物で、どのくらいの無理を続けているんだろう。

「まわりにいた人たちが何事か叫んでた、早く逃げろって。俺のこと嫌ってたはずなのに、逃げろってそう言っていた。どうしていいかわからないでいたら、父親が息も絶え絶えに魔法を使ったんだ」

 真・第九区域結界魔法。

 最初に言っていた、白翼と黒翼、精霊以外は歳を重ねない、時間の止まったこの世界はシンの父親によって作られたものだったのか。

「ジオルグの話だと、今この国はダイヤのスートの角が東西南北に位置していて、それにバツを書き込むとそれぞれの領域になるんだったよね」

「ああ、俺たちはこの下の部分、南のロンディウムで生活をしている」

「もとは十字を書き込んだような形でざっくり分かれていて、体質に合わせて南北にいたかな。氷竜は北、炎竜は南みたいにね。右に魔法族、左に竜族って感じですみ分けをしてたはずだから、ここも北というよりは各々の領域の、北側のど真ん中にあたるわけ」

 近くにあった紙にさらさらと書き込まれるこの島の地理。地形自体はここ数百年変わっていないはずだけど東西の領域に入るなという暗黙の了解ができたころに領域の位置も変わったのだろうか。というかそもそも魔法使いと竜はまだこの島にいるんだろうか。少なくとも、直近五百年は東西に立ち入れなかったようだから実情すら定かではない。生きていく力はあるのだろうが、それにしたってこの北の要塞を放っておいてまで?

「最後に、祖父の声を聞いたよ。母方のね。あの人……人じゃないけど、俺のこと疎んでたはずなんだ。当然だよな、だって俺を産んで体ダメにして母親が、自分の娘が死んだんだ。なのに、最後の最後、あの壁が俺の視界からすべてを奪うまでの時間で、痛々しい顔してた。俺の、名前を呼びながら」

 うつろに微笑むシンの視界には、最後に見た祖父の顔が見えているのかもしれないと思った。多分、シンは知らないだけだと直感的に思う。その厭われた日々にも意味があって、誰しもが心のどこかに愛のようなものを抱えていたかもしれない可能性を。

 母親はシンを恨んでいないだろうことを。それはかの祖父も、きっと同じであろうことを。