「ねぇ、もう帰ろうよぉ、いやだよぉ、すでに寒いじゃん」

「行く前から弱音を吐くな! グラシエルのどこかに『語り部』がいるんだ」

「それもおとぎ話みたいなもんですけどね……ほんとなんでしょうね、ジオルグ?」

では北には、なにがいるのか(・・・・・・・)

ロンディウムから真北へずうっと進んでいくと、鉄線や川でなんとなく見分けのつく程度の東西と違って、人為的な石の壁と重い鉄の門により境界を閉ざされた永久凍土の山がある。白の限界を超えて真っ青に凍ったその壁の向こうのことを記した記録は一切無く、本当のところは誰も知らない。

ただ永く永く語り継がれてきたそのおとぎ話によると、国土の二十五パーセントをも占めるその極寒の地にはどうやら「竜と魔法使いのダブル」がいるらしいのだ。

子供の頃から寝物語として聞かされるのはこんな話だった。


―――むかぁし、むかし。まだ人間がこの土地に足を踏み入れて間もないほど昔のこと。
大きく二分された領地には竜と魔法使いたちが住んでいました。
遠い昔、竜と魔法使いは親しい種族でした。住んでいるところはそれぞれありましたが、交流を持ち、助け合い、時には二つの種族が結婚することもありました。
竜の魔力を得て、より強くなる魔法使い。魔法使いの知恵を得てより賢くなる竜。ところがあるとき諍いが起きました。
小競り合いは徐々に大きくなりいつのまにか戦争へと姿を変え、領土が分割され、竜と魔法使いは交流を絶ってしまいました……。
その最中、愛し合ってしまった竜と魔法使いがありました。その二人の子は罪の子であるとして今も最北にひとり、その身を凍らせているのだといいます。―――


竜と魔法使いの結婚自体は微細ながらも文献が残っており、それ自体が事実であることはほぼ間違いない。だから今いる人間たちの中にもその名残が見えることがある。いわゆる先祖返りの一つで、耳がとがっているとか角が生えるとかうろこがあるとかそういう身体的特徴に何かが現れることがあるのだ。

残念ながら魔法が使える人間はこの数百年確認されていないけれど。

だからこそこのおとぎ話に疑問を持つものも多い。なぜ、この一人だけが「罪の子」なのだろうか、と。