極北の罪人はかく語りき




 もともとこの世界には魔法族、竜族、精霊種、白翼種(てんし)黒翼種(あくま)人類種(にんげん)という文明を持つ生き物が六種族存在している、というふうに言われている。

 それはこの国だけじゃなく大陸にも同様の話が伝わっていて、その中で竜と魔法使いの数がやたら少ないから拠点がこの島国だったらしいということだ。要は共生関係にあって、生活圏が狭いほうが都合がよかったんだろうと解釈されている。

 ほかの三種族はそもそも人型の人外なので、伝承というより信仰という形で残っている。

 竜は文字通り、羽を持ち、炎を吐くような大型の爬虫類を指してのそれだ。種類がいること、大なり小なりさまざまな種類があること、高い知能を持ち異種族とも会話ができることなどざっくりした話だけは残っていて絵本で語られるくらいにはみんな知っている。彼らはまごうことなき「動物」だけれども、その理性や知能から文明六種族に数えられている。

 魔法族、つまり魔法使いたちだが彼らの源流は人類種だと考えられていて、その中の魔法が使える一部の人間たちが魔法が使える者たちだけでコミュニティを形成し、分断したものだというのが通説だ。

 人種と同じで白人、黒人、黄色人、魔法人、みたいなものなんじゃないかという意見もあるようだが概ね人類種からの派生説が一般的ではある。

 その人間以外の五種族については謎が多い。そもそも古来より交流のない白翼種と黒翼種は置いておいて、精霊、竜、魔法使いは過去に絶対なにかしらの関りがあったのにそれがどういうものだったのかという記録が遺失している。

 特に、この島国に根付いているはずの竜と魔法使いの「諍いが起きて交流を断ち、その最中生まれた子は罪の子となった」という諍いがなんなのかも知らなければ、その罪の子の正体も知らず、禁足地になっている北東西が現在どのような姿なのかさえ知らないのだ。

「東西のことも含め、グラシエル山脈の語り部がすべてを知っている……というふうにこの国の人間は考えていて、だからこそ語り部を見つけることがこの国の未知を紐解く手掛かりであり、方法であり、唯一の道だ。入ったら出られない、とは言うがどちらにしてもシンを探さなくてはどうしようもないという話で」

「ほーん、なるほどなるほど……そんな風に伝わってんのか。まあ何百年も経ってたら話が変わるのも仕方ないよなあ」

「違うのか?」

「いンや、大筋は合ってる。共生、諍い、離別、幽閉。ただ細かい話がちゃんと伝わってなくてそんなおとぎ話になってるんだなって感じがするけど」

 考え込むような仕草でシンはぽきぽきと指を鳴らす。その姿は本当に、先祖返りの人間たちと何も変わらない。こんな場所でもなければ、すれ違っても気にしないだろう。声を聞かなければ男だとはわからないかもしれないが、そんな人間はどこにでもいるものだ。異形じみたものは感じない。

 あるいは強すぎて自分にはわからない、という可能性を考えてジオルグは少しだけ落ち込んだ。


「シーンーさーまー! 入っていーべかー?」

「いいよ」

 からからとワゴンを押してくる三人は楽しそうにカップやお菓子をテーブルに並べている。

 そういえばシンは彼らを「精霊の成れの果て」と言っていた。精霊については大陸のほうが資料が多い。精霊文化学という学問もあるくらいだ。

「きみたちは、どういう存在なんだ?」

「どう、ってえ? 精霊だったもの、かなああ? 人間は尽きたあとどおなるのか知らないけどおう」

「人間って死んだら終わりなんだろっ? 精霊ってさ、死んだあとの状態があんだよな、俺らはそういうのなの」

「死んだあと?」

「シン様に聞いたほうがいいんでねが? イーズ、アール、庭の手入れすべ!」

「んだな! またあとでなっ、ジオルグ!」

 見た感じは、そのサイズ感や雰囲気もあって街の子供たちとそんなに変わらないけれど精霊も竜ほどじゃないが人間よりは長命だ。死んだあと、というのであれば自分よりは年上なのだろう。

 精霊が死ぬなんて話は聞いたことがない。精霊が枯渇する話は知っているがそれは死んだのではなくその土地から消えたというだけだ。ここが精霊の墓場と言われたとき首をかしげたくなったのもそのせいだった。

 聞きたいことは、たくさんある。一日で終わらないであろう量を、何百年分も遡って知りたいのだから辞典も顔負けの内容量になるだろう。ただ、しばらくは出て行けそうにないから時間だけはたくさんある。幸いシンは最初からこちらに敵意がない。

「うーーーーーーん、俺、ジオルグが欲しい答えはたぶん全部は持ってないよ」

「それでも俺より正しいことを知っていると思う」

「そりゃあまあね、長生きしてるからね」

「……シンはいくつなんだ?」

「俺? さあ……ちゃんと数えたことないけど、八……いや九……うーん? 千歳くらいかな?」

 たしかに罪の子の話は大体千年前だとなってるが、と開いた口がふさがらないとはまさにこのことだった。しかし、千年も生きていたらたしかに正確な歳とかはわからなくなりそうだ。

「体は十八のままだけどね。ここは時間が流れないから」

「時間が流れない?」

「あの門はいわば境界線なんだ。東西にもずっと続いてるし。この山の裏側の最北端までぐるっと全部壁。真・第九区域の結界魔法がかかってるからここでは白翼と黒翼と精霊以外の生き物は歳をとらない。死んだって凍ってるしね」

 ジョークのつもり、なのだろうが全く笑えない。

 つまり生きてようが死んでようがこの姿が変わらない世界だということか。それよりもジオルグは魔法の種類なんて聞いたこともないのに、こともなげに言うシンに基礎知識から仕込んでもらわないと何も理解できないのではないかと頭が痛くなった。


 まだ、魔法が生きていた世界のまま、時が止まった場所。

 魔法使いも竜もいないが、「語り部」と精霊の成れの果てが棲む、精霊の墓場。

 太陽など見えることのない極寒の青い世界。

 今更ながらとんでもないところに来てしまったものだと、熱いお茶をすすりながらその体は冷え切っているような気がした。

「とにかく、話がたくさんあんのはわかったし俺がジオルグに教わらなきゃならないことも多そうだから、今日はやめておこう。飯にして、邸を案内するよ」

「そうだな、俺もシンに教わることが多そうだ」

「邸の中なら呼吸してても死なないから安心して滞在してくれていーよ、あの子たち以外に誰かいるのなんて初めてだ」

「恩に着る。ところで、なんで俺を拾う気になった?」

 ずっと気になっていた。一人なら助けてもいいとか、死んだとしても知ったことかという態度をとられたときは狂人じみて見えたのに蓋を開けてみればシンはずっと好意的だしジオルグを見殺しにする気はないらしい。

 自身の棲家、しかも本拠地にしている場所まで案内して、部屋や食事を用意して、同居人(人、ではないか)にも紹介して、外の話を聞く気があって、自分の話をしてくれる気があるらしい。

 語り部は、なんの根拠もなく異形じみた姿で描かれ、その人物像は完全な作り話だ。だからそもそも会えないとか会ったところで、とかも考えていなかったわけではない。なのにシン本人はこれだ。基本的に想定というのは最悪のパターンだけを用意するが、はいよかったねで終わることはほとんどないし、会ったとしてもリスクが伴うのが常だ。

 けれども、これは良い想定をしていたとしてもこんな厚遇であるとは考えないだろう。普通。

「昔は拾ってきたこともあったよ。でもみんなよく見積もって三日しか生きてないし、俺のこと化け物だって殺そうとしたりするし」

 困っちゃうよねー、というけれど普通に戦って勝てる相手ではないような気がする。というかこちらが害されたわけでもないのにシンを殺そうとしたという顔も知らない、過去の人間に少しだけ腹が立った。恩とか、やさしさとか、そういうものは感じなかったんだろうか。拾ってもらっておきながら。

「あんま死ぬとこ見たくねーからさ、だったらせめて俺の見てないうちに死んでほしいわけよ。それからずっと、三日生きてたら拾うって決めてんの。まあジオルグ以外に三日たってピンピンしてたやついないけどな」

「……褒め言葉だと受け取っておく」

「褒めてるって! それにジオルグ俺のこと疑わなかったし、その剣も抜かなかったろ? 俺さぁ」

 にいっと歯を見せてシンは笑った。

「本当はさ、ずっと友達がほしかったんだよね」

「あなたはテンサイね」

 俺たちは幼いころ、大人たちからまったく同じ言葉を聞いたことがある。

 当時はまだきちんとした意味は分からなかったが、俺はそれが誉め言葉なんだとわかった。両親が嬉しそうに笑っていて、稽古をつけてくれていた剣士だった師匠もたくさん褒めてくれた。

 お前は筋がいい。覚えが早い。きっと立派な騎士や冒険者になるわ。俺たちの誇りだ。素晴らしい才能だ。そのどれもが輝かしい音を響かせていた。

 ある日、村の青年たち何人かがいたずら心で西と東の境界を越えた。それは竜と魔法使いに「ふざけている」と判断されたらしく、村は朝な夕な大騒ぎだった。大きなケガであれば、それが外傷であればまだ少しは救いがあったかもしれない。

 そのとき、俺が十二になったそのとき、竜たちによってもたらされた災厄は「疫病」、しかも当時流通していた薬ではなんの効き目もなく、今もまだ罹患したらほとんど助からないという絶望的な致死率を誇る悪魔のような病だった。

 まず師匠だった。次に母親。最期に父親。近所のおばさんも、物知りなおじいさんも、花屋の男の子も、魚屋の女の子も、みんな同じ病で同じように、腹の内側からただれていく想像を絶する痛みの中で死んだ。

 その踏み込んだ青年たち? 何人かは病で死んだが、残りは知らない。ジオルグに限らず、たぶん当時の「こどもたち」は掟破りがどうなるか知らなかった。教えられないし、知る手段もなかったとはいえまあ、推して知るべし、だ。人間とはそういうものだ。

 転じて、シンの聞いたそれは罵倒であったという。

 天才、天災。音は同じだが、意味は全然違うし、なんならその言葉が含む感情は正反対のものだろう。ほの暗い目に、その薄気味悪い憎悪に、心まで焼かれていたシンの幼少期はきっと彼が語るその温度よりももっともっと冷え切っていたに違いなかった。

 痛々しい話に、ジオルグは耳を塞ぎたくなる思いだった。

 シンはジオルグよりずっと年上だ。シンがその暗い炎で焼かれたとき、ジオルグは生まれる兆しさえなかったし、彼がそうして両親たちの愛を知っていた頃、シンはもうここで一人で雪と氷に囲まれていた。

 生きている世界も時間も全然違うというのがまだあまり信じられないのは、その姿が自分とあまり変わらないからだろうとジオルグは思う。


「うまっ、なにこれここ最近で一番美味いね」

「わああい! あのねえ、オランジェのマーマレードに漬けてえ、それからあ……」

 昼食に出された食事は自分が見慣れたものと同じだった。パンやスープ、肉に野菜。彩豊かだし、味もかなり美味い。ゲテモノで首の皮一枚繋いで命からがら帰ってきた経験もなくはなかったが、それは限定的な食事だから耐えられたのであって毎日それでは心が削れていくだろう。食べなれたもの、というののありがたさを噛み締めた。

「ジオルグの食ってたもんと比べてどう? 見た目がキモかったりしねえ?」

「いや、街でもこういう食事をとっていた。味はアールたちの腕のほうが上みたいだ」

「まじかよ! やったぜ、アム、イーズ!」

「やったべー!」

「ほめられたあぁ!」

 彼らの目の前にあるのは夜空のような、きらきらした色のスープだけ。食べないのかと聞いたらそのスープが彼らの食事で、それしか必要としないのだそうだ。

「これはねええ、精霊の粉が入ってるものでえ、うーんとお、人間でいうお粥う? みたいな感じかなああ」

「精霊の粉ってなんだ?」

「アムたち精霊は、同種の死骸を食べるんだべな。その死骸が粉。この山だと、吹雪と空気そのものが精霊の成れの果てのあとの姿でその出来事を食べて体を土に還すんだべ」

 出来事を食べる、というのがいまいちわからないが、そうして同種の死骸を食べて体をその環境になじませると尽き果てたときにその食べていたものと同じ「出来事」に同化できるのだという。

 ここは雪山だが、水辺であればせせらぎや波になるし、森であればフィトンチッドや木漏れ日になったりする……らしいがらしいというだけで理解は及ばなかった。自然に還る精霊にとって必要な行為なのだろう。

「必要ないだけで彼らはお菓子が好きだけどね」

「お菓子おいしいよな! 俺、マフィンが好きだ!」

「アムはチョコレートが好きだべ」

「んん~とねええ、プレッツェルが好きかなああ」

 聞いているだけなら街の子供たちと同じだ。自分がここを出入りできるようになったら彼らに大陸のお菓子をたくさん持ってこようと決めた。それまで彼らが成れの果てのまま居られるかはわからないが、生きていても、成れの果てになっても自分よりは寿命が長いそうだからきっとまだ先の話だろう。

 シンいわく、イーズが一番若いらしく、それでもまだ成れの果てになってからは三十年くらい。一番古株のアムも四十くらいであるという。成れの果てとしての寿命は大体三百年くらいだそうなのでまだまだ付き合いは長いだろうと言っていた。

 ちなみに一緒に過ごす精霊はイーズで四人目だそうだ。最初の一人は、もうずいぶん前に出来事になってしまったらしい。

「俺の話も大事かもしれないけど、ジオルグってば俺らにとっての常識をなんにも知らないんだろ? 精霊の話も聞いとけば?」

「それもそうだな。精霊種はおとぎ話だと思っていたんだ。よければお前たちの話が聞きたい」

「アムたちの話? どこから?」

「種族の成り立ちからでいいんじゃね?」

「精霊はねええ、白翼種の始祖に作られたんだよおお」


 アムたちも詳しくは知らないらしい白翼種だが、そもそも白翼種と黒翼種についてはなにもわからないのでいいとして、その白翼種の始祖によって「出来事」が作られたらしい。つまり精霊より出来事のほうが先だった。

 出来事が大気中のエネルギー(このエネルギーがなにかも具体的にはわからないらしい)と結びついて精霊の形になる。白翼種のもとの姿はわからないが、人類種が現れてからは人類種に寄せた姿絵が多かったり、人類種があちこちで生活しているから精霊の姿は人型になるらしい。要はよく目に着くものの姿かたちを真似ているだけで精霊そのものに決まった形はないようだ。

 精霊種たちが自身を精霊種だと認識するころには竜族と魔法族と人類種がすでにいたらしい。文献でもその三種族は大体同時期に発生したとあるからそんなに間違っていないのだろう。

では精霊はなにができるのか。

有体に言うと、何でもできる。

いわく、白翼と黒翼は天父という神のような存在がまだ上にいて、それによって活動の制限があるらしい。だが白翼によって作られた精霊は天父の制限を受けず、また白翼より大層な力は持っていないので特に決まり事というのがない。

だから毎日晴天にしておくことも、異種族を滅ぼす大嵐にすることも、死者を蘇らすこともできる。が、何もしない。何でもできるが何もしないのが精霊だ。つまり制限されないのは彼らの存在が何かを害する可能性がないからだ。

 何でもできるがなにもせず、ただ存在しているのが精霊という存在。だがどんなに弱い個体でも人間からすればすさまじいエネルギーの塊ゆえ、捕獲されそうになったり一つの土地から姿を消したりというのを繰り返してきたらしい。そこまでされても人類種に反撃しなかったのはその必要がなかったから……というがそのあたりの倫理観などは人間であるジオルグにはよくわからなかった。


「なんでもできるのであれば、お前たちは北の領域から出られるんじゃないのか?」

「精霊ならな! 俺らは成れの果てだからそんなことできないよ」

「ああ、そうだ、その成れの果てというのも、なんなんだそれは」

 この世の生き物のすべてが肉体と魂をそれぞれ持っている。人間は片方ずつ操作ができないから片方がだめになればそれはすなわち「終わり」を意味するが精霊は片方ずつ操作ができるのでどちらかが消えてもまだそれは死ではない。

 魂が消えれば体が残るし、体が朽ちても魂は残る。三人は「体が先に遺失した状態」であるらしく今の姿は魂の性質を表したものだそうだ。

「魂が消えたら、人間くらいの力しかない生き物になるんだ。見た目が人で、魔法とかは使えないってことだな。ただそれまで何百年も生きてるから人間になったとしても人間社会にはなじめない別の生き物だけど」

「わたしたちはああ、魂が残ってるからあ……精霊っぽいことはできるけどおお、体の、殻が固くないんだよねええ。だからあ結界抜ける時のお衝撃に耐えられないんだああ」

 なるほどなと思うので素直に頷く。どういう理由で三人がここにいるかは知らないが、肉体があれば出入りできるというのであればシンのいう、白翼、黒翼、精霊は北の領域でも歳をとるというのが納得できる。それだけ特別な存在なのだろう。

「三人はどうしてここに居るんだ?」

「俺らはね、元々人間でいう大陸の一番北の国にいたんだ」


 大陸の北、というのであればこの世界で最大の領土を誇るルーシア共和国のことだろう。あそこは一年の半分が冬みたいな場所だ。

「でもあそこは人間の棲家だろ? だからなんかその、居心地が悪くなっちまったっていうかさ」

「でもねええ、同種喰いっていうのは成れの果てになる前からするものでええ、あんまりあとから違う出来事に同化させることってないのねええ」

「だからこっちに移動してきたんだべ。それが三、四? 百年くらい前? の話だべ。たぶん」

 なるほど、三百年前といえばまだルーシアが巨大な連邦であったり大陸全土で大きな戦争があったはずだ。精霊は騒がしい場所を忌避する傾向があるらしいというがそれも間違いではないのだろう。

 雪原や森、大瀑布付近や地下や海底といった人間の手の及ばない場所を好むらしいから、普通に暮らす分には問題なかった当時のルーシアで戦争なんて起きたらうるさくてたまらなかったに違いない。

 精霊には争いの概念がないそうだ。加害や侵犯という行為自体はわかるがそれの持つ意味は理解できないし同調しない。手を貸すことも止めることもしない。ただそこに居て、それを眺め、彼らが生きていくうえで都合が悪ければ彼らのほうが棲家を変えている。人間たちを追い出したりはしないで。

 精霊たちの棲家や移動に人類種の歴史が関わっているのは間違いないし、それは昔からずっとそうなのだろう。ただ発達すればするだけ、街が明るくなり、音が大きくなれば、精霊の姿が見えなくなっていくだけで彼らの本質は変わっていないのかもしれない。

「ここは元々、魔法族と竜族の枢要を切り取ったみたいなところだからあらゆるエネルギーが凝縮されてんだよな。だから俺らは結構居心地がいいんだぜっ!」

 監獄ではあるがそれはあくまでシンから見た話だから精霊にとっては利点もある、ということか。シンが言っていた真……真なんとか結界とやらもそういうエネルギーのため込みに一役買っているのかもしれないと考える。

 勉強も嫌いではない。時間がたくさんあるのだから四人の話を書き留めて研究するのも悪くないかもしれないと思う。

 出られない、とは思いたくないがだとしてもしばらく先の話だしもう門の外に自分の帰りを待つ家族はいない。街の知り合いは心配しているかもしれないが自分が冒険者なのは周知の事実だから、それはそれだと割り切ってくれるだろう。


 カーミラとリッツには悪いことをした。あの二人には、帰りを待っている家族がいたのに。まだ死んだということがぴんと来ない。あんな猛吹雪の、火も消えた洞穴に置いてきたのはほかでもない自分自身なのに。

「この世界には、知らないことばかりだな」

「俺だってそうだよ、俺はこの千年の外のこと知らないからね」

「アムたちも成れの果てになってから外出てないしな、ジオルグのが知ってるべ」

「そんなものか。俺でも先生役になれそうだな」

「先生! ジオルグに先生になってもらおおうっとお。わたしたちもジオルグの先生になるねええ」

「ああ、頼りにしている」

 時間が流れないとは言っていたが、ここにいたら、もしかしたら、そういう感覚も少しずつマヒしていくんじゃないかという気がしてくる。冒険者だったのは生きていくためでもあるし、知りたいことが多い自分の欲求を満たすのにちょうどよかったからだ。

 金がなかったので専門的に学ぶ機会がなかったジオルグは研究特化型の冒険者にはなれなかったが分からないなりに新しい世界をその目に焼き付けて嘆息したのは一度や二度ではなかった。知らなくても、知らないからこそ美しいものを幾度となく見てきたのだ。

 同じだけ残酷な世界も知っている。焼け付いた土地も、格差という言葉では生ぬるい世界で日々を繋ぐ人たちも、およそ人とは思えない死に方も。十九という年の割に、彼は外を良く歩き、良く見ていたほうだった。だからなおのことシンが特別であるとは思えなかった。

 生い立ちが不幸であっても、この世界にいるすべての人間が自分とは違い、自分の常識に当てはまらず、けれどそのすべてが個々の時を生きている。

 特殊な土地に住む美しい青年。それはジオルグにとっては異形でもなんでもなく、ただ変わった場所に住んでいる、会ったことがないタイプの、友人になれる一人でしかなかったのだ。