「そういえば、まだ名前を聞いていなかった。俺はジオルグ。ジオルグ・バークレイだ」
「俺はシンだよ、よろしくねえジオルグ」
数十メートル先にあった別の洞窟に入ると奥のほうへ真っ暗な口を開いている。シンが空中をなぞるように指を振るとまるで市街地の街灯のように等間隔で明かりが灯る。
これが、魔法か。
実際に目にするのは初めてだが文献とは違い杖や呪文や詠唱を必要としないらしい。あるいは彼が「ダブル」だからできる芸当なのだろうか。すたすたと歩くシンの後ろをついていく。意外と足場は悪くなさそうだった。
「ジオルグたちはさあ、どうしてグラシエルに来たの」
「どんな調査であれ、それが人々にとって有益だとわかっているからだ。ただ危険すぎるからと誰も近寄らないからじゃあ俺たちがと思ったんだが浅はかだったな」
「んー、でも門の取っ手がないこと知らなかったんだろ? しゃーないって気もするけどな」
先日の軽薄な、人を喰ったような態度とは裏腹にまともな返答をされて面食らう。
死んじゃうかもね、なんて平然と言われたときはなんだこいつはと思ったが知っていることを淡々と語っただけなのだろう。現代社会でこれは水というのですか、どう使うものですか、と尋ねれば誰しもがこいつは何を言っているんだと首をかしげるに違いない。シンにとっての常識の一つに過ぎないのだろう。
「三日も生きてる人間は久しぶりだよ。大体みんな二日三日で死んじゃって、生きてても虫の息だからね」
「シンはいままで何人に会ってるんだ?」
「覚えてない。まあまあ来るけどみんな死ぬから。名前も知らない人を数えたりはしないな。あ、でも人間を見たのは三か四十年ぶりくらいかな」
たしかに、四十年ほど前にも調査隊がそのまま行方不明になった事件があったはずだ。いまでは歴史の教科書に載っているそれは、調査隊十五名中十名が門の中へ、五人は門の手前で野営をして出てきたらすぐ手当てができるよう待機していたらしい。
結果は、十人が音信不通。そのあと確認しに入った二名も音信不通。残りの三名は一旦戻ってきて報告、それから中に入ろうとして周りの人たちが止めたそうだ。結果、十二名が生死不明。多分それだろう。