八.リターン

家でこの声が聞こえるとは夢にも思わなかった。
「ママ、ママ!」
可愛らしい子供服をきた我が子がビンに
向かって話しかけている。

男の子の名前は流星。
女の子の名前は美香。

流星と美香は同じく4歳。
幼稚園に入園しておりもうすぐ小学校の門も
もうすぐだ。
そんな時に妻は死んだ。
事故で。
だがその妻のことが見えているらしい。
「流星、美香 ママはいないよ」
さすがにミクの話なんか現実味がない。
だが否定していない自分もいる。
真面目な美香がこんなお遊びに加担するはずが
ないということだ。
4歳ながら自分の下の名前なら漢字で書ける
という秀才ぶりだ。
そんな子が流星の遊びに加担している。
変な理屈だが親の身としては心配なのだ。
これが続けば病院に行くしかないな。

結局朝も夜も子供たちは机に置いているビンに
話しかけるばかりだった。
「ママ、今日ね、粘土でね、ゾウさん作ったんだよ」
「ほら、すごいでしょう!」
さすがに冷たい汗が流れた。
引き出しを漁りどこにあるか分からない
保険証を探す。
その際も子供たちは話すことをやめなかった。
汗が床にポタンと落ちた頃保険証を見つけ出し
車に乗って病院へ向かった。
もちろん精神病院だ。
病院は混んでおりそう簡単に診療しては
もらえなさそうだった。
待合室の空間でスマホの電源を入れる。
マナーモードに設定しGoogleを開く。
検索欄に
【子供 独り言 ビン】
と打ち検索する。

自閉症やら知らない幼稚園のホームページなどに
繋がり報酬は得られなかった。
その時自分の診察番号がアナウンスによって呼ばれた。
指定された部屋のドアをノックし開けると
白髪のおじいさんが椅子に座っていた。
彼はこっちの顔を見るや否や笑顔になり
「どうぞ、おかけください」
と言った。
「あのー、すみません今回は子供のことなのですが」
と言いかけた時彼の笑顔の理由がわかった。
「もしかして、真鍋由紀さんのお家族ですか?」
彼の笑顔がもはや怖かった。
彼を抑えられる者はいないのか?
いつもは看護師が横に付いているはずだが、
いない。
「そうですよね、真鍋由紀さんの旦那さんですね。お子さんも可愛いですねぇ。ほら、いないいないばあ。いやー、本当に先日は……。
ご冥福をお祈りします。でやっぱり
奥さんが亡くなって気持ちが不安定になる方も
多いのですよね」
彼は自分の言いたいことをある程度言ったのだろう。
こっちを見て さぁ症状はどんな感じだ。言え。
のような圧をかけてきている。
さすがに耐えきれられなくなった。
部屋のドアを大声で開けて飛び出した。
待合室にいた他のお客さんなんか眼中になかった。
ただこの空間から抜け出したかった。
急いで駐車場に向かいすぐに車のエンジンをかけ
子供が乗っていることを確認してそこを後にした。
そしてここで俺は決めた。
人に頼るのはやめよう。