七.ピースをはめる
夏の甲子園の優勝校も決まり
街の人々は夏の終わりというものを
渋々受け入れ始めていた頃
僕の恋心というものは夏の気温と逆らうようにして急上昇していた。
毎晩ベッドの中に入っては考える。
「○○○と言っていいのだろうか。
いや、ダメなのか」
だがその言葉を心の奥底に閉まっておけというのには無理があった。
前回会ったカフェに呼び出す。
「由紀さん。付き合ってください!」
「あ、えっとこちらこそよろしくお願いします」
僕は由紀さんに告白した。
LINEを交換した時から暇があれば彼女と話していた。
そして彼女も仕事の合間を使って返信してくれていた。
公園でキャッチボールしたり
展覧会を見に行ったりとだ。
彼女と出会って実に数ヶ月で交際だ。
僕は本気だ。
彼女も本気だろう。
ただこの関係は今の間に知られてしまうと
言葉にできない程の罵倒を喰らうことは
承知の上だった。
だから隠し通さなければならない。
僕は告白した時からそう決心していた。
もうとっくにシーズンが終わってるだろという
夏祭りが月が変わって何日か後に開催した。
僕の住む町から一つ横の町だった。
開催する何日か前に彼女にLINEする。
『並木町で夏祭りがあるらしいけど
一緒に行きませんか?』
青春の醍醐味の一つ。
交際している方との夏祭り。
正直浮かれていた。
だからLINEの文字が敬語になっていることに
気づいたのは彼女の返信が来るのを
今か今かと待っていた時だった。
朝送ったLINEだ。
夜になっても返ってこないのはさすがにこっちも
心配になった。
次の日が仕事のため早めに寝ようと
休日はテレビを見ているような時間に歯を磨く。
そして歯を磨き終わり寝る前に携帯を見ようと思いLINEを開くと彼女から返信が来ていた。
『並木町で夏祭りかー。
撮影が忙しくてマネージャーに確認してたんだけど今のところは行けそうだよ!』
寝る前に見てはいけないLINEだった。
嬉しすぎた。
嬉しさで寝ようとしていた目がぱっちり開き
これから数時間は寝られないような感じになった。
すぐに返信を送る。
『仕事が入ればそっちを優先してもいいからね。
夏祭りに行けるとなれば楽しみだな』
由紀はすぐに返事を返してくれた。
『そうだね!私も楽しみ!
私明日も仕事だから寝るね。おやすみ』
可愛いアニメキャラクターのおやすみスタンプを見て僕も可愛いカメレオンのおやすみスタンプを送った。
(今日も仕事で明日も朝一から仕事なんだ。
忙しそうだな)
女優という仕事は女性なら一度は憧れたことのある職業だろう。
華やかな女性、美しい女性、ただただ可愛い女性
全てのジャンルの女性が集まる世界、
女優。
だが僕は由紀と関わり始めて女優の大変さを
感じるようになった。
朝から夜過ぎると睡眠時間もまともに取れないまま次の日を迎える。
汗水垂らして役になりきる。
彼女の涙をよく見てきた。
デート中にも彼女が思い出し泣きをすることが
よくあった。
僕はその際責めたりしなかった。
全てを受け入れてあげた。
彼女を包み込むように……。
夏祭り当日。
無事由紀は祭りに参加できることになった。
だが変装ありなのだが。
さすがに関東地区の夏祭りのため人は多く集まる。
その会場に超人気女優がいるとなれば
もうその町自体に人が過度的に集中することになる。
それだけは避けなければならない。
人に迷惑をかけることだけはいけない。
それは僕もそうだし彼女にとっても大事なことだ。
待ち合わせ時間十五分前に僕は集合場所に
到着した。
二分前。
彼女が到着した。
変装はしていても何かのオーラを彼女は
放っていた。
「由紀、変装してても君だってわかったよ」
「よくわかったね!えらいえらい」
背が僕より低い彼女は背伸びをして僕の頭を
ポンポンと叩こうとする。
だがそこにも届かない彼女は結局僕の肩を叩いていた。
夏祭りといえば僕にとっては射的だ。
小さなお菓子でもいいから一つでも射抜くことによって子供時代に男子みんなが憧れるヒーローの夢を今でも少し持っているような気がして
自分の心の中では満足していた。
だがまだ射的の屋台には出会っていない。
道を歩いているとお面を売っている屋台の前で
彼女が立ち止まった。
「ねぇ、これいいんじゃない??」
それは狐のお面だった。
白と赤。
紅白なのだが目の周辺が金色に塗装されている。
よく見るお面。
だが見ても買わなかったお面。
それを彼女が欲しいと言っている。
自分的にも
彼女がつけると どんな感じになるのか気になった。
「いいよ。
そのお面は僕が払うから」
彼女は飛び跳ねて喜んだ。
素直な笑顔で。
その喜びというのはそこまですごいものか分からないか彼女は僕の首元までジャンプしていた。
自分ではそこに一番驚いた。
人は喜んでジャンプしたら驚異的な数字を
残せるのか。
研究する価値もなさそうなものの題名までは
浮かんだ。
屋台の柱に貼ってある代金表を見る。
全品 八百円。
正直高いと思った。
ただのお面ではないか。
だが毎年そうだ。
祭りというのは金銭感覚が狂う。
そしていつの間にか財布が空っぽになっている。
定員のおじさんに八百円ぴったし払う。
おじさんは好きなの持ってけと言い
裏の方へと行った。
休憩室のようなものがあるのか。
なんて豪華なのだ。
彼女はお面を取ってすぐに顔に付けた。
ちょうどお面は低い場所にあったから
自分でも取れたのだろう。
そして買ったあとに僕は気づく。
彼女はマスクなどをしたくないからお面を
買ったのではないか。
変装にはマスクが付き物だ。
実際に今日もしていた。
たが暑いのだろう。
その裏の気持ちを僕は考えて余計に
買ってあげられて良かったなと思った。
祭りの序盤に居た小学生たちの姿がなくなる。
中高生の姿はまだチラチラと残っている。
その頃やっと僕は射的の屋台を見つけられた。
例年は三四軒出店しているのだが今年は
一軒しかなかった。
「すみませーん。一回やらせてくださーい」
大声で店の奥に叫ぶ。
そうすると奥からおばあさんがやってきた。
「はいはい、一回五百円」
おばあさんにワンコイン預けると
球の入った瓶をおばあさんが手渡してくれた。
「一人六発ね」
営業する上で最低でも必要な店主と客の会話を済ませたおばあさんは店の裏へ行った。
その奥からはワイワイガヤガヤ声が聞こえる。
もしかしてこの奥で飲み会をしているのか。
少し面白い発送になったがあながち間違っては
いないかもしれない。
まぁ自分には関係ないことなのだが。
由紀の方を見る。
由紀も僕の目を見る。
その目からは頑張って!というように感じた。
一球弾を取り銃にセットする。
このセットのやり方は机に書いてあるのだが
もう僕は慣れてしまっている。
景品棚を見る。
一番に目が合ったのは……棒状のお菓子だった。
円形の筒に入っており味はチーズやじゃがバターがある全国民代表のお菓子。
比較的あれは倒れやすい部類のお菓子に入るだろう。
狙いを定める。
さっき弾を込めた際に鳴ったカチンという音が
今でも耳元で鳴り続けている。
この音がまず病みつきになるのだ。
撃つ。
お菓子の容器のすぐ横を弾が通る。
少し容器が揺れたのを僕は見逃さなかった。
二発目。
ほんの少し微調整で構えた銃を動かす。
ここだ。
ここしかない。
いけ!
思いの乗った弾は銃から放たれるとその軌道は
変わることなく容器の真ん中に命中しお菓子は
下に落ちた。
成功だ。
やったー!
ガッツポーズをする。
彼女もきゃー!と声を上げ喜んでくれた。
だがそこにはおばあさんがいない。
おばあさん!おばあさん!と何回か呼ぶと
少し不機嫌そうな顔をしてやってきた。
「ほんといいところで……。
何?」
「いや、あのー、お菓子落としたんですけど」
「あー、これ?はいはい」
おばあさんは机の下の箱から袋を取り出すと
お菓子を取って袋に投げ入れた。
そして袋を机の上に置くと
そのまま何も言わずに裏へ帰って行った。
「なんだよ。この店」
今年の祭りに出店している射的店がこれだけなのだと思うと少し腹立たしくなる自分がいたが
そこは大人のため冷静に抑える。
袋をもち彼女の手を引っ張ってその場を後にした。
彼女も少しイラついていたようだ。
僕が手を引っ張って移動している時
何かブツブツと言っていた。
早歩きで歩いていると喉が渇いた。
まだこの季節の夜は暑い。
自動販売機のある路地へ僕達は向かった。
路地は暗いがその自動販売機が街灯の変わりと
なり周辺を歩く照らしている。
そこに虫が集まってきている。
自動販売機は場所やメーカーによって
中の商品が大きく違う。
この台には人気の飲み物が入っていた。
彼女も見つけたのだろう。
二人でおーとハモる声を出し驚きを隠せられずにいる。
お金を投入しその飲み物のボタンを押す。
さっきのお菓子が落ちた時よりは大きな音が
聞こえる。
僕はそれを手に取り由紀に渡す。
「これぐらい安いからいいよ」
彼女は笑顔でありがとう!と言った。
僕はその笑顔を丁寧に受け取りもう一本買う。
そして二人でキャップを開ける。
口に通るこの飲み物は
飲んだ瞬間に口に広がる甘みと
その後口に残る抹茶の味が醍醐味の商品だった。
「やっぱりこの抹茶ラテ美味しいね!」
見上げるように彼女は僕の顔を見る。
この抹茶ラテは人気すぎてコンビニなどでも在庫切れになるほどの大人気だった。
今でも目にすることは少ない。
この自販機いいな。
そう口にすると僕は彼女に行くよと言って
その路地を後にしていた。
祭りももう終わりに近づいているのだろう。
高校生らしき姿は見えるものの
中学生らしき少し幼さの残る子たちは
もういなかった。
道を歩いていると急にアナウンスが鳴った。
『これから少しではありますが花火を放ちたいと思います!
本殿方向を見てください!
それではカウントダウンを始めます!
10. 9. 8. ……』
急に花火大会が始まるとなるとみんな慌てていた。
祭りは大きな神社とその周辺を使っていたため
みんなが本殿はどっちだ。どの向きだ。
とキョロキョロしている。
僕はさっき射的店があった方が本殿側だと
覚えていたから彼女に
「こっちを見ておこう」
と声をかけた。
彼女はこくりと頷き本殿側をじっと見ている。
カウントダウンが3. 2. 1と早まる。
僕は心の中で来るよ来るよと待ち続けていた。
『ドーン!』
アナウンスの声に続くように花火が一斉に
空へと放たれる。
周りを見るとみんなその方向を見ている。
その瞳を見ると花火が反射して見えていた。
由紀の瞳はどうなのだろう。
僕は少し気になったが彼女は僕の前にいるため
覗き込もうとしても少し変になる。
それより僕は目の前にある花火を見ることに
集中していた。
ドーン! ドカーン! ヒューヒュルヒュルドカーン!
静寂という言葉を知らない花火たちは興奮しているようにどんどん空へと昇って大きな円を描き
散っていく。
散っていったあともその火の粉は輝きを保とうとする。
一人になっても頑張ろうとしている。
僕はその姿に感動し涙が出てきた。
涙が出てきていても花火が止むことは無い。
涙で視界が遮られても花火の明かりと音は
僕に確かに届いていた。
数分間止まらなかった花火は急に終わった。
もしかするとアナウンスが流れていたのかもしれない。
周りにいる人も散り始めている。
終わったな。
彼女が僕の方を向いてニコッとした。
「綺麗だったね」
彼女の目には涙が……。
お面をつけていても目だけはわかる。
その目は輝いていた。
「あぁ。突然だったけど綺麗だったな」
「これで私明日からの仕事頑張れる!」
「無理はすんなよ?女優っていうのは大変なんだし」
「大丈夫!お互い仕事頑張ろうね」
「よーし。由紀俺が抱っこしてやる!」
「うわぁ〜。私重いよ〜」
「大丈夫だよ!ほら、そーれ!」
想像よりも彼女は軽かった。
そのまま空へと投げれば宇宙まで浮くのでは
と思うほど軽かった。
俺は神社を後にしようとしていたのだが
鳥居の近くの池に季節外れの蛍がいるところを
発見した。
「由紀、あれ見てよ」
指さした方を由紀は見ている。
「あっ……」
蛍の存在に気づいた彼女は静かに頷いていた。
「蛍だ、蛍だよ!」
元気に僕に言ってくれる彼女の声を聞いて
安心する。
蛍は一匹だけだった。
その一匹が懸命に光を放っている。
その一匹の光を僕たちが受け取った。
「由紀、もっと近くで見たい?」
「うん」
彼女は息を吐くように小さく返事をすると
そっと地面に下りゆっくり池に近づいた。
池にある草むらに蛍が潜んでいる。
彼女は僕に語りかける
「ねぇ、見て見て!蛍だよ」
「あぁ」
涙が溢れていることを彼女は知らないのか。
少し開いた口に涙が流れていく。
そのまま彼女は蛍のことなんか忘れたように違う方向へ歩いていく。
彼女の行く先は闇そのものだったが彼女の足元は何故か明るい。
そう。その姿は光そのものだった。
夏の甲子園の優勝校も決まり
街の人々は夏の終わりというものを
渋々受け入れ始めていた頃
僕の恋心というものは夏の気温と逆らうようにして急上昇していた。
毎晩ベッドの中に入っては考える。
「○○○と言っていいのだろうか。
いや、ダメなのか」
だがその言葉を心の奥底に閉まっておけというのには無理があった。
前回会ったカフェに呼び出す。
「由紀さん。付き合ってください!」
「あ、えっとこちらこそよろしくお願いします」
僕は由紀さんに告白した。
LINEを交換した時から暇があれば彼女と話していた。
そして彼女も仕事の合間を使って返信してくれていた。
公園でキャッチボールしたり
展覧会を見に行ったりとだ。
彼女と出会って実に数ヶ月で交際だ。
僕は本気だ。
彼女も本気だろう。
ただこの関係は今の間に知られてしまうと
言葉にできない程の罵倒を喰らうことは
承知の上だった。
だから隠し通さなければならない。
僕は告白した時からそう決心していた。
もうとっくにシーズンが終わってるだろという
夏祭りが月が変わって何日か後に開催した。
僕の住む町から一つ横の町だった。
開催する何日か前に彼女にLINEする。
『並木町で夏祭りがあるらしいけど
一緒に行きませんか?』
青春の醍醐味の一つ。
交際している方との夏祭り。
正直浮かれていた。
だからLINEの文字が敬語になっていることに
気づいたのは彼女の返信が来るのを
今か今かと待っていた時だった。
朝送ったLINEだ。
夜になっても返ってこないのはさすがにこっちも
心配になった。
次の日が仕事のため早めに寝ようと
休日はテレビを見ているような時間に歯を磨く。
そして歯を磨き終わり寝る前に携帯を見ようと思いLINEを開くと彼女から返信が来ていた。
『並木町で夏祭りかー。
撮影が忙しくてマネージャーに確認してたんだけど今のところは行けそうだよ!』
寝る前に見てはいけないLINEだった。
嬉しすぎた。
嬉しさで寝ようとしていた目がぱっちり開き
これから数時間は寝られないような感じになった。
すぐに返信を送る。
『仕事が入ればそっちを優先してもいいからね。
夏祭りに行けるとなれば楽しみだな』
由紀はすぐに返事を返してくれた。
『そうだね!私も楽しみ!
私明日も仕事だから寝るね。おやすみ』
可愛いアニメキャラクターのおやすみスタンプを見て僕も可愛いカメレオンのおやすみスタンプを送った。
(今日も仕事で明日も朝一から仕事なんだ。
忙しそうだな)
女優という仕事は女性なら一度は憧れたことのある職業だろう。
華やかな女性、美しい女性、ただただ可愛い女性
全てのジャンルの女性が集まる世界、
女優。
だが僕は由紀と関わり始めて女優の大変さを
感じるようになった。
朝から夜過ぎると睡眠時間もまともに取れないまま次の日を迎える。
汗水垂らして役になりきる。
彼女の涙をよく見てきた。
デート中にも彼女が思い出し泣きをすることが
よくあった。
僕はその際責めたりしなかった。
全てを受け入れてあげた。
彼女を包み込むように……。
夏祭り当日。
無事由紀は祭りに参加できることになった。
だが変装ありなのだが。
さすがに関東地区の夏祭りのため人は多く集まる。
その会場に超人気女優がいるとなれば
もうその町自体に人が過度的に集中することになる。
それだけは避けなければならない。
人に迷惑をかけることだけはいけない。
それは僕もそうだし彼女にとっても大事なことだ。
待ち合わせ時間十五分前に僕は集合場所に
到着した。
二分前。
彼女が到着した。
変装はしていても何かのオーラを彼女は
放っていた。
「由紀、変装してても君だってわかったよ」
「よくわかったね!えらいえらい」
背が僕より低い彼女は背伸びをして僕の頭を
ポンポンと叩こうとする。
だがそこにも届かない彼女は結局僕の肩を叩いていた。
夏祭りといえば僕にとっては射的だ。
小さなお菓子でもいいから一つでも射抜くことによって子供時代に男子みんなが憧れるヒーローの夢を今でも少し持っているような気がして
自分の心の中では満足していた。
だがまだ射的の屋台には出会っていない。
道を歩いているとお面を売っている屋台の前で
彼女が立ち止まった。
「ねぇ、これいいんじゃない??」
それは狐のお面だった。
白と赤。
紅白なのだが目の周辺が金色に塗装されている。
よく見るお面。
だが見ても買わなかったお面。
それを彼女が欲しいと言っている。
自分的にも
彼女がつけると どんな感じになるのか気になった。
「いいよ。
そのお面は僕が払うから」
彼女は飛び跳ねて喜んだ。
素直な笑顔で。
その喜びというのはそこまですごいものか分からないか彼女は僕の首元までジャンプしていた。
自分ではそこに一番驚いた。
人は喜んでジャンプしたら驚異的な数字を
残せるのか。
研究する価値もなさそうなものの題名までは
浮かんだ。
屋台の柱に貼ってある代金表を見る。
全品 八百円。
正直高いと思った。
ただのお面ではないか。
だが毎年そうだ。
祭りというのは金銭感覚が狂う。
そしていつの間にか財布が空っぽになっている。
定員のおじさんに八百円ぴったし払う。
おじさんは好きなの持ってけと言い
裏の方へと行った。
休憩室のようなものがあるのか。
なんて豪華なのだ。
彼女はお面を取ってすぐに顔に付けた。
ちょうどお面は低い場所にあったから
自分でも取れたのだろう。
そして買ったあとに僕は気づく。
彼女はマスクなどをしたくないからお面を
買ったのではないか。
変装にはマスクが付き物だ。
実際に今日もしていた。
たが暑いのだろう。
その裏の気持ちを僕は考えて余計に
買ってあげられて良かったなと思った。
祭りの序盤に居た小学生たちの姿がなくなる。
中高生の姿はまだチラチラと残っている。
その頃やっと僕は射的の屋台を見つけられた。
例年は三四軒出店しているのだが今年は
一軒しかなかった。
「すみませーん。一回やらせてくださーい」
大声で店の奥に叫ぶ。
そうすると奥からおばあさんがやってきた。
「はいはい、一回五百円」
おばあさんにワンコイン預けると
球の入った瓶をおばあさんが手渡してくれた。
「一人六発ね」
営業する上で最低でも必要な店主と客の会話を済ませたおばあさんは店の裏へ行った。
その奥からはワイワイガヤガヤ声が聞こえる。
もしかしてこの奥で飲み会をしているのか。
少し面白い発送になったがあながち間違っては
いないかもしれない。
まぁ自分には関係ないことなのだが。
由紀の方を見る。
由紀も僕の目を見る。
その目からは頑張って!というように感じた。
一球弾を取り銃にセットする。
このセットのやり方は机に書いてあるのだが
もう僕は慣れてしまっている。
景品棚を見る。
一番に目が合ったのは……棒状のお菓子だった。
円形の筒に入っており味はチーズやじゃがバターがある全国民代表のお菓子。
比較的あれは倒れやすい部類のお菓子に入るだろう。
狙いを定める。
さっき弾を込めた際に鳴ったカチンという音が
今でも耳元で鳴り続けている。
この音がまず病みつきになるのだ。
撃つ。
お菓子の容器のすぐ横を弾が通る。
少し容器が揺れたのを僕は見逃さなかった。
二発目。
ほんの少し微調整で構えた銃を動かす。
ここだ。
ここしかない。
いけ!
思いの乗った弾は銃から放たれるとその軌道は
変わることなく容器の真ん中に命中しお菓子は
下に落ちた。
成功だ。
やったー!
ガッツポーズをする。
彼女もきゃー!と声を上げ喜んでくれた。
だがそこにはおばあさんがいない。
おばあさん!おばあさん!と何回か呼ぶと
少し不機嫌そうな顔をしてやってきた。
「ほんといいところで……。
何?」
「いや、あのー、お菓子落としたんですけど」
「あー、これ?はいはい」
おばあさんは机の下の箱から袋を取り出すと
お菓子を取って袋に投げ入れた。
そして袋を机の上に置くと
そのまま何も言わずに裏へ帰って行った。
「なんだよ。この店」
今年の祭りに出店している射的店がこれだけなのだと思うと少し腹立たしくなる自分がいたが
そこは大人のため冷静に抑える。
袋をもち彼女の手を引っ張ってその場を後にした。
彼女も少しイラついていたようだ。
僕が手を引っ張って移動している時
何かブツブツと言っていた。
早歩きで歩いていると喉が渇いた。
まだこの季節の夜は暑い。
自動販売機のある路地へ僕達は向かった。
路地は暗いがその自動販売機が街灯の変わりと
なり周辺を歩く照らしている。
そこに虫が集まってきている。
自動販売機は場所やメーカーによって
中の商品が大きく違う。
この台には人気の飲み物が入っていた。
彼女も見つけたのだろう。
二人でおーとハモる声を出し驚きを隠せられずにいる。
お金を投入しその飲み物のボタンを押す。
さっきのお菓子が落ちた時よりは大きな音が
聞こえる。
僕はそれを手に取り由紀に渡す。
「これぐらい安いからいいよ」
彼女は笑顔でありがとう!と言った。
僕はその笑顔を丁寧に受け取りもう一本買う。
そして二人でキャップを開ける。
口に通るこの飲み物は
飲んだ瞬間に口に広がる甘みと
その後口に残る抹茶の味が醍醐味の商品だった。
「やっぱりこの抹茶ラテ美味しいね!」
見上げるように彼女は僕の顔を見る。
この抹茶ラテは人気すぎてコンビニなどでも在庫切れになるほどの大人気だった。
今でも目にすることは少ない。
この自販機いいな。
そう口にすると僕は彼女に行くよと言って
その路地を後にしていた。
祭りももう終わりに近づいているのだろう。
高校生らしき姿は見えるものの
中学生らしき少し幼さの残る子たちは
もういなかった。
道を歩いていると急にアナウンスが鳴った。
『これから少しではありますが花火を放ちたいと思います!
本殿方向を見てください!
それではカウントダウンを始めます!
10. 9. 8. ……』
急に花火大会が始まるとなるとみんな慌てていた。
祭りは大きな神社とその周辺を使っていたため
みんなが本殿はどっちだ。どの向きだ。
とキョロキョロしている。
僕はさっき射的店があった方が本殿側だと
覚えていたから彼女に
「こっちを見ておこう」
と声をかけた。
彼女はこくりと頷き本殿側をじっと見ている。
カウントダウンが3. 2. 1と早まる。
僕は心の中で来るよ来るよと待ち続けていた。
『ドーン!』
アナウンスの声に続くように花火が一斉に
空へと放たれる。
周りを見るとみんなその方向を見ている。
その瞳を見ると花火が反射して見えていた。
由紀の瞳はどうなのだろう。
僕は少し気になったが彼女は僕の前にいるため
覗き込もうとしても少し変になる。
それより僕は目の前にある花火を見ることに
集中していた。
ドーン! ドカーン! ヒューヒュルヒュルドカーン!
静寂という言葉を知らない花火たちは興奮しているようにどんどん空へと昇って大きな円を描き
散っていく。
散っていったあともその火の粉は輝きを保とうとする。
一人になっても頑張ろうとしている。
僕はその姿に感動し涙が出てきた。
涙が出てきていても花火が止むことは無い。
涙で視界が遮られても花火の明かりと音は
僕に確かに届いていた。
数分間止まらなかった花火は急に終わった。
もしかするとアナウンスが流れていたのかもしれない。
周りにいる人も散り始めている。
終わったな。
彼女が僕の方を向いてニコッとした。
「綺麗だったね」
彼女の目には涙が……。
お面をつけていても目だけはわかる。
その目は輝いていた。
「あぁ。突然だったけど綺麗だったな」
「これで私明日からの仕事頑張れる!」
「無理はすんなよ?女優っていうのは大変なんだし」
「大丈夫!お互い仕事頑張ろうね」
「よーし。由紀俺が抱っこしてやる!」
「うわぁ〜。私重いよ〜」
「大丈夫だよ!ほら、そーれ!」
想像よりも彼女は軽かった。
そのまま空へと投げれば宇宙まで浮くのでは
と思うほど軽かった。
俺は神社を後にしようとしていたのだが
鳥居の近くの池に季節外れの蛍がいるところを
発見した。
「由紀、あれ見てよ」
指さした方を由紀は見ている。
「あっ……」
蛍の存在に気づいた彼女は静かに頷いていた。
「蛍だ、蛍だよ!」
元気に僕に言ってくれる彼女の声を聞いて
安心する。
蛍は一匹だけだった。
その一匹が懸命に光を放っている。
その一匹の光を僕たちが受け取った。
「由紀、もっと近くで見たい?」
「うん」
彼女は息を吐くように小さく返事をすると
そっと地面に下りゆっくり池に近づいた。
池にある草むらに蛍が潜んでいる。
彼女は僕に語りかける
「ねぇ、見て見て!蛍だよ」
「あぁ」
涙が溢れていることを彼女は知らないのか。
少し開いた口に涙が流れていく。
そのまま彼女は蛍のことなんか忘れたように違う方向へ歩いていく。
彼女の行く先は闇そのものだったが彼女の足元は何故か明るい。
そう。その姿は光そのものだった。