『その欠片に恋をする 白昼夢かえで』
一. 聖なる夜に零れる汗
会社にも慣れた4年目の季節。
春風に運ばれてきたかのように僕は彼女に出会った。
コンビニで買い物をしていたあの日。
あの日はたまたま残業で忙しく帰りに夜食を買おうとしていた日だった。
頭の中はさっきまで処理していた書類の事でいっぱいでレジで並んでいる時その事件は起きた。
トマトジュースの瓶と卵を床に落としてしまったのだ。
パリン。
ド派手な音ではなかったが僕が見た景色は最悪だった。
後ろに並んでいた女性のスカートに赤と黄色の液体が付いてる。
やばい。
すみません!
顔を見ると…
人気女優 真鍋由紀だった。
当時主演映画を一年で四作持つほどの売れっ子女優。
だが出会いがこれだ。
握手も写真もお願いできる状況ではない。
手汗でズボンが濡れることなんてお構いなしにポケットからハンカチを取る。
「すみません!服弁償するので あ、いやまず拭きます」
「あ、い、いや大丈夫です」
「いやそこをなんとか!」
「いや、どうしても」
そう言いかけた時彼女はすでに駆けて行っていた。
買い物カゴはそこに置いて。
(あーもう。何やってんだ俺は)
心の中でそう叫ぶ。
待てーーーーー。
僕も買い物カゴを床に置き彼女を追いかけていた。
店を出ると彼女の姿は右方向へ向かっていた。
急いで追いかける。
案外早くに追いつくことができた。
息を切らしている彼女を見る平然とした僕。
「本当にごめんなさい。何か着替えを用意しますので家に着いてきてください!」
彼女の額からは汗が一滴出ていた。
僕は彼女が逃げ出さないか心配だったが
後ろをちらちら見ながら家へと向かった。
街灯を見ると虫が集まっていた。
仕事の疲れなんてものはもうなかった。
それより謎の焦りだった。
話を辿ると彼女は有名女優なのだ。
売れっ子女優。
こんな所を写真に撮られてしまうと彼女の
芸能活動にも支障をきたす。
だがここでバイバイも惜しいところだ。
いつの間にか僕は服を貸すという名目から
有名女優を家へ誘うということに変わっていた。
ボロボロでないが新しくもないアパートの前に着く。
後ろを見るとちゃんと彼女はいる。
階段を上る際に考えていたことを話す。
「お、お、お名前は何というんですか?」
「真鍋由紀です」
「そ、そうなんですね」
声が震えている。ダメだ。僕の作戦が…
僕の作戦というのはこれだ。
女優 真鍋由紀を知らない男になる。
そこにメリットもデメリットもないと思うのだが本人が僕のことをファンだと思って接するのとファンだと分からないで接するのでは全然違うと思う。
「仕事は何してるんですか?」
「一応女優をしています」
「へ、へー、女優なんですねー、素、凄いですね!」
もう噛みまくりだ。
だが彼女は気づいてはいなさそうだ。
そうしていると家の前に着いた。
鍵をバッグの中から取り出す。
「少し待っててくださいね」
その言葉を玄関に残し僕は家に飛び込む。
まずは水をがぶ飲みした。
気を紛らわせた。
そして部屋に飾ってた真鍋由紀のポスターを見て少しニヤとする。
それからクローゼットに行き女性でも着れるような服を探す。
Tシャツ。ズボン。さすがに僕の家は男の一人暮らしの家なのだからスカートやブラジャーといった物はない。
それ以外の物を持って玄関へ向かう。
「お待たせしました」
最初彼女はもう帰ってしまったのではと
心配したがその必要はなくなった。
彼女は
「ありがとうございます」
とお辞儀をし服を着ようとするがさすがに
外なので服は脱がなかった。
目で僕を見る。
その目は僕に着替える部屋を貸せと伝えていた。
「あ、着替える場所必要ですよね。
僕の寝室使って良いですよ」
彼女はまたお辞儀をして
「それではお言葉に甘えさせていただきます」
というと玄関で
「お邪魔します」
というと靴を脱いで廊下を歩こうとした。
その後ろ姿を見た瞬間僕は焦った。
自分の部屋には真鍋由紀さんのポスターがある、
その考えが頭を一周する頃には僕は
行列の人混みをかき分けるように彼女より先に部屋に入るとすぐに扉を閉めた。
「ちょっと待ってね、すぐ片付けるから!」
こんな所でファンと思われたくはなかった。
由紀さんは扉の外でしっかりと待ってくれているようだ。
急いでポスターを剥がす。
三枚ある中まず一枚剥がす。
これはある雑誌の付録に付いていたものだ。
ネット予約限定版だったので相当頑張ったものだった。
二枚目はあるドラマのDVDの特典のポスターだった。
その時のドラマは由紀さんが野球部のマネージャーになり甲子園を目指す作品だった。
夏の甲子園とドラマの放送日が重なったため
人気は爆発的になり一時期は社会現象となっていた。
三枚目はファンクラブの特典だった。
ファンクラブ結成当初の特典。
全てを破ってしまった。
それらを全てゴミ箱に詰め込む。
今ではファンクラブは抜けているが大切な物
まで破ってしまった。
そして彼女を部屋へ呼ぶ。
扉を開けると少し視線を外した彼女がいた。
「あ、ど、どうぞ。汚いかもしれませんが」
「ありがとうございます」
さっきと同じようにお辞儀をした。
だが少しの変化に僕は気づくことができた。
彼女は…笑っていた。
口角を上げ笑ってくれていた。
僕の何がおかしいかは分からないが笑ってくれていたという事実が僕にとっては幸せだった。
外では虫たちが僕を祝福している。
さっきまで降っていなかった雨が祝福のビールかけならぬ雨水かけをしてくれた。
由紀はもうこの扉の奥で着替えている。
さすがにそんな扉を開けたりはしないのだが。
数分もしないうちに彼女は出てきた。
さっきまでのスカートとはまた違う味を彼女の姿は表していた。
メンズ服に真鍋由紀。
異色のコンビ。
ありそうでなかった。
うん。アリだな。
プロデューサーにでもなったように自分で肯定していた。
彼女はお礼のようなことを言って家を出ていこうとした。
あっ!
僕は忘れていたある物を彼女に手渡そうとバッグを漁る。
「真鍋さん。汚れたスカート洗って返すので名刺交換でもしませんか?」
心臓の音が速くなっている。
だがもう引けない。
「いいですよ!」
彼女は振り向き笑顔で答えた。
その日は冷蔵庫にあった冷凍パスタを食べたがその味は三つ星のグルメよりも
美味しく感じた。
一. 聖なる夜に零れる汗
会社にも慣れた4年目の季節。
春風に運ばれてきたかのように僕は彼女に出会った。
コンビニで買い物をしていたあの日。
あの日はたまたま残業で忙しく帰りに夜食を買おうとしていた日だった。
頭の中はさっきまで処理していた書類の事でいっぱいでレジで並んでいる時その事件は起きた。
トマトジュースの瓶と卵を床に落としてしまったのだ。
パリン。
ド派手な音ではなかったが僕が見た景色は最悪だった。
後ろに並んでいた女性のスカートに赤と黄色の液体が付いてる。
やばい。
すみません!
顔を見ると…
人気女優 真鍋由紀だった。
当時主演映画を一年で四作持つほどの売れっ子女優。
だが出会いがこれだ。
握手も写真もお願いできる状況ではない。
手汗でズボンが濡れることなんてお構いなしにポケットからハンカチを取る。
「すみません!服弁償するので あ、いやまず拭きます」
「あ、い、いや大丈夫です」
「いやそこをなんとか!」
「いや、どうしても」
そう言いかけた時彼女はすでに駆けて行っていた。
買い物カゴはそこに置いて。
(あーもう。何やってんだ俺は)
心の中でそう叫ぶ。
待てーーーーー。
僕も買い物カゴを床に置き彼女を追いかけていた。
店を出ると彼女の姿は右方向へ向かっていた。
急いで追いかける。
案外早くに追いつくことができた。
息を切らしている彼女を見る平然とした僕。
「本当にごめんなさい。何か着替えを用意しますので家に着いてきてください!」
彼女の額からは汗が一滴出ていた。
僕は彼女が逃げ出さないか心配だったが
後ろをちらちら見ながら家へと向かった。
街灯を見ると虫が集まっていた。
仕事の疲れなんてものはもうなかった。
それより謎の焦りだった。
話を辿ると彼女は有名女優なのだ。
売れっ子女優。
こんな所を写真に撮られてしまうと彼女の
芸能活動にも支障をきたす。
だがここでバイバイも惜しいところだ。
いつの間にか僕は服を貸すという名目から
有名女優を家へ誘うということに変わっていた。
ボロボロでないが新しくもないアパートの前に着く。
後ろを見るとちゃんと彼女はいる。
階段を上る際に考えていたことを話す。
「お、お、お名前は何というんですか?」
「真鍋由紀です」
「そ、そうなんですね」
声が震えている。ダメだ。僕の作戦が…
僕の作戦というのはこれだ。
女優 真鍋由紀を知らない男になる。
そこにメリットもデメリットもないと思うのだが本人が僕のことをファンだと思って接するのとファンだと分からないで接するのでは全然違うと思う。
「仕事は何してるんですか?」
「一応女優をしています」
「へ、へー、女優なんですねー、素、凄いですね!」
もう噛みまくりだ。
だが彼女は気づいてはいなさそうだ。
そうしていると家の前に着いた。
鍵をバッグの中から取り出す。
「少し待っててくださいね」
その言葉を玄関に残し僕は家に飛び込む。
まずは水をがぶ飲みした。
気を紛らわせた。
そして部屋に飾ってた真鍋由紀のポスターを見て少しニヤとする。
それからクローゼットに行き女性でも着れるような服を探す。
Tシャツ。ズボン。さすがに僕の家は男の一人暮らしの家なのだからスカートやブラジャーといった物はない。
それ以外の物を持って玄関へ向かう。
「お待たせしました」
最初彼女はもう帰ってしまったのではと
心配したがその必要はなくなった。
彼女は
「ありがとうございます」
とお辞儀をし服を着ようとするがさすがに
外なので服は脱がなかった。
目で僕を見る。
その目は僕に着替える部屋を貸せと伝えていた。
「あ、着替える場所必要ですよね。
僕の寝室使って良いですよ」
彼女はまたお辞儀をして
「それではお言葉に甘えさせていただきます」
というと玄関で
「お邪魔します」
というと靴を脱いで廊下を歩こうとした。
その後ろ姿を見た瞬間僕は焦った。
自分の部屋には真鍋由紀さんのポスターがある、
その考えが頭を一周する頃には僕は
行列の人混みをかき分けるように彼女より先に部屋に入るとすぐに扉を閉めた。
「ちょっと待ってね、すぐ片付けるから!」
こんな所でファンと思われたくはなかった。
由紀さんは扉の外でしっかりと待ってくれているようだ。
急いでポスターを剥がす。
三枚ある中まず一枚剥がす。
これはある雑誌の付録に付いていたものだ。
ネット予約限定版だったので相当頑張ったものだった。
二枚目はあるドラマのDVDの特典のポスターだった。
その時のドラマは由紀さんが野球部のマネージャーになり甲子園を目指す作品だった。
夏の甲子園とドラマの放送日が重なったため
人気は爆発的になり一時期は社会現象となっていた。
三枚目はファンクラブの特典だった。
ファンクラブ結成当初の特典。
全てを破ってしまった。
それらを全てゴミ箱に詰め込む。
今ではファンクラブは抜けているが大切な物
まで破ってしまった。
そして彼女を部屋へ呼ぶ。
扉を開けると少し視線を外した彼女がいた。
「あ、ど、どうぞ。汚いかもしれませんが」
「ありがとうございます」
さっきと同じようにお辞儀をした。
だが少しの変化に僕は気づくことができた。
彼女は…笑っていた。
口角を上げ笑ってくれていた。
僕の何がおかしいかは分からないが笑ってくれていたという事実が僕にとっては幸せだった。
外では虫たちが僕を祝福している。
さっきまで降っていなかった雨が祝福のビールかけならぬ雨水かけをしてくれた。
由紀はもうこの扉の奥で着替えている。
さすがにそんな扉を開けたりはしないのだが。
数分もしないうちに彼女は出てきた。
さっきまでのスカートとはまた違う味を彼女の姿は表していた。
メンズ服に真鍋由紀。
異色のコンビ。
ありそうでなかった。
うん。アリだな。
プロデューサーにでもなったように自分で肯定していた。
彼女はお礼のようなことを言って家を出ていこうとした。
あっ!
僕は忘れていたある物を彼女に手渡そうとバッグを漁る。
「真鍋さん。汚れたスカート洗って返すので名刺交換でもしませんか?」
心臓の音が速くなっている。
だがもう引けない。
「いいですよ!」
彼女は振り向き笑顔で答えた。
その日は冷蔵庫にあった冷凍パスタを食べたがその味は三つ星のグルメよりも
美味しく感じた。