「マコトちゃんは、あたしらと同郷だよ。」
「え?」
「そうなの?」
初めて知らされた情報に、
私は驚き首を横に振る。
レオさんも知らなかったようだ。
「ねーちゃん…。」
「言わなかった?」
「聞いてません。」
「はい、あーん。」
会話の途中でスズリちゃんが
エビチリを私の口に運ぶ。
スズリちゃんは私の膝の上、
スミちゃんはミカの膝の上で食事をしている。
不思議な光景だ。
例のごとく、なぜか左手は
スズリちゃんに支配されていた。
私はいまはレオさんの持っていた
上下黒色のスウェットで身をくるむ。
他人の服を着るのは慣れない。
「スミ、あたしも。」
「えー。いいよー。」
「キャンプの計画したの、そういうこと?」
「あーそうそう。」
「そういえば、病院で
キャンプ場の話したけど。」
「でしょ? したじゃん。」
「それだけでしたよ。」
「ねーちゃんはキャンプ場で
重力障害を発症したんですよ。」
「〈リポーシェン〉ね。」
「レポ?」
「〈ヘビィ〉の反対。斥力のことね。
スズとあたしは同じ〈リポーシェン〉。
油断すると浮いちゃうのよ。」
「え? でも普通に歩いてましたよね?」
「見て、これ。」
長い袖をめくって、手首まで伸びた器具を見せた。
「〈リポーシェン〉は自分の体重の
倍近くを地球の重力に反発させちゃうから、
こうした拘束具が必須なの。」
「あのキャンプ場で『天狗攫い』って
ウワサあったでしょ。
あれ、ウチのねーちゃんのこと。」
「あぁっ!」
「テレビで大騒ぎだったよね、ウチ。」
「あたしはそれどころじゃないよ。
突発性だったら落っこちて死んでたよ。
慢性化してたからよかったけど、
5000メートル超えたあたりはヤバかったね。
空気全然ないし、寒いし。」
「え? どうなったんですか?」
「気球出したんだよね。」
「そう。
ヘリコプターだと風で流されちゃうからね。
気球飛ばして、そこから無人機につけた命綱に
ぶら下がって地上まで降りてきた。」
「そっからねーちゃんは研究者一直線。」
「〈リポーシェン〉って当時すごい珍しくて、
誰もかれもが研究させてくれって言うから、
あ、これ自分でやれば儲かるなーって。」
「儲かる…。
ん…あれ? 医者じゃなかったの?」
「医者なんて名乗った覚えないよ。」
ドクターミカと名乗っていた。
病院だから、私が勘違いしたに過ぎない。
「変なこと言ったんじゃないの?」
「どうして真っ先にねーちゃんを疑うのさ。」
「ねーちゃんそういうとこあるじゃん。」
妹が尊敬するほどの姉だが、
同時に信用がないにも程がある。
「ごちそーさまでした。」
「でした。」
「お粗末さまでした。」
「もういいの? あたし全然食べてない。」
私も驚かされるばかりで食べていない。
ただしくは食事どころじゃない。
スズリちゃんを膝から降ろして、
彼女はスミちゃんと手を繋ぐ。
「マコトちゃんはそのまま、
テーブル近づいちゃダメだよ。」
「ゲームしてもいい?」
「いーい?」
「1時間だけだよ。」
「はーい。」
ふたり仲良くリビングを出ていき、
ゲーム機を持ってきてソファに座った。
私はミカに言われたまま、
テーブルから離れて立たされている。
「子どもたち…ふたりとも、
重力障害なんですよね?」
そんな気配はまったく感じさせない。
「そうよ。去年から預かって、この家?
設備か、買って改装したんだよ。
広くて便利だしいいでしょ。」
「勉強も家事も私がしてるんだけどね。
ねーちゃんは研究だの論文だの講演だので
あちこち飛び回ってるんだもの。」
「愛すべき妹よ。んちゅー。」
「もー。」
唐突に頬にキスされても、レオさんは笑って
まんざらでもない表情を浮かべる。
「〈ヘビィ〉と〈リポーシェン〉は、
特性が磁石の極性に近い関係ね。
不思議なことにお互いの障害を、
人の質量に関係なく打ち消し合うの。」
「そんなことあるんですね。
あ、だからスズリちゃんが
私の着替えを手伝ってくれたんですか。」
ん…質量…?
ミカは暗に私のが重いと言っているのだろうか。
身長とかスタイルの差は当然だと遺憾を覚える。
「これで食べてみる?」
ミカが右手を差し出すので、
私は左手を握ると、スズリちゃんを
膝に乗せていたときと同様に
普通に食べることが可能だった。
「私のつけてる拘束具よりは
効果絶大なのよね、皮膚接触。
でも〈ヘヴィ〉は食事のときも
注意しないとダメよ。
〈リポーシェン〉は空間が致命的だけど、
〈ヘヴィ〉は主に液体が致命的になるの。」
液体は散々身に沁みたので分かる。
「空間? 空ですか?」
「私が発病したときは、
無重力状態で歩いた反動が推力になる。
突発性なら時間の経過で収まって、
同時に地面に叩きつけられるよね。
風や天井がなければ空高く舞い上がる。
雨や雪ならその衝突でまだ降りられたかも。
水滴が雨として地面に向かって降るような
大気の抵抗を受けることもなく、この障害は
地球の重力に反発する形でずっと浮く。
これは地球の重力圏を抜けるまでね。
で、凍死、窒息死、場所が悪ければ
それより早く電線で感電死。」
「感電…。」
「死んだらどうなると思う?」
「え? えーっと、天国?」
「ねーちゃんの質問は分かりにくいね。
そういう質問じゃないと思うよ。」
「そう? まあ続けるけど。
〈リポーシェン〉はどこまで機能するかって話。
天国でもいいけど、酸素のない空中で、
この病気が機能すると思う?」
「し、ない? する?」
話が難しすぎて判断ができない。
「宇宙じゃまだ〈リポーシェン〉の
遺体は見つかってないわね。
この病気が発見された当時は、
遺伝子に原因があるだなんて言われたけど、
細胞にそんな機能はないから否定された。
死んだ人も浮いたりしない。」
「それじゃあ結局なんですか?」
「さぁね?
まだ研究してない脳か、神経あたりか、
はたまたダークマターが関係してるかも?
ケイヴァーリットとか、アパージーなんて
適当な名前で呼んでてもいいけど、
まだ誰にもハッキリとはわからない。
いくつか仮説はあっても証明はできてないの。
わかってることといえば、
相反する重力障害は皮膚接触で、
症状が相殺されちゃうってこと。」
「ふたりとも、お行儀悪いよ。」
「はーい。」
目を離すスズリちゃんとスミちゃんは、
ふたりで脚を器用に組んで
携帯ゲームをプレイしていた。
「ねーちゃんの話は難しいよね。
ところでマコトさん今日泊まってく?」
「え? あ…。いえ…。」
「泊まってきなよ。
どうせひとりでしょ。」
「ねーちゃん失礼だよ。」
その通りだ。
私は家に帰りたかったが、
帰ったところでお風呂に入れなければ、
トイレもひとりじゃ行けない。
にしてもミカのニヤケ顔が気に食わない。
「とまるのー?」
「おとまりだー!」
「じゃあお布団用意して。
ゲーム片付けてね。」
「はーい。」
「やったー。」
スミは身体にゲーム機を取り付けて走り、
スズリは天井まで跳ねて、慌ただしく
リビングを出ていった。
「こらー。ふたりとも、お行儀悪いよー。」
「なんか、すみません。
色々とお世話になりっぱなしで。」
「いいよー。私、にぎやかなの好きだし。
ここはそういう人の場所でもあるから。」
「そうそう感謝はしてね。あたしに。」
「ねーちゃんはさぁ…。」
ミカの発言にレオさんは呆れて笑う。
私もつられて呆れた。
この人相手は何度目だろう。
――――――――――――――――――――
レオさんも食事を終えると
お風呂の支度をすると言って、
リビングを離れた。
私はミカとふたりっきりになった。
「突然、重力障害になって
困惑するのは分かるよ。」
「治らないんですよね?」
「環境が環境だから難しいね。
もっといい施設だったら、
治療の研究も進むとは思うけど。」
ミカはバンバンジーを
生春巻きでつまんで食べた。
拘束具を取り付けている彼女が
私に併せて、食事をとる必要はない。
私は自分の無能さを実感する。
「こんなの特殊な能力を
手に入れたと思えばいいのよ。
スズスミも楽しんでるしね。」
ここに来て、改めて私は
あなたたちみたいに器用に、
たくましく生きられない人間だと思った。
「ムリですよ。そんなの。」
私はムキになって握られた手を振りほどく。
すると食卓の皿や箸、それから料理が
私の身体にまとわりついてしまった。
「あー…。」
「ご、ごめんなさい。」
「いいよいいよ。
スミも普段よそ見してやらかすからね。
それより火傷してない?」
「大丈夫、です。」
自分にため息をついた。
惨めすぎて泣きたくなった。
「え?」
「そうなの?」
初めて知らされた情報に、
私は驚き首を横に振る。
レオさんも知らなかったようだ。
「ねーちゃん…。」
「言わなかった?」
「聞いてません。」
「はい、あーん。」
会話の途中でスズリちゃんが
エビチリを私の口に運ぶ。
スズリちゃんは私の膝の上、
スミちゃんはミカの膝の上で食事をしている。
不思議な光景だ。
例のごとく、なぜか左手は
スズリちゃんに支配されていた。
私はいまはレオさんの持っていた
上下黒色のスウェットで身をくるむ。
他人の服を着るのは慣れない。
「スミ、あたしも。」
「えー。いいよー。」
「キャンプの計画したの、そういうこと?」
「あーそうそう。」
「そういえば、病院で
キャンプ場の話したけど。」
「でしょ? したじゃん。」
「それだけでしたよ。」
「ねーちゃんはキャンプ場で
重力障害を発症したんですよ。」
「〈リポーシェン〉ね。」
「レポ?」
「〈ヘビィ〉の反対。斥力のことね。
スズとあたしは同じ〈リポーシェン〉。
油断すると浮いちゃうのよ。」
「え? でも普通に歩いてましたよね?」
「見て、これ。」
長い袖をめくって、手首まで伸びた器具を見せた。
「〈リポーシェン〉は自分の体重の
倍近くを地球の重力に反発させちゃうから、
こうした拘束具が必須なの。」
「あのキャンプ場で『天狗攫い』って
ウワサあったでしょ。
あれ、ウチのねーちゃんのこと。」
「あぁっ!」
「テレビで大騒ぎだったよね、ウチ。」
「あたしはそれどころじゃないよ。
突発性だったら落っこちて死んでたよ。
慢性化してたからよかったけど、
5000メートル超えたあたりはヤバかったね。
空気全然ないし、寒いし。」
「え? どうなったんですか?」
「気球出したんだよね。」
「そう。
ヘリコプターだと風で流されちゃうからね。
気球飛ばして、そこから無人機につけた命綱に
ぶら下がって地上まで降りてきた。」
「そっからねーちゃんは研究者一直線。」
「〈リポーシェン〉って当時すごい珍しくて、
誰もかれもが研究させてくれって言うから、
あ、これ自分でやれば儲かるなーって。」
「儲かる…。
ん…あれ? 医者じゃなかったの?」
「医者なんて名乗った覚えないよ。」
ドクターミカと名乗っていた。
病院だから、私が勘違いしたに過ぎない。
「変なこと言ったんじゃないの?」
「どうして真っ先にねーちゃんを疑うのさ。」
「ねーちゃんそういうとこあるじゃん。」
妹が尊敬するほどの姉だが、
同時に信用がないにも程がある。
「ごちそーさまでした。」
「でした。」
「お粗末さまでした。」
「もういいの? あたし全然食べてない。」
私も驚かされるばかりで食べていない。
ただしくは食事どころじゃない。
スズリちゃんを膝から降ろして、
彼女はスミちゃんと手を繋ぐ。
「マコトちゃんはそのまま、
テーブル近づいちゃダメだよ。」
「ゲームしてもいい?」
「いーい?」
「1時間だけだよ。」
「はーい。」
ふたり仲良くリビングを出ていき、
ゲーム機を持ってきてソファに座った。
私はミカに言われたまま、
テーブルから離れて立たされている。
「子どもたち…ふたりとも、
重力障害なんですよね?」
そんな気配はまったく感じさせない。
「そうよ。去年から預かって、この家?
設備か、買って改装したんだよ。
広くて便利だしいいでしょ。」
「勉強も家事も私がしてるんだけどね。
ねーちゃんは研究だの論文だの講演だので
あちこち飛び回ってるんだもの。」
「愛すべき妹よ。んちゅー。」
「もー。」
唐突に頬にキスされても、レオさんは笑って
まんざらでもない表情を浮かべる。
「〈ヘビィ〉と〈リポーシェン〉は、
特性が磁石の極性に近い関係ね。
不思議なことにお互いの障害を、
人の質量に関係なく打ち消し合うの。」
「そんなことあるんですね。
あ、だからスズリちゃんが
私の着替えを手伝ってくれたんですか。」
ん…質量…?
ミカは暗に私のが重いと言っているのだろうか。
身長とかスタイルの差は当然だと遺憾を覚える。
「これで食べてみる?」
ミカが右手を差し出すので、
私は左手を握ると、スズリちゃんを
膝に乗せていたときと同様に
普通に食べることが可能だった。
「私のつけてる拘束具よりは
効果絶大なのよね、皮膚接触。
でも〈ヘヴィ〉は食事のときも
注意しないとダメよ。
〈リポーシェン〉は空間が致命的だけど、
〈ヘヴィ〉は主に液体が致命的になるの。」
液体は散々身に沁みたので分かる。
「空間? 空ですか?」
「私が発病したときは、
無重力状態で歩いた反動が推力になる。
突発性なら時間の経過で収まって、
同時に地面に叩きつけられるよね。
風や天井がなければ空高く舞い上がる。
雨や雪ならその衝突でまだ降りられたかも。
水滴が雨として地面に向かって降るような
大気の抵抗を受けることもなく、この障害は
地球の重力に反発する形でずっと浮く。
これは地球の重力圏を抜けるまでね。
で、凍死、窒息死、場所が悪ければ
それより早く電線で感電死。」
「感電…。」
「死んだらどうなると思う?」
「え? えーっと、天国?」
「ねーちゃんの質問は分かりにくいね。
そういう質問じゃないと思うよ。」
「そう? まあ続けるけど。
〈リポーシェン〉はどこまで機能するかって話。
天国でもいいけど、酸素のない空中で、
この病気が機能すると思う?」
「し、ない? する?」
話が難しすぎて判断ができない。
「宇宙じゃまだ〈リポーシェン〉の
遺体は見つかってないわね。
この病気が発見された当時は、
遺伝子に原因があるだなんて言われたけど、
細胞にそんな機能はないから否定された。
死んだ人も浮いたりしない。」
「それじゃあ結局なんですか?」
「さぁね?
まだ研究してない脳か、神経あたりか、
はたまたダークマターが関係してるかも?
ケイヴァーリットとか、アパージーなんて
適当な名前で呼んでてもいいけど、
まだ誰にもハッキリとはわからない。
いくつか仮説はあっても証明はできてないの。
わかってることといえば、
相反する重力障害は皮膚接触で、
症状が相殺されちゃうってこと。」
「ふたりとも、お行儀悪いよ。」
「はーい。」
目を離すスズリちゃんとスミちゃんは、
ふたりで脚を器用に組んで
携帯ゲームをプレイしていた。
「ねーちゃんの話は難しいよね。
ところでマコトさん今日泊まってく?」
「え? あ…。いえ…。」
「泊まってきなよ。
どうせひとりでしょ。」
「ねーちゃん失礼だよ。」
その通りだ。
私は家に帰りたかったが、
帰ったところでお風呂に入れなければ、
トイレもひとりじゃ行けない。
にしてもミカのニヤケ顔が気に食わない。
「とまるのー?」
「おとまりだー!」
「じゃあお布団用意して。
ゲーム片付けてね。」
「はーい。」
「やったー。」
スミは身体にゲーム機を取り付けて走り、
スズリは天井まで跳ねて、慌ただしく
リビングを出ていった。
「こらー。ふたりとも、お行儀悪いよー。」
「なんか、すみません。
色々とお世話になりっぱなしで。」
「いいよー。私、にぎやかなの好きだし。
ここはそういう人の場所でもあるから。」
「そうそう感謝はしてね。あたしに。」
「ねーちゃんはさぁ…。」
ミカの発言にレオさんは呆れて笑う。
私もつられて呆れた。
この人相手は何度目だろう。
――――――――――――――――――――
レオさんも食事を終えると
お風呂の支度をすると言って、
リビングを離れた。
私はミカとふたりっきりになった。
「突然、重力障害になって
困惑するのは分かるよ。」
「治らないんですよね?」
「環境が環境だから難しいね。
もっといい施設だったら、
治療の研究も進むとは思うけど。」
ミカはバンバンジーを
生春巻きでつまんで食べた。
拘束具を取り付けている彼女が
私に併せて、食事をとる必要はない。
私は自分の無能さを実感する。
「こんなの特殊な能力を
手に入れたと思えばいいのよ。
スズスミも楽しんでるしね。」
ここに来て、改めて私は
あなたたちみたいに器用に、
たくましく生きられない人間だと思った。
「ムリですよ。そんなの。」
私はムキになって握られた手を振りほどく。
すると食卓の皿や箸、それから料理が
私の身体にまとわりついてしまった。
「あー…。」
「ご、ごめんなさい。」
「いいよいいよ。
スミも普段よそ見してやらかすからね。
それより火傷してない?」
「大丈夫、です。」
自分にため息をついた。
惨めすぎて泣きたくなった。