「ここから近いところだと、面白いのがあるね。」
誘われたのはゲームセンターの一角で、
体感アーケードと呼ばれるものだった。
HMD(ヘッドマウントディスプレイ)をかぶって
カートレースを楽しむもので、視界のすべてが
バーチャルの空間になって臨場感がすごい。
けれど運転免許もなければ、
アタシはカーレースにうといので
わけのわからないまま終わった。
右のペダルがアクセル、左のペダルがブレーキ。
両足で操作するより
右足だけで踏み変えるのが正しいのだと、
終わってから車の正しい運転方法を知った。
「こういうところにも来るんですね、会長も。」
「健全な社会学習だよ。」
日曜ということもあって、人が多く
音楽が常に鳴り響いて周囲は騒がしい。
耳と疲れた足を休めるために
次にアタシが案内したのは、
静かで雰囲気のよい西洋風の
小さな建物を改装したお店。
その『レストラン・ハルタ』に
着いたのは昼食に丁度いい時間。
「自動車の練習に丁度いいかも知れませんね。
あのゲーム。」
「公道であんな走りされたらびっくりするよ。」
「会長でもゲームセンター行くんですね。
自動車免許はいつ取るんですか?」
「受験終わったらかな。
ゲームくらいなら家でやるよ。」
「あんな大きいの家にあるんですか?」
ゴーカートくらいの大きさがあるのに。
「まさか。
さすがにカートまでは無理だよ。
勉強の羽休めで、いとこと遊ぶときにね。」
会長は手元でなにやらプレイを再現する。
最初は車のハンドルかと思ったけど、
両手サイズのコントローラーだった。
「エモートとかあるから、
お互い喋らなくてもできるし。」
「エモーション?」
「そうそう。感情表現のことね。
勝った嬉しい、負けた悔しい。って表情を
ゲーム内のアバターが代わりにしてくれる。
一種のコミュニケーションツールだね。
言葉なんてなくても画面の向こうにいる、
遠くの相手に伝わるって便利だよ。」
「ふふふ。なんか冗舌過ぎて…ふふ。」
「君ぐらい表情の明暗はっきりしてると
必要ないかもね。」
アタシはそれほど表情豊かではない
と思っていたので、変わった評価をする
会長の顔と改めて見比べてみた。
会長は気恥ずかしさに目をそらすと
丁度、注文の料理が到着した。
丸メガネをした店主のおじさんが、
私たちのテーブルに黙って料理を置く。
今日は接客態度が悪い。
ピーク帯に入り客席は埋まって、
フロアスタッフは忙しそうにしている。
アタシはキノコの、
会長はホタテのパスタを食べた。
母やサクラちゃん以外の人と食べるのは久々だ。
退店の際も愛想のないあの店主が会計に現れた。
誤解を招く前に、悪い店じゃないことを
会長に釈明するはめになった。
料理には満足してくれていた。
と、思う。
店を出ると空がどんよりと曇っている。
「なんだか降りそうだね。」
「しまった。傘忘れました。」
通学カバンには折りたたみ傘を入れているが、
外出用のショルダーバッグに入れ忘れていた。
アタシはアタシの間抜けさに呆れてしょげて、
会長のあとについてしばらく繁華街を歩いた。
「僕は学生のうちに異性と付き合うなら、
勉強や行事を一緒に楽しめる相手がいいな
と思ってたんだが。」
「それなら同級生がいいんじゃないですか…。」
「…まあ、たしかにそうだね。
天沢さんと話してみると、
これは僕の一方的な見解だけれど
案外馬が合うなと驚いてるんだ。
とはいえ僕にも生徒会長って立場があるから。」
「大変そうですよね。しがらみ多そうで。
変に悪いことできないし。」
こんなに出来た人間と付き合う女は
多方面から嫉妬を浴びるマヌケか、
逆に付き合った女で身を滅ぼすマヌケくらい。
「やりがいはあるよ。推薦も狙えるし。
天沢さんもクラス委員だろ?」
「立候補したわけじゃないから
やりがいは感じませんけど。
推薦はたしかに欲しいですけど…。」
新年度早々教師に歯向かうようなアタシの性格的に
たぶん推薦は貰えないだろうな、と諦めもある。
「クラス委員の天沢さんも、
学校に言えないことのひとつやふたつ
持っているんじゃないか?」
「ここって。」
繁華街をひとつ奥に入ると
そこはホテルの通りだった。
石壁風の建物の入り口には、
休憩、宿泊、利用料金が書かれた看板が並ぶ。
雨が降ってきた。
「天沢さんは、こういう場所に
入ったことはあるかい?」
「なんのつもりですか。」
「学祭以降、君のウワサはよく耳にする。
僕の見解としては男女の交際、
たとえば痴情のもつれなんてのは、
生徒個人の問題であって知らぬ存ぜぬを
つらぬくつもりだったが、最近は
生徒会にまで入ってくるようになってね。」
「アタシを騙したんだ。」
デートと欺き、こんなところに誘って
会長はアタシを尋問する。
「天沢さんからすればそう見えるのは
僕としても心苦しいけれど、
君個人の問題と無視もできない状況だから。」
「味方だと思ったのに…。」
思わずアタシはつぶやいた。
雨足が強くなる。
顔に当たる雨粒が痛い。
まつ毛に乗った雨粒のわずらわしさに
ガサツに手で拭った。
もううんざりだ、こんなの。
「うぁっ!」
突如、会長の背中から大きな生き物がぶつかった。
毛深い巨体のイノシシではなく、重松だった。
「ってぇ…、みぃ?」
「もー、バカぁ!」
「っえ? なに? ちょっ!」
重松は牛のように鳴いて
アタシの腕を引っ張って走る。
彼女の質量に抗いきれずに引かれて
ホテル街を抜けて走り、住宅地に出る。
雨の中で、呼吸がしにくい。
コートが雨を吸って重たい。
「待って! なんなの、アンタ。はぁ…。」
「だって、泣いてたから。」
「泣いてないわよ。泣いてない。」
「ここ。」
「なに?」
住宅地の一軒家を指さした。
『重松』の表札は彼女の家を示していた。
「アンタん家?」
うなずく重松は、玄関を開けて
無言でアタシを中へと誘った。
雨宿りついでと思い、
靴も脱がず玄関に立ち尽くす。
「これ、使って。」
タオルを持ってきてくれたが、
アタシの中で重松は不気味な存在になっている。
悪い言い方をすればストーカー。
「あの、ごめんなさい…。その。」
「アンタもタオル使ったら。
濡れてる。」
「あ、うん。あの…お茶。」
「上がれって言う前に、
なんでアンタはアタシをつけまわすのさ?」
「ママ…。」
「ママじゃない。」
重松は顔を真っ赤にして、
奥へ逃げてしまった。
そもそも重松がなんでアタシを
つけまわすのか分からない。
雨が上がったらさっさとおいとましよう。
ドアから漏れでる雨の音を聞きながら、
帰るタイミングを見計らった。
すると重松は本を持って戻ってきた。
「これ、見て、ここ。」
持ってきたのは卒業アルバムだった。
見開きにやや古めかしさを感じる
生徒の写真が並ぶ。
重松が太い指で示した箇所は、
『門倉律子』という名前も知らない女生徒。
「え? アタシ?」
「似てる、でしょ。ママ。」
「なに?」
「このひと、私のママなの。」
「マっ?」
マジで?
いまの髪型や口元のほくろ、
まゆ毛やまつ毛、あごや頭の大きさ。
ひとつまみの写真をよく見れば、
写真の人物は少しずつ違って
加工されたみたいで違和感がある。
アタシの顔は重松の母親よりも祖母や、
残念ながら家主の母によく似ている。
それに父親は重松という姓でもない。
他人の空似が、こんな身近で、
まさかアタシ自身に起きるとは
思いもよらなかった。
「死んじゃったの。」
「なに? 突然…?」
「去年、列車事故で。」
去年の春先に起きた列車事故は、
乗客50名以上の死傷者をだした。
そこにアタシの祖父母も乗っていた。
「そう。」
だからと言って、この子を慰める気はないし、
遺族同士で傷を舐め合うつもりもない。
「あの、ちょっと見て、欲しいのがあって。」
「もうアンタのママの写真眺めるのはイヤだよ。」
「ちがくて。部屋に…。」
説明を待っていても無理っぽい。
これ見よがしにため息をついて靴を脱いだ。
誘われたのはゲームセンターの一角で、
体感アーケードと呼ばれるものだった。
HMD(ヘッドマウントディスプレイ)をかぶって
カートレースを楽しむもので、視界のすべてが
バーチャルの空間になって臨場感がすごい。
けれど運転免許もなければ、
アタシはカーレースにうといので
わけのわからないまま終わった。
右のペダルがアクセル、左のペダルがブレーキ。
両足で操作するより
右足だけで踏み変えるのが正しいのだと、
終わってから車の正しい運転方法を知った。
「こういうところにも来るんですね、会長も。」
「健全な社会学習だよ。」
日曜ということもあって、人が多く
音楽が常に鳴り響いて周囲は騒がしい。
耳と疲れた足を休めるために
次にアタシが案内したのは、
静かで雰囲気のよい西洋風の
小さな建物を改装したお店。
その『レストラン・ハルタ』に
着いたのは昼食に丁度いい時間。
「自動車の練習に丁度いいかも知れませんね。
あのゲーム。」
「公道であんな走りされたらびっくりするよ。」
「会長でもゲームセンター行くんですね。
自動車免許はいつ取るんですか?」
「受験終わったらかな。
ゲームくらいなら家でやるよ。」
「あんな大きいの家にあるんですか?」
ゴーカートくらいの大きさがあるのに。
「まさか。
さすがにカートまでは無理だよ。
勉強の羽休めで、いとこと遊ぶときにね。」
会長は手元でなにやらプレイを再現する。
最初は車のハンドルかと思ったけど、
両手サイズのコントローラーだった。
「エモートとかあるから、
お互い喋らなくてもできるし。」
「エモーション?」
「そうそう。感情表現のことね。
勝った嬉しい、負けた悔しい。って表情を
ゲーム内のアバターが代わりにしてくれる。
一種のコミュニケーションツールだね。
言葉なんてなくても画面の向こうにいる、
遠くの相手に伝わるって便利だよ。」
「ふふふ。なんか冗舌過ぎて…ふふ。」
「君ぐらい表情の明暗はっきりしてると
必要ないかもね。」
アタシはそれほど表情豊かではない
と思っていたので、変わった評価をする
会長の顔と改めて見比べてみた。
会長は気恥ずかしさに目をそらすと
丁度、注文の料理が到着した。
丸メガネをした店主のおじさんが、
私たちのテーブルに黙って料理を置く。
今日は接客態度が悪い。
ピーク帯に入り客席は埋まって、
フロアスタッフは忙しそうにしている。
アタシはキノコの、
会長はホタテのパスタを食べた。
母やサクラちゃん以外の人と食べるのは久々だ。
退店の際も愛想のないあの店主が会計に現れた。
誤解を招く前に、悪い店じゃないことを
会長に釈明するはめになった。
料理には満足してくれていた。
と、思う。
店を出ると空がどんよりと曇っている。
「なんだか降りそうだね。」
「しまった。傘忘れました。」
通学カバンには折りたたみ傘を入れているが、
外出用のショルダーバッグに入れ忘れていた。
アタシはアタシの間抜けさに呆れてしょげて、
会長のあとについてしばらく繁華街を歩いた。
「僕は学生のうちに異性と付き合うなら、
勉強や行事を一緒に楽しめる相手がいいな
と思ってたんだが。」
「それなら同級生がいいんじゃないですか…。」
「…まあ、たしかにそうだね。
天沢さんと話してみると、
これは僕の一方的な見解だけれど
案外馬が合うなと驚いてるんだ。
とはいえ僕にも生徒会長って立場があるから。」
「大変そうですよね。しがらみ多そうで。
変に悪いことできないし。」
こんなに出来た人間と付き合う女は
多方面から嫉妬を浴びるマヌケか、
逆に付き合った女で身を滅ぼすマヌケくらい。
「やりがいはあるよ。推薦も狙えるし。
天沢さんもクラス委員だろ?」
「立候補したわけじゃないから
やりがいは感じませんけど。
推薦はたしかに欲しいですけど…。」
新年度早々教師に歯向かうようなアタシの性格的に
たぶん推薦は貰えないだろうな、と諦めもある。
「クラス委員の天沢さんも、
学校に言えないことのひとつやふたつ
持っているんじゃないか?」
「ここって。」
繁華街をひとつ奥に入ると
そこはホテルの通りだった。
石壁風の建物の入り口には、
休憩、宿泊、利用料金が書かれた看板が並ぶ。
雨が降ってきた。
「天沢さんは、こういう場所に
入ったことはあるかい?」
「なんのつもりですか。」
「学祭以降、君のウワサはよく耳にする。
僕の見解としては男女の交際、
たとえば痴情のもつれなんてのは、
生徒個人の問題であって知らぬ存ぜぬを
つらぬくつもりだったが、最近は
生徒会にまで入ってくるようになってね。」
「アタシを騙したんだ。」
デートと欺き、こんなところに誘って
会長はアタシを尋問する。
「天沢さんからすればそう見えるのは
僕としても心苦しいけれど、
君個人の問題と無視もできない状況だから。」
「味方だと思ったのに…。」
思わずアタシはつぶやいた。
雨足が強くなる。
顔に当たる雨粒が痛い。
まつ毛に乗った雨粒のわずらわしさに
ガサツに手で拭った。
もううんざりだ、こんなの。
「うぁっ!」
突如、会長の背中から大きな生き物がぶつかった。
毛深い巨体のイノシシではなく、重松だった。
「ってぇ…、みぃ?」
「もー、バカぁ!」
「っえ? なに? ちょっ!」
重松は牛のように鳴いて
アタシの腕を引っ張って走る。
彼女の質量に抗いきれずに引かれて
ホテル街を抜けて走り、住宅地に出る。
雨の中で、呼吸がしにくい。
コートが雨を吸って重たい。
「待って! なんなの、アンタ。はぁ…。」
「だって、泣いてたから。」
「泣いてないわよ。泣いてない。」
「ここ。」
「なに?」
住宅地の一軒家を指さした。
『重松』の表札は彼女の家を示していた。
「アンタん家?」
うなずく重松は、玄関を開けて
無言でアタシを中へと誘った。
雨宿りついでと思い、
靴も脱がず玄関に立ち尽くす。
「これ、使って。」
タオルを持ってきてくれたが、
アタシの中で重松は不気味な存在になっている。
悪い言い方をすればストーカー。
「あの、ごめんなさい…。その。」
「アンタもタオル使ったら。
濡れてる。」
「あ、うん。あの…お茶。」
「上がれって言う前に、
なんでアンタはアタシをつけまわすのさ?」
「ママ…。」
「ママじゃない。」
重松は顔を真っ赤にして、
奥へ逃げてしまった。
そもそも重松がなんでアタシを
つけまわすのか分からない。
雨が上がったらさっさとおいとましよう。
ドアから漏れでる雨の音を聞きながら、
帰るタイミングを見計らった。
すると重松は本を持って戻ってきた。
「これ、見て、ここ。」
持ってきたのは卒業アルバムだった。
見開きにやや古めかしさを感じる
生徒の写真が並ぶ。
重松が太い指で示した箇所は、
『門倉律子』という名前も知らない女生徒。
「え? アタシ?」
「似てる、でしょ。ママ。」
「なに?」
「このひと、私のママなの。」
「マっ?」
マジで?
いまの髪型や口元のほくろ、
まゆ毛やまつ毛、あごや頭の大きさ。
ひとつまみの写真をよく見れば、
写真の人物は少しずつ違って
加工されたみたいで違和感がある。
アタシの顔は重松の母親よりも祖母や、
残念ながら家主の母によく似ている。
それに父親は重松という姓でもない。
他人の空似が、こんな身近で、
まさかアタシ自身に起きるとは
思いもよらなかった。
「死んじゃったの。」
「なに? 突然…?」
「去年、列車事故で。」
去年の春先に起きた列車事故は、
乗客50名以上の死傷者をだした。
そこにアタシの祖父母も乗っていた。
「そう。」
だからと言って、この子を慰める気はないし、
遺族同士で傷を舐め合うつもりもない。
「あの、ちょっと見て、欲しいのがあって。」
「もうアンタのママの写真眺めるのはイヤだよ。」
「ちがくて。部屋に…。」
説明を待っていても無理っぽい。
これ見よがしにため息をついて靴を脱いだ。