白魔法が使えない回復術士は要らないと言われたので、実家を召喚出来る城魔法を使って、異世界スローライフ


 クリニックへ入ると、すぐさま調剤室へ。
 何か、何かあるはずだ。
 直接攻撃出来るような薬や薬草は無かったけど、飲んだ人が剣の達人になるとか、物凄く早く動けるようにするとか。
 滋養強壮の薬や、見えない物を見えるようにする薬があったんだから、肉体強化の薬が有っても不思議ではないはずだ!

「待てよ。暗い場所でも見えるようにする目薬のAランクを使ったら、本来見えないはずの妖精が見えるようになった。なら、滋養強壮の薬のAランクを飲めば、何かしら強化されるんじゃないか?」

 前に作った滋養強壮の薬――ナリッシュメント・ポーションを飲んだ時はBランクで凄い効果があった。
 その時作ったけど、飲まなかったAランクのポーションを探し出し、一気に飲み干す。

「身体が熱い。力が……漲ってくる」

 身体の奥底から湧き出る力を抑えつつ、自分自身に診察を行うと、

『診察Lv2
 状態:健康。身体能力上昇(大:三十分)』

 身体能力上昇と表示されている。
 三十分というのは効果が持続する時間だと思われるから、この三十分でレッドフロッグを倒すんだっ!

「セシル、お待たせ。大丈夫!?」

 溢れ出る力を感じながら、再び皆の元へ戻ると、調度セシルが起こした竜巻が消える所だった。

「お兄さん。今のところ、現状は変わりなしだよ。ボクが竜巻を起こして、また沢山蛙が出てくるっていう繰り返しだよー」
「そうか。まだ魔法は撃てそう?」
「大丈夫だと思うけど、こんなに連続して魔法を使った事がないから、正確には分からないよー」
「……そうだ。セシル、このマジック・ポーションを飲んで。魔力が回復するから」
「分かった。ありがとー」

 セシルにAランクのマジック・ポーションを渡すと、

「ララさん。その剣を少し貸していただけませんか?」
「え? 構いませんが、どうされるんですか?」
「俺が、あのレッドフロッグを直接斬ってきます。剣で手足を斬って軽くすれば、セシルの魔法で吹き飛ばせるかもしれません」
「でも、近づいたら毒にやられちゃいますよ! レッドフロッグの毒はポイズンフロッグとは比べ物にならない程強力なんです」
「それは……大丈夫です。毒は効きませんから」

 今度はAランクのパナケア・ポーションを取り出し、一気に飲み干す。
 昨日ララさんに飲ませて、二十四時間の状態異常無効化が付与されたあのポーションだ。
 これで蛙の毒は効かない。
 あの巨体だから動きは鈍いだろうし、身体能力が強化されている今なら、素人の俺だって何とか出来るはずだ!

「しかし……」
「大丈夫です。それより、このままではいつまで経っても奴を倒せないし、街も救えません」
「でしたら私が……」
「いえ、俺に策があるんです。任せてください」

 躊躇うララさんの目をじっと見つめていると、

「分かりました。けど、必ず無事に戻ってきてくださいね」

 長い両刃の剣を預けてくれた。
 ララさんに改めて御礼を言うと、セシルに改めて竜巻を依頼する。

「セシル。もう一度竜巻を頼む。それから、俺が合図したらもう一度竜巻を起こしてくれ」
「分かったー。じゃあ、貰ったマジック・ポーションは、次に竜巻を起こした後に飲むね」
「そうだな。合図まで少し時間を貰う事になると思うし、それが良いと思う」

 それからセシルが竜巻を発生させ、またもや川の水とポイズンフロッグたちが上空へ吸い上げられていく。
 セシルがマジック・ポーションを飲む様子を横目で見つつ、竜巻が消えた瞬間、

「行って来る!」

 殆ど水が無くなった川を、ピチャピチャと音を立てながら、レッドフロッグ目掛けて一直線に走って行く。

「このぉぉぉっ!」

 俺の身長の倍近くあるレッドフロッグの前足に、力いっぱい剣を叩き付けると、その足が千切れ飛んだ。
 行ける! 剣というより鈍器みたいな使い方だけど、身体能力上昇効果のおかげか、ダメージを与えられる!
 改めてポーションの効果に感謝しつつ、第二撃を放とうとした時、レッドフロッグが口を開き、紫色の煙が出てきた。

「毒の霧!?」

 状態異常無効効果があるので俺には効かないんだけど、見た目的に凄く嫌だ。
 だが三十分しか時間が無いし、行くしかない。
 意を決して、もう一つの前足を切り落とし、続いて後ろ足も斬る。
 すると、ポイズンフロッグの群れが現れたけど、そろそろ大丈夫だろう。
 近くのポイズンフロッグを蹴飛ばしながら、レッドフロッグから離れると、

「セシル、竜巻を頼むっ!」

 大声でセシルに合図を送る。
 何度も見たセシルの竜巻の有効範囲は分かっているので、ここまで離れれば大丈夫だと思っていたのだが、

「え? 嘘だろっ!?」

 どういう訳か、先程までとは違う、かなり大きな竜巻が現れた。

 レッドフロッグが重いので、手足を剣で斬って軽くして、風で吹き飛ばす。
 巨大なレッドフロッグの手足を切り落としたから、いけるのではないかと思っていたのだが、セシルの竜巻に俺が巻き込まれてしまいそうだ。

「うぉぉぉっ!」

 雄たけびと共に、水が無くなった川を全力で走り、少しでも竜巻から逃げる。
 あんなのに生身で巻き込まれたら、死ぬ。絶対に死んでしまう。
 身体全体の身体能力が上がっているので足も速くなっているけど、それでも逃げきれないっ!
 このままではダメだと判断した俺は、

「うりゃぁぁぁっ!」

 手にした剣を足元へ力いっぱい突き刺し、全力でしがみつく。
 身体を持って行かれないように歯を食いしばっていると、前から竜巻に吸われるように太い綱の様な物がゆっくりと迫って来て……いや、綱じゃない。
 あれは……ヘビ!?
 どうして、ヘビが? いや、そんな物に構っている場合じゃない。
 川の周囲に居たのか、巨大竜巻に巻き込まれ、十数匹の太い蛇が竜巻に向かって吸い込まれていく。

 ……竜巻の範囲も広い上に、消えるまでの持続時間も長くなっている。

 喋る余裕すら無く、ただひたすらに耐えていると、前から先程の太い蛇が一匹飛んで来た。
 これは……直撃する!

「――ッ!」

 顔に向かって真っ直ぐに飛んで来たヘビを左腕で防ぐと、手を出した場所が悪かったのか、牙を突きつけられる。
 もしかしたら、このヘビも俺と同じように踏ん張りたかったのかもしれないが、思いっきり左手を振ると、ヘビが離れて後方へと飛んで行った。
 ヘビは剥がせたが、剣から左手が離れてしまった。
 吸いこまれそうになる身体を右手一本で何とか支えているけど、これは厳しい。
 まさか魔力が尽きかけていたセシルが、最後の最後でこんなに強力な魔法を使うとは……って、違う。そうじゃない。
 俺がセシルにマジック・ポーションを渡したけど、あの時Aランクのポーションを渡さなかったか!?
 つまり、Aランクのナリッシュメント・ポーションを飲んで俺の身体能力が上昇したように、Aランクのマジック・ポーションの付随効果で、セシルの魔法の力が上昇したんだ。
 セシルは何も知らずに、先程と同じように竜巻の魔法を使っただけなのに、もしも俺がこれに巻き込まれて死んでしまったら……セシルは何も悪くないのに、絶対に自分のせいだと思い込んでしまう!
 セシルが悲しむ事を、保護者である俺がしてどうするんだっ!

「――ァァァッ!」

 竜巻に引っ張られて既に身体は浮いているけど、右腕で一本で身体を引き寄せると共に、ドクドクと血が流れ出る左手を剣へと伸ばす。
 既に両手とも感覚が無いけど、セシルを悲しませてしまうのを避けたい一心で剣にしがみついていると……突然身体が地面に落ちた。
 もう身体は引っ張られないし、起き上がって後ろを見てみると、あの大きなレッドフロッグも居ない。
 セシルの竜巻で、どこかへ吹き飛ばされたんだ。

「お兄さーんっ!」

 少しすると、セシルが俺の名を叫びながら走って来て、

「お兄さんっ! 無事で良かった! 良かったよぉぉぉー!」

 涙声で俺の胸に飛び込んできた。

「お兄さん、ごめんなさいっ! どういう訳か、いつもよりも強力な竜巻が出て巻き込んじゃって。ボク、蛙と一緒にお兄さんを吹き飛ばしそうで……」
「違うんだ。それは俺のせいなんだよ。俺が効果をちゃんと確認せずにAランクのポーションを渡してしまったのが悪いんだ」

 やはり、先程思った通りだったのか。
 でも、心配させてしまう結果になってしまったけど、とにかくセシルを絶望させる事にならなくて良かった。
 胸に顔を埋めるセシルの頭を優しく撫でながら、俺は一人安堵の溜息を吐いたのだった。
 何とかレッドフロッグを倒した後、倉魔法で取り出したバイタル・ポーション(B)を飲み、泣いているセシルを連れて家の中へ。
 アーニャやララさんからも、無茶をし過ぎだと心配され、実家へ来ていた患者さんのように、クリニック側のベッドに寝かされてしまった。
 ポーションで回復したから大丈夫だと言ったのに、セシルが何かあるとダメだから一緒に寝ると狭いベッドに潜り込み……眠かったのか、安心したのか、すぐに寝息を立ててしまう。
 そのせいで、俺も身動きが取れずに寝るしか出来なくなってしまい、初めて生きるか死ぬかという体験をしたにも関わらず、案外早く眠る事が出来た。

 その翌朝。
 アーニャの馬術がいろいろと大変だった事を踏まえ、歩いて街へ戻る事にしたのだが、ララさんはギルドへ戻って今回の代金の清算をする為、先に馬で帰っていった。
 平和な――魔物が出ても、セシルが秒で排除する――草原を歩き、蛙と戦っている時に吸い込まれていったヘビの話になる。

「ヘビは大量の蛙を食べようと川に来たけど、竜巻が発生しているから離れて様子見していたんじゃないかと思う」
「お兄さん。ヘビって、そんなに賢いのかなー?」
「私はリュージさんの意見に賛成です。患者さんの中には麻痺毒の症状の方も居られたんですよね? ヘビは麻痺毒を持つ種類が大半だと思いますし、その毒も川に流れていたのではないかと」

 真相は分からないが、いずれにせよセシルの強化版竜巻で殆ど吹き飛ばされただろうし、蛙共々解決と思って良いだろう。
 それから、お昼ご飯を食べたり薬草を摘んだりしながら、夕方前に街へ着く。

「リュージさん、こちらへ」

 街の門で待ってくれていたララさんに連れられて商人ギルドへ行くと、小さな革袋が渡された。

「街の皆さんを診察してくださった診察代とポーションの代金です。それと、今日は是非街で泊まってくださいませんか? 街の人々がお礼を言いたいと話していましたので」
「ありがたい申し出なのですが、実は俺たちにも行かなければならない場所があるので、乗合馬車で次の街へ行こうかと」
「そうですか……プランC! そういえば、まだ王都とは乗合馬車が復活していないのに、森を抜けて来られたんでしたね」

 ララさんがプランCというよく分からない事を叫んだかと思うと、再び世間話となる。
 出来ればそろそろ乗合馬車の停留所へ移動したいのだけど、うだうだと思い出話みたいなのが続く。
 何だか、ララさんが俺たちを引き止めようとしている様にも思えた所で、

「……では、準備が整ったようですので、参りましょう。乗合馬車の停留所までご案内いたします」

 何の準備だ? と思いつつ、ララさんに促されてギルドを出る。
 すると、

「聖者様! ありがとうございます!」
「聖者様! またこの街へ来てくださいね!」
「聖者様! 貴方様の旅の無事をお祈りいたします!」

 大勢の街の人――主に女性がギルドから長い列を作って、叫んで居た。

「ララさん、これは?」
「本当は宿でおもてなしをしたかったのですが、急ぎの旅だという事でしたので、無理に引き止める事は出来ないかと思いまして」
「まさか、俺たちのために街の人を集めたんですか?」
「いえ。これからリュージさんが街を出るとお伝えしただけです。すると、リュージさんに助けてもらった人たちがせめてお礼を伝えたいと言い、こういう事になりました」

 ララさん。気持ちは嬉しいんだけど、出来れば普通に街を出たかったよ。

「あの、みんなが叫んで居る聖者様って?」
「もちろんリュージさんの事ですよ。街全体に流行っていた症状を治し、その原因となる魔物を退治してくださったのですから当然です」
「どうして街の人が、魔物を倒した事を知っているの?」
「それはもちろん、私が皆に言って回りましたから。リュージさんはこの街の救世主で、まるで聖者のようなお方だと」

 聖者なんて呼ばれているのはララさんのせいかっ!
 恥ずかしいからマジで勘弁して欲しい。
 乗合馬車に乗ってからも聖者コールが鳴りやまず、とはいえ隠れる訳にもいかず、引きつった笑顔で街を後にする事となった。
 乗合馬車が街から見えない場所まで移動し、やっと聖者コールが聞こえなくなった。
 診察料や薬代だって貰っているし、聖者だなんて呼ばれるような事はしていないというのに。
 街の人たちが気を遣ってくれたのか、御者のオジサンを除いて乗客は俺たち三人だけなので、やっと寛げる。
 一先ず、ララさんから手渡された小さな革袋を開けてみると、

「あれ? 見た事が無い硬貨だ」

 黒い硬貨が三枚入っていた。
 白金貨や金貨、銀貨や銅貨くらいまでは良く見るけれど、これがその下の鉄貨という物だろうか。
 日本円にすると、三十円くらいだと思うけど、街を立てなおすのにお金が必要だろうし、俺は金儲けの為にやった訳じゃ無いしね。
 とりあえず袋に入れておこうとした所で、

「リュージさん! それ、黒金貨じゃないですかっ!」

 アーニャが大きな声を上げる。

「知ってるの?」
「当然ですよっ! 世界共通硬貨の黒金貨ですよ! 普通の金貨百枚分の価値です」
「これ、鉄貨じゃないの!? というか、一番高額なのって、白金貨じゃなかったの?」
「鉄貨がそんな立派な訳無いじゃないですか! 白金貨も十分高額ですけど、黒金貨はその十倍ですってば!」

 という事は、黒金貨三枚で三百万円!?
 いやいや、流石にこれは貰い過ぎだよっ!
 返さなきゃ……と思っていると、

「お兄さん。街を救った感謝の気持ちなんだから、返すのは失礼じゃないかなー?」

 セシルから待ったがかかる。
 けど、エルフの王女様であるセシルからすれば、三百万円って大した事がないかもしれないけど、元ブラック企業のサラリーマンとしては、一年身を粉にして働いて、ようやく貰える額なんだよ。
 とはいえ、セシルの意見も理解出来るので、有り難く頂戴する事にした。
 しかし、異世界転移初日に貰ったお金と、ポーションを売ったお金に、この黒金貨。そこから食費などを差し引いても、日本円換算で六百万円くらいある。
 収入も沢山あったけれど、家賃というか、宿代が全く掛からないから支出も少ないから、このままだと溜まる一方ではないだろうか。

 ……あ、セシルたちの服を買うつもりだったのに、バタバタしていて忘れちゃってたよ。
 次の街では、今度こそ服を買わなきゃ。
 あとは、食料も買い足しておかないとね。
 アーニャが上手くやり繰りしてくれているけれど、そろそろ冷蔵庫に入っている食材も少なくなってきているだろうし……と、考え事していると、

――グレーグンの街の危機を救った事により、貢献ポイントが付与されました――

 どこかで聞いた事のある声が頭の中で響く。

――貢献ポイントが百ポイント付与されました。貢献ポイントが一定値を超えたので、城魔法の改修及び増築が行えます。リストから一つ選んでください――

 一方的に説明がなされた後、スキルで見かける銀色の枠が現れた。

『城魔法、改修及び増築リスト。
 拡大又は機能UP:診察室・調剤室・待合室・リビング・キッチン・お風呂
 部屋数追加   :三階
 増築      :屋根裏』

「マジで!? セシル、アーニャ! これを見て!」

 突然現れた城魔法のグレードアップに驚きながら、慌てて二人を呼ぶ。
 部屋の拡大や追加は分かるけど、機能UPってなんだ? リビングの機能UPって、何がどうなるんだよっ!

「お兄さん、突然どうかしたの?」
「いや、セシル。これだよ、これ。見てよ」
「何を?」
「何って、この銀色の……って、俺にしか見えないのか?」

 アーニャに同じ事を聞いてみても、「何か幻覚が見えているのですか?」と心配されてしまった。
 仕方が無いので、突如聞こえてきた話を伝えてみると、

「なるほどねー。噂には聞いた事があるよ。覚醒っていって、突然強力なスキルが使えるようになるんだってー」
「そうなんですね。リュージさん、凄いです」

 二人が喜び、俺を持ち上げてくれるんだけど、覚醒とは少し違う気がするのだが。
 とはいえ、これ以上謎の声の話をしても、また幻覚とか言われてしまうので、一先ず三人で生活している城魔法の、どれをグレードアップさせるかを話し合う事にした。

「あのお家をグレードアップ出来るんだ。凄いねー」
「うん。でも、さっき言った中から一つだけらしいんだ」

 一通り銀の枠に書かれた内容を話し、二人の意見を聞いてみた。

「ボクは何でも良いと思うよー」
「んー、アーニャは?」
「リュージさんのお家なので、リュージさんが思うようにすればよろしいのかと」

 アーニャの言う通りなんだけど、実際に使っている人の意見を聞きたいじゃないか。
 例えば、リビングはもっと快適な方が良いとか、キッチンにこんな機能があれば良いのに……とか。

「アーニャはキッチンに足りない物とか無い? 食洗機が欲しいとか」
「食洗機って、何でしょうか」
「いや、何でも無い。忘れて」

 コンロや冷蔵庫は普通に通じるのに、食洗機は通じないのか。
 この世界の技術水準は分からないけど、食洗機があれば、凄く楽になると思うんだけどね。
 キッチンの機能UPっていうのが食洗機とは限らないけどさ。

「セシルは、リビングや寝る部屋を、広くして欲しいとかって思いはない?」
「ボクは別にいいよ……むしろ、狭くしてくっつきたいくらいだし」
「ん? 何か言った?」
「何でも無いよー」

 何か小声で言っていたのは聞き取れなかったけど、セシルはゴロゴロしながらラノベが読めればそれで良いか。
 けど、リビングの機能UPって何だ? マッサージ機導入とか?
 でも、仮にマッサージ機が設置されたら、そこからセシルが動かなくなる気がする。
 この前みたいに、大量の患者さんが来るなら待合室を広くするのはアリな気がするんだけど、もうあんな事は起こって欲しく無いんだよね。
 街中の人が何かの病気に掛かってしまうような事件が起きて欲しく無いし、俺たち三人で大勢の患者さんを看るのも無理があるしさ。
 とはいえ、備えておくという意味では、候補に入るかな。
 だが実は俺の中ではこれというのがあったりする。
 セシルとアーニャから意見がなかったし、これにしてしまおう。

「俺は屋根裏にしようと思うんだ」
「それ? まぁお兄さんがそれが良いって言うのなら、構わないんじゃないかな?」
「正直、私の中では一番無い……いえ、リュージさんが決めるべきなので、宜しいのではないでしょうか」

 あれ? 屋根裏だよ? 超ワクワクしない? ロマンがあると思うんだけど。
 どうして二人が喜ばないのだろうかと、不思議に思っていると、

「えっと、屋根裏って隠れ家みたいだもんね。う、嬉しいなー」
「そ、そうですね。一人になりたい時にはうってつけですし」

 二人にフォローされてしまった。
 アーニャのは、フォローにすらなって居ない気もするんだけど、そんなに屋根裏はダメなのだろうか。
 でも二人は好きにして良いって言っているし……よし。屋根裏部屋にしよう!
 俺にしか見えていない銀色の枠の中から、屋根裏の文字をタッチすると、

――城魔法の増築を行いました。屋根裏が追加されました――

 増築完了の言葉が聞こえてきた。

「よし、増築出来たって。早速確認……って、馬車の荷台の中じゃ無理か。次の街へ着いたら、先ずは街を出るか空き地を探して、真っ先に確認しよう」

 一人でソワソワしながら馬車に揺られ、日が完全に落ちかけた頃に、

「聖者様、着きましたぜ。アヴェンチェスの街です」

 ようやく乗合馬車が停止し、次の街へと着いた。

「ありがとうございました」
「いえいえ、街を救ってくださった聖者様の為です。何て事はありません」

 よくよく話を聞くと、本当はもっと時間がかかる距離だったのだが、俺たちの為に急いでくれたそうだ。
 ありがたい……けど、喋る度に聖者って呼ぶのは勘弁して欲しい。

「この街には、大昔の円形闘技場が遺跡として残っているんです。有名な遺跡なんで、時間があったら足を運んでみてくださいよ」

 それだけ言って、御者の人が馬車と共に去って行った。

「お兄さん、闘技場だって。何だか面白そうだね」
「闘技場かぁ。やっぱり、そこで人が戦っていたんだよね?」
「多分ね。戦いに興味は無いけど、遺跡として見てみたいかな」
「そうだね。食料や服を買うついでに、ちょっと覗いてみようか……って、それよりも屋根裏を確認だっ!」

 暗くなった街の中で運良く広い場所を見つけたので、そこへ実家を呼び出し、就寝する事にした。
 翌朝、違和感を覚えて目が覚めた。
 セシルは……いつも通りだ。頭まで布団を被って、俺の隣で眠っている。
 アーニャは分からないが、一先ずここには居ない。
 じっとりと、何かが絡みつくような変な感じがするのだが、周囲を見渡してみても何も無い。
 では、一体何だろうか。

「ふゎー。お兄さん、おはよー!」
「おはよう、セシル……」
「お兄さん、どうしたの? 険しい顔になってるけど」
「いや、誰かに見られているような、視線を感じる気がしてさ。何だか寒気もするみたいだし」
「風邪をひいたのかな? お薬取ってこようか?」
「いや、薬ならすぐ取り出せるけど……これは、風邪なのか?」

 倉魔法でパナケア・ポーションを取り出そうとして、その隣にあった暗視目薬が目に留まった。
 何も居ないのに見られている感じがする。
 ガーネットの時の様に、Aランクの暗視目薬を使ったら何かが見えるだろうか。
 とりあえず暗視目薬を使ってみると、部屋の真ん中に日焼けし過ぎた感じのオッサンが居た。

「おゎぁっ! 誰!?」
「お兄さん? どうしたの?」
「幽霊が居るっ! こっちへ来るなっ! セシル、俺の後ろへっ!」

 キョトンとするセシルを抱き寄せ、俺の背中に隠した所で、オッサン幽霊がベッドのすぐ傍に居て、

「オレの姿が見えるのか?」
「近寄るなぁぁぁっ!」
「見えているんだな!? 頼む、話を聞いてくれぇぇぇっ!」

 深々と頭を下げられてしまった。

「え? 幽霊……だよね?」
「幽霊……まぁそんなもんだ。オレは昔この町で剣闘士をしていた、ヴィックというんだ」
「お兄さん? 誰とお話ししているの?」

 一先ず害意は無さそうなので、セシルにも暗視目薬を使ってもらった。
 ……しかし使ったのは目薬なのに、声まで聞こえるようになるのは、どうしてなのだろうか。
 とりあえずアーニャも呼んで、改めてヴィックの話を聞く事に。

「さっきも言ったが俺は剣闘士だったんだ。闘技場で己の腕と剣を頼りに魔物と戦い、見ている観客を楽しませる。危険が伴う代わりに身入りの良い仕事だ」
「凄い仕事ですね」
「あぁ。怪我をしても、死んでしまっても自己責任。中には借金を返す為、無理矢理剣闘士をやらされている者も居たが、俺は自ら剣闘士の道を選び、死んでしまった」
「それで成仏出来なかったと?」
「まぁな。というのも、魔物と戦って死んだのではなく、俺が毒を盛られて死んだからなんだ」

 えっと、毒を盛られて死んだ剣闘士が、成仏出来ずに幽霊となって家に出て来た……いや、出てこないでよ。

「オジサン。毒を盛られたっていうのは確かなのー?」
「あぁ。死んだ後、この姿ではっきりと見聞きしたからな。俺の妻となる予定だった女性を狙っていた男が、共謀した別の男と話しているのをな」
「そうなんだ」
「だが、その話を誰かに伝えられる訳でもないし、死んだ俺が生き返る訳でもない。せめて、恋人に気を付けろと言いたかったんだが……俺を追って自ら命を落としてしまってな」

 ど直球で聞いていたセシルも、話の顛末に沈黙してしまった。

「で、頼みっていうのは、俺を追って死んでしまった恋人の、形見になる物だけでも見つけて貰えないかと思ってさ」
「え? でも剣闘士って、大昔の話ですよね?」
「あぁ。だが闘技場の真下が墓地になっていて、今も遺跡として入れるんだ。俺の恋人が地位の高い貴族の娘で、その死を機に闘技場が閉鎖になったから、割と見つけやすいんじゃないかと思うんだ」
「だったら、ヴィックさんが行ってみては?」
「そうしたいんだが、途中で結界みたいなのがあって、この身体じゃ近づく事すら出来ないんだよ。頼む! 何でもいいんだ。服の端切れ、何かの装飾品、何なら骨でも良いんだ」
「……セシル、アーニャ。どう思う?」

 二人に話を意見を求めると、

「ボクは別に構わないけど……」
「わ、私も……手伝って、よ、良いと、思います……よ?」

 セシルは普通に、アーニャは引きつった笑みで協力しても良いと言う。

「分かった。一先ず協力するけど、危険だと判断したら即終了だからね?」
「ありがとう! 流石、闘技場のど真ん中で一泊するような方々は違うな!」
「えっ!? 闘技場のど真ん中? ここが?」
「あぁ。もう少し時間が経ったら、観光客が集まって来る時間だぜ」

 空き地を見つけたと思って城魔法を使ったのだが、どうやら遺跡のど真ん中らしい。
 暗かったとはいえ、ちゃんと確認しないといけないなと、反省する事になってしまった。
 幽霊剣闘士ヴィックの言う通り、外を見ると遺跡の様な場所の真ん中に家を出していた。
 人が集まる前にと、急いで家を出る。

「出し入れ自由な家か。様々な人を観察してきたが、こんなスキルは初めて見たぜ」

 とりあえず場所を変え、遺跡からそれなりに近い場所で観光客向けの露店があったので、朝食を注文したついでに話を聞いてみた。

「遺跡の地下? 入れるけど自己責任よ。昔は墓地として使われいたらしい……って事くらいしか知らないけど」
「いえ、ちょっと覗いてみようかなーって思っただけでして」
「そうなのかい? だったら夏頃においでよ。闘技場で亡くなった人たちのために、毎年ゴスペルコンサートをやっているからさ」
「そうなんですね。ありがとうございます」

 お礼を言って露店から離れると、

「今のコンサートなんだけど、あれ五月蠅いんだよなー」
「ゴスペルって神様の歌じゃないの?」
「歌の内容はそうだろうけど、歌っているのは一般人だから、何の効果も無いね」

 ヴィックが中々に辛辣な事を言う。
 聖なる歌とかって、日本でも結婚式とかで聞くけど意味ないのか。
 まぁあれは牧師さんもアルバイトの外国人だって言うし、雰囲気だけなんだろうけど。
 遺跡が見えるベンチで朝食を食べ終え、さて次だ……という所で、

「リュージ殿。そちらは娘さんで?」
「いや、違うから。大事な仲間だよ」
「なるほど。では、こちらの猫耳のお嬢さんは奥様?」
「いや俺は結婚してないから」
「なるほど。両手に花ですか。羨ましい」

 ヴィックが何かを盛大に勘違いて、一人でうんうんと頷いている。
 セシルはキョトンとしているし、アーニャは完全にスルーしているので、俺も放っておこうか。
 街の商店街へ移動し、アーニャが望む食料を買い込み、遺跡をどれくらいの時間探索するかも分からないので、すぐに食べられるサンドウィッチみたいな物も購入しておく。

「リュージ殿。では、いよいよ出発ですな?」
「いや、あと二人の服を買うから。ヴィックが急ぐ気持ちも分かるけど、これはこれで大事な問題だから、ちょっと待って欲しいんだ」

 セシルもアーニャも、同じ服を洗濯して着続けているし、下着は芽衣のものだからね。
 このまま遺跡の中へ入ってしまったら、また暫く服が買えないなんて事になるかもしれない。
 ヴィックには悪いけど、今度こそちゃんとした服を買ってあげないと。

「承知した。まぁ今まで待ってきた年月に比べれば、一日や二日なんて、ほんの一瞬だからな」
「流石に服を買うだけでそんなに時間は必要ないけど」
「リュージ殿、甘いですぞ。女性が服を買うとなれば、これ程までに時間の掛かる買い物など、そう無いですからな」

 ヴィックが恋人の事を思い出しているのか、遠い目になり、ちょっとげんなりした表情になる。
 愛する人の事を思い出しているはずなのに、そんな表情になるくらい時間がかかるの!?
 だけど、それはヴィックの恋人が迷う人だからじゃないかな? セシルやアーニャは、あまり服に拘る感じはしないんだけど。
 この二人ならすぐ終わるだろうと思いながら、街で見つけた服屋さんへ。

「二人共、ララさんから貰った報酬もあって、資金に余裕があるから好きな服を買ってきてよ」
「お兄さん、いいの?」
「リュージさん。私にまで宜しいのですか?

 困惑する二人に大きく頷くと、早速店内を見て回り、

「お兄さん。じゃあ、ボクはこれを」
「私も、これをお願いします」
「じゃあ会計を済ませようか」

 ほんの数分でそれぞれの服を何枚か選び終える。

「何故だっ!? ここから似たような服を何着も試着室へ持ち込み、一着ずつ着替えては感想を聞かれ、適当に答えたら拗ねられるという、無限地獄にハマるんじゃないのかっ!?」

 よく分からない叫び声をあげるヴィックをスルーしながら会計を済ませ、遺跡の地下へ向かう事にした。

 服を買ったついでに、近くにあった露店でランプを購入し、いざ遺跡の地下へ。
 暗視目薬があるけど、薬の効果が切れた時の為にね。
 ちなみに、当然だけど買った服もランプも、倉魔法で収納している。探索するに余計な荷物は持ちたくないしね。

「セシル、そこ段になっているから気を付けて」
「はーい」

 先頭をヴィックが進み、俺、セシル、アーニャと続くけど、幽霊の本領発揮と言うべきか、歩き難い場所も、ちょっとした岩も関係無しに、ヴィックがすいすい進んで行く。

「ヴィックは障害物を通過出来るんだ」
「まぁ幽霊だからな。なので、扉が閉まっていたリュージ殿の家にも入れた訳で」
「なるほど。じゃあ、この先に魔物が居ないか見て来てくれる?」
「いや、ここに魔物なんて居ないさ。今はまだ大丈夫だが、もう少し進むと外の光が届かなくなって、闇しかなくなる。草も生えないし、こんな所に来る人や動物なんて居ないから、魔物の類も寄りつかないんだ」

 あー、表現は悪いけど、魔物だって食べる餌が無い場所には来ないか。
 こういう場所だと、居たとしても暗闇が好きなコウモリくらいだろうけど、そういう暗所を好む魔物は居ないのかな?

「何となく想像している事が分かるが、ここには闇を好む魔物も居ないぞ。俺は何百年とここに居るから間違いねぇ」
「ヴィックがそこまで言い切るのなら、大丈夫だね」
「うむ。しかし三人共、既にかなり暗いはずなのに、よく歩けるな」
「あぁ、三人共そういう薬を使っているからね」
「なるほど。リュージ殿は薬使いと……お、見えてきたな」

 ヴィックに言われた先に、何やら半透明の檻のような物が見える。
 近寄ってみると、太くて荒い格子状の檻みたいな物と、薄い膜が道を塞いでいた。

「これが、例の結界だ。球状に囲っていて、俺が触れると火傷したみたいに痛みが走るんだ。で、痛みを我慢して無理矢理突破しようとしても、薄い膜みたいな物を越えられないんだ」
「これ、俺たちが触っても大丈夫なの?」
「大丈夫だろう。闘技場の死者を運びに来ていた奴は、全く気にした様子も無く通っていたからな。おそらく、見えてすらないだろう」

 Aランクの暗視目薬を使っているからハッキリ見えているけど、本来はここに結界がある事にも気付けないのか。
 とりあえず、試してみないと何も進まないので、恐る恐る手を伸ばして行く手を阻む膜に触れてみる。
 だけど、僕の手は何の抵抗も無く素通りしていった。

「確かに、何ともないね」

 結界の中へ入ったけど、息苦しいとか、痛みを感じるとかって事も全く無い。

「これ、アンデッド……幽霊とか不死の魔物が墓地から出ないようにしているんだと思うよー」
「という事は、中にはそういう魔物が出てくるの?」
「おそらくね。でも、ボクが居るから大丈夫だよー」

 魔物は任せて……と言いながら、セシルが俺に続き、

「ふ、二人とも! おいて行かないでくださいよっ!」

 慌ててアーニャが飛び込んできた。

「アーニャ。無理しなくても良いよ? そっちでヴィックと待ってる?」
「それはそれで怖いですよっ! 一緒に居てくださいっ!」

 アーニャががっちり腕を組んできた……というか、しがみ付いてきた。
 それを見たセシルが、何故か反対側の腕にしがみ付いてきたけれど、セシルは全然怯えてないよね?

「じゃあ、ヴィックはそこで待ってて。中の様子を見て来るよ」
「俺の恋人の名前はロザリーっていうんだ。頼んだぜー!」
「了解! 行ってくる」

 一先ずヴィックと別れて奥へ進むんだけど、セシルがグイグイと右腕を引っ張って前に進み、アーニャがギューっと左腕を締め付ける。
 そんな状態で暫く進むと、前からコツコツと何かが向かって来る音が聞こえて来た。

「セシル。何か来るぞ」
「うん。任せて」

 セシルのこの自信は非常に心強い。
 一先ず、相手が何かを見極める為に待ち構え――というか、アーニャが怖がって一歩も進んでくれなかっただけなのだが――その姿が視界に映る。

「うげっ! 剣を持った骨が歩いてる」
「スケルトンだね。死んでしまった剣闘士かな?」
「ひぃぃぃっ! セシルさん、リュージさん! 後は任せましたっ!」

 俺は任せられても何も出来ないよっ!
 テンパッているからか、余裕を見せるセシルではなく、全く余裕の無い俺が、もっと余裕の無いアーニャから盾にされてしまった。

 二人を守るんだ!
 意気込みはあるけど、冷静に考えてみると、相手は剣を持っているのに俺は丸腰だった。
 何かないかと考え、倉魔法から買ったばかりのランプを取り出し、スケルトンに向けて思いっきり投げつける。
 すると、コンと乾いた音を立ててスケルトンの頭にぶつかり、ランプが地面に落ちた。
 俺としては、ランプが割れて中の油がスケルトンに付着し、火が引火して燃え盛る……というのを想像していたのに、ランプは割れないし、スケルトンもノーダメージだし。
 何かしら武器を買うべきだったと後悔していると、

「お兄さん、下がって」

 セシルが突風を起こし、吹き飛ばされて壁に激突したスケルトンの骨がバラバラに崩れ落ちた。
 やっぱり武器より魔法の勉強かな?

「お兄さん、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。……アーニャ、スケルトンはセシルが倒してくれたよ」
「ふぅ。ありがとうございま……」

 アーニャが突然固まる。
 何事かと思ってアーニャの視線の先に目をやると、セシルが吹き飛ばしたスケルトンの骨が震えだし、元の姿に戻ってしまった。
 ちゃんと剣を手にして、スケルトンが再びこちらへ歩いてくる。
 もしかして、アンデッドは魔法で倒せないの!?
 遺跡の地下なので、風でどこかへ吹き飛ばす事も出来ず、倒しても復活してくる。こんなのが大量に出て来たら……

「よし、撤退しよう! 作戦会議だ!」
「え? 一体しか居ないから平気だよ?」
「奥にもっと沢山居るかもしれないだろ? とにかく戻るよっ!」

 来た時とは逆で、乗り気ではないセシルを引き寄せ、一方で先陣を切って引き返そうとするアーニャに引っ張られる。
 走って追ってきたスケルトンから逃げ、結界の外へ。

「おかえり。どうだった?」
「中に骨の魔物が居たんだけど」
「なるほど。お嬢ちゃんの言う通り、この結界はそういうのを外に出さないようにするための物か。俺が中に入れないように、その魔物も外に出られないんだろうな」
「とにかく、一旦出よう。風の魔法で衝撃を与えて身体が崩れたのに、すぐさま復活してきたし」
「アンデッドを倒すなら、火を使うべきなんだろう」

 ヴィックは簡単に言うけど、洞窟みたいな場所で火を使って酸欠にならなければ良いけど。

「セシル、火の魔法で攻撃って出来る?」
「無理だよー。ボク、火の精霊は使えないもん」

 そういえば、そんな事を言っていた気もする。
 風で吹き飛ばし、復活するまでの間に無視して進んでも良いけど、後々大変な事になりそうだし、やはり倒す手段が欲しい所だ。

 遺跡から出ると、アーニャが嬉しそうにピョンピョンと跳ねて喜んでいる。
 やはり相当怖かったらしいけど、俺やセシルの視線に気付き、

「で、では作戦会議をしましょう。どこが良いですかね?」

 慌てて冷静な振りをする。

「家を出せそうな場所を探そうか」

 気付けば、闘技場の遺跡には観光客が居るし、この辺りから離れた方が良さそうだ。
 街の外で家を出して昼食を済ませると、リビングでゴロゴロ――はセシルだけど、ソファで寛ぎながら、意見を出し合う。

「火がダメなら、聖なる力的な物で倒せないかな?」

 日本のゲームの定番、アンデッドには回復魔法だったり、聖属性の武器や魔法が良く効くという設定を元に言ってみた所、

「聖なる力って?」
「え? 聖剣とか、聖なる魔法とか?」
「お兄さん。聖剣は国宝級のアイテムで、どこにあるかも分からないし、聖なる魔法……神聖魔法かな? は、教会の人が使う魔法だよー」

 今この場に無いよね? という話で終わってしまった。
 ちなみに、セシルは光の精霊魔法を使う事も出来るけど、攻撃向きの魔法は使えないのだとか。
 アンデッドを倒す方法って何があるだろうか。
 火はやっぱり酸欠の心配があるので除くとして、ゲームだと回復魔法の他には……

「あ! 回復系のポーションをかけてみたらどうかな?」

 これだっ! と閃いたアイディアを話してみた。
 だけどイマイチらしく、全員が微妙な反応を見せる。
 ……試しに、ヴィックへポーションを掛けてみたらどうなるだろうか。
 とりあえず確認したいと思い、調剤室にあるFランクのバイタル・ポーションをこっそり取りに行く。
 流石にAランクやBランクのポーションは強力過ぎる気がするからね。