《 第9話 常連客 》

 ガーネットさんに花を贈って半月が過ぎた。

 その日、いつものようにクエストを攻略した僕は列車に乗りこみ、ドラミと王都に帰りつく。

 列車乗り場を出る頃には、すでに日が暮れかけていた。

 じきにギルドが閉まってしまう。ガーネットさんに会えるかどうかの瀬戸際だ。

 僕はドラミをおんぶしてギルドへ急いだ。


「おかえりなさいジェイドさん! ドラミさん!」

「ただいまなのだ!」

「クエストお疲れ様です!」

「ありがとうございます!」


 返事をしつつも足を急がせ、ギルドに到着!

 ふぅ……。なんとか間に合った。

「すぐに済ませるから待っててね」

「うむ。ドラミは街灯に群がる虫の数を数えて待ってるのだ! こないだは16匹まで数えられたので今回は記録更新を目指すのだ!」

「直視すると目が悪くなるからほどほどにね」


 張り切って虫を数えるドラミを残し、僕はひとりでギルド内へ。

 閉館時間ギリギリだからか、ギルドは閑散としていた。撤収作業が進められ、ほとんどの窓口に『本日の業務は終了しました』の立て札が。

 幸いにも18番窓口は開いていた。ガーネットさんもそこにいる。

 なるべく良い印象を持たれようとキリッとした顔を作り、いざガーネットさんのもとへ。


「これっ! 達成しました!」

「お名前は?」

「ジェイドです!」

「少々お待ちください。……キマイラ討伐のクエストですね。では拝見します」


 雪のような白い手で、ガーネットさんが魔石をにぎにぎする。

 そのときだ。



 ――くぅ、と。



 小さな音が響いた。

 誰かがお腹を鳴らしたみたいだ。でも、近くにいるのはガーネットさんだけだし……。

 とすると、もしかしていまの可愛い音って――


「……」


 ガーネットさんの頬が、うっすらと赤らんでいる。

 や、やっぱりいまのガーネットさんのお腹の音だったんだ!

 うわあ、可愛い! 可愛い音だ! 頬を染めるガーネットさんもすっごい可愛い!

 って、だめだだめだ! ひとりで盛り上がってる場合じゃないよ!

 ガーネットさんは恥ずかしがってるんだ。ここは気の利いたセリフで励まさないと!

 ……なんて言うべきだろ? ドラミなんてしょっちゅうぐぅぐぅ鳴らしてますよ、とか? うーん、それでフォローになるのかな?


「確認できました」


 迷っている間に確認作業が終わってしまう。

 なにか声をかけたかったけど……ここは聞こえなかったふりを貫くべきか。


「こちら報酬3000万ゴルの小切手になります」

「ありがとうございます! えと、次の依頼はまた明日受けに来ます!」


 このまま手続きに進んだら、またお腹を鳴らしちゃうかもしれないもんね。

 ガーネットさんから小切手を受け取り、外で待っていたドラミと合流する。


「18匹まで数えられたのだ!」

「記録更新おめでと!」

「ありがとなのだ! それで次はどこへ行くのだ?」

「いろいろあって、新しいクエストは明日受けることにしたよ」

「じゃあ、今日はゆっくりできるのだ?」


 表情に期待感を滲ませるドラミに、僕はうなずいてみせる。


「今日はもうやることないから、お店でのんびりご飯にしよう」

「大賛成なのだ! ひさしぶりのお店ご飯、楽しみなのだ~……って、そっちに行くのだ?」

「この時間だと大通りの店はどこも賑わってるからね」


 なにせ僕は滅多に店を訪れないのだ。

 いつだったか僕の来店にお客さんが盛り上がり、ほかの店からも僕に一言挨拶しようと大勢押し寄せ、僕を称えて飲めや歌えやの大騒ぎになってしまった。

 もちろん賑やかな食事は楽しいけどね。

 それはそれとして、よけいな騒ぎは起こしたくないのだ。


「ここからちょっと離れてるけど、そこでいいかな?」

「その店は美味しいのだ?」

「うん。最後に食べたのはもう何年も前だけど、シチューも美味しいし、魚料理も絶品だよ」

「シチューの具材はなんなのだ? ドラミ的には野菜ごろごろより、お肉たっぷりだと嬉しいのだ」

「ならよかった。柔らかく煮込まれた肉がたっぷり入ってるから」

「そこで決まりなのだ!」


 ドラミに急かされ、食事処へ足を運ぶ。

 小さな通りに佇んでいる、小さな店だ。

 店内に入ると、食欲をそそる香りが漂ってきた。昼営業がメインなのか、お客さんは見当たらない。


「貸切なのだ~!」


 はしゃぎ声を上げるドラミに、カウンターの奥にいたおじいさんがびっくりする。

 僕の顔を見て、さらにびっくりしたみたい。


「おやまあ驚いた。うちみたいな店にジェイドさんが来るなんて」

「謙遜しなくていいのだ! 美味しい匂いがするし、立派な店なのだ!」

「嬉しいことを言ってくれるお嬢ちゃんだね」

「どういたしましてなのだ! ドラミはシチューが食べたいのだ! お肉多めだと嬉しいのだ!」

「はいはい。シチューの大盛りだね。ジェイドさんはどうするね?」

「魚料理をお願いします。以前食べた香草焼きが美味しかったので」

「ジェイドさんはついてるね。あと1尾しか残ってなかったんだよ。すぐに作るから待ってておくれ」


 カウンター席で待つことしばし。
 ドラミの前に、ほかほかのシチューとパンが出てきた。


「うおおお! 美味しそうなのだ! いただきますなのだ~!」


 ごろごろのお肉を目にしてテンションが上がったみたい。
 パンをシチューに浸して食べ、柔らかく煮込まれた肉を頬張り、ほっぺをとろけさせている。

 それを眺めていると、魚の香草焼きが出てきた。

 さっそく一口。
 うん、美味しい!

 香草の香りに包まれた魚の旨みが口いっぱいに広がるよ……。


「いらっしゃい」


 と、おじいさんが言う。誰か来たみたい。

 美味しい魚料理に舌鼓を打ちつつチラッと目線を上げてみると――


 ガーネットさんだった。


 えっ!? どうしてガーネットさんがこの店に!? ギルドからけっこう離れてるのに!

 も、もしかして僕のあとをつけてきたとか!?


「いつものをお願いするわ」


 違った。これ、常連客の口ぶりだ。

 へえ、そっか。ガーネットさん、この店に通ってたんだ。じゃあ僕も通おうかな! ドラミもここの料理を気に入ったみたいだし!

 にしても……。
 ガーネットさんって、普段なにを食べてるんだろ? 気になる……。

 僕は食事を進めつつ、ふたりの会話に耳を傾ける。


「ごめんね、ガーネットちゃん。魚の香草焼きは、もう終わっちゃったんだよ」


 これかぁ!
 僕としたことが、ガーネットさんの仕事終わりの楽しみを奪うなんて……!


「残念だわ」


 大好きな女の子を残念がらせてしまうなんて……!


「あのっ! 僕がひとっ走りして魚を買ってきましょうか!?」

「ありがとね。気持ちだけ受け取っておくよ」


 だめですよ! 
 気持ちだけじゃガーネットさんのお腹は膨れませんから!


「遠慮はいりません! お代だってけっこうです! 僕はいま無性に魚を買いたい気分なんです! それで、どこに行けば買えますかね!?」

「いまはどこも無理だと思うけどねぇ。なにせ魚の仕入れが難しい状況だからねぇ……」

「魚の仕入れが難しい……?」


 王都はそれなりに海に近いところにある。

 港町から毎日列車で新鮮な魚が届いているはずなのだが……。


「なんでも近海に怖ろしい魔獣が出没するみたいでねぇ。漁へ出れば船が沈められてしまうそうなんだよ」

「魔獣の奴、お魚を独り占めするつもりなのだ……? 許せないのだ……! ドラミも香草焼きっていうのを食べてみたかったのだ……!」


 ドラミが憤っている。

 僕だって許せない。

 ガーネットさんの楽しみを奪うなんて……!


「あのっ、ガーネットさん!」

「なにかしら?」

「その魔獣の討伐依頼って出てますか?」

「六つ花クラスの討伐クエストになっているわ」


 六つ花か。どうりで見覚えがないと思った。

 討伐が滞り、六つ花クラスじゃ達成は困難だと判断されれば、七つ花クラス用のクエストになる。その調子で難易度が上がっていけば、いずれは僕の出番となる。

 だけど現時点では六つ花クラス。僕の出番はしばらく先になるだろう。

 各クラスには、そのクラスに相応しいクエストが割り当てられるのだ。十つ花の僕が規則を破り、クエストを横取りするわけにはいかない。

 だけど……。

 釣りの最中に魔獣に襲われたとなれば、話はべつだ。

 襲ってきた魔獣を返り討ちにするだけなら、ギルドの規則には反しない。

 決めた! 海に行こう! そしてガーネットさんに美味しい魚料理を食べてもらうんだ!


「シチューをお願いするわ」

「はいよ。シチューね」

「ここのシチューはほっぺがとろける美味しさなのだ!」

「パンを浸して食べると美味しいわ」

「もう試したのだっ! 美味しかったのだ!」


 楽しげにガーネットさんとおしゃべりするドラミにちょっぴり嫉妬しつつ、僕はそう決心するのだった。