受付嬢に告白したくてギルドに通いつめたら英雄になってた

《 第67話 キス 》

 翌朝。

 僕たちは列車乗り場を訪れていた。

 ガーネットさんの休みは今日でおしまい。この時間の列車を逃すと、仕事に遅れてしまうのだ。


「昨日は本当にありがとうございました! 最高の誕生日でした!」

「ケーキも美味しかったのだ! できればドラミの誕生日にもケーキを焼いてほしいのだ……!」

「もちろんよ。とっても大きなケーキを作ってあげるわね」

「やったー! ありがとなのだ!」

「よかったね、ドラミ」

「うむっ! 次の誕生日が待ち遠しいのだ!」

「そのときはプレゼントを用意するです!」

「嬉しいのだ~! マリンの誕生日にもプレゼントを用意するのだ!」

「わーい! ありがとです~! ドラミちゃんのプレゼント楽しみです~!」


 楽しそうにおしゃべりして、ぎゅっとハグ。

 ふたりをほほ笑ましく見ていると、オニキスさんが手招きしてきた。


「昨日、きみが帰ったあとに知ったのだが……マリンのためにミスリルの盾を買ってくれたそうだな」

「はい。冒険者デビューするときに買いましたけど……ミスリルの価値は、できれば秘密にしててくれませんか?」


 マリンちゃんが怪我せずに済むように買ったんだから。

 価値に萎縮して使うのをためらうと本末転倒だ。


「やはり価値を知らなかったか……5000ゴルで手に入れたと言われたので、この12年で相場が急落したと思ったが……とにかくマリンのためにありがとう。本当にきみには世話になりっぱなしだな」

「いえ、気にしないでください」


 と、オニキスさんと話していたところ――


「ええ!? それ本当なのだ!?」


 マリンちゃんと話していたドラミが、急に叫び声を上げた。

 どうしたんだろ?


「はいっ、本当です! 昨日ドラミちゃんたちが帰ったあと、お母さんとお父さんに許可をもらったですから!」

「なんの話?」

「マリンが王都で暮らすのだ!」

「三つ花になってからですけどね!」

「マリンならすぐに三つ花になれるのだ! ほんとにほんとに待ち遠しいのだっ!」

「僕も楽しみだけど、あまり焦らないようにね。怪我しちゃったら大変だしさ」

「心配することはない。三つ花クラスになるまでは、マリンのクエストには俺が付き添うことにしたからな」

「お父さんと冒険して、立派な冒険者になってみせるです!」


 マリンちゃんはわくわくしている。

 娘と一緒に冒険できて、オニキスさんも嬉しそうだ。

 そんなふたりを見て、ガーネットさんが寂しそうにしていた。

 家族と離れるのが名残惜しいみたいだ。行方不明になったオニキスさんと再会するために受付嬢になったんだし、本当はもっと一緒に過ごしたいんだろうな……。

 ……ん? でもオニキスさんとは再会できたわけだから、ガーネットさんが受付嬢として働く理由もなくなるわけで……


「……ガーネットさん、受付嬢は続けるんですか?」

「ええ、続けるわ。なぜかしら?」

「オニキスさんと無事に再会できたわけですから、ギルドで働く理由はなくなったんじゃないかと思いまして……」

「それはきっかけに過ぎないわ。あなたたちに会うために、これからもギルドで働き続けるわ」

「ギルド以外でも会うことはできますけど……」

「ええ。けれど以前、ジェイドくんは私に言ってくれたわ。私の働いている姿を見るのが好きだって」

「言いましたけど、僕のために寂しい思いをする必要はないですよ」


 念願叶って、ようやくオニキスさんと再会できたんだ。

 しばらくは実家で家族団らんを過ごし、マリンちゃんが三つ花になるタイミングで一緒に王都へ来ればいい。

 もちろん、僕としては片時も離れたくないけど。

 でも最優先するべきはガーネットさんの幸せだ。


「ギルドで働き続けるのは、あなたのためでもあり、私のためでもあるわ」

「ガーネットさんのため……?」

「私はジェイドくんのクエストを受ける姿を見るのが大好きだもの。危険なクエストばかりなのに、迷うことなく堂々とリストを指さすあなたは、本当にかっこいいわ。もちろん、普段のあなたもかっこいいわ」

「ガーネットさん……」


 嬉しすぎて涙を流してしまう僕に、ガーネットさんが柔らかな笑みを向けてくる。


「ギルドの受付嬢として、これからもジェイドくんを見守るわ」

「ドラミのことも見守っててほしいのだっ! ドラミもジェイドみたいにかっこよくリストを指さすのだ!」

「マリンも堂々とクエストを選ぶです!」

「ふたりのこともちゃんと見守るわ」


 優しげな眼差しでそう言うと、ただ、とガーネットさんは続ける。


「もうちょっと長く帰省できるように、帰省しているあいだこの町のギルドで働いていいかギルドマスターに相談してみるわ。そうすれば1ヶ月くらいこっちにいられるもの」

「名案ですねっ! こっちのギルドに受付嬢の募集ポスターが出てましたし、きっと許可してもらえますよ! そのときは僕たちもついてっていいですか?」

「もちろんよ。長いことふたりに会えなくなるのは寂しいもの」

「ありがとうございますっ! そうと決まれば土地探しをしないとですね!」

「土地を買うのかしら?」

「はい! ずっと宿屋暮らしだと、ほかの旅人が来たときに迷惑になってしまいますから。こっちに家を建てて、いつでもお花見デートできるように花壇も作ります!」

「だったらトレーニングルームもほしいのだ! 立派な冒険者になるために、家でも特訓したいのだ!」

「いいよ! どんな家にするか一緒に考えよう!」

「考えるのだ~!」


 どんな家にしようかとドラミと盛り上がっていたところ、遠くから列車が近づいてきた。

 いらっしゃい、と手招きして、サンドラさんがガーネットさんの頬にキスをする。


 ……そういえばキスの約束はどうなったんだろ? 


 アイス王国から無事に帰ってきたらキスをすることになってたんだけど……。

 でもまあ、いっか。

 ガーネットさんが幸せそうにしてるんだ、それだけで充分幸せなことじゃないか。

 なんて思っていると、ガーネットさんがこちらへ歩み寄り、そっとハグしてきた。

 心地良い香りが漂い、柔らかな感触が胸に触れ――


「うわあ!? ガーネットさん!? な、なな、なにしてるんですか!?」

「ハグをしているわ」

「ど、どうしてハグを!?」

「しゃべっているとキスできないわ」

「え、ええ!? キスするんですか!?」

「ええ。本当はお父さんを連れて帰ってくれた日にキスするつもりだったけれど……恥ずかしくてできなかったわ」

「そ、そうだったんですね」


 ガーネットさん、僕との約束を覚えててくれたのか。

 嬉しいけど……嬉しいけど、でも――


「……だめかしら?」

「だ、だめじゃないです! 僕もしたいです、ガーネットさんと、その……キ、キスを……!」


 でも、まさかこのタイミングでキスすることになるとは思わなかった。

 オニキスさんがガン見してるし――

 サンドラさんがニヤニヤしてるし―― 

 マリンちゃんが恥ずかしそうにこっちを見てるし―― 

 ドラミがよくわからないなりに僕を応援してくれてるし――

 ものすごく恥ずかしいし、とんでもなく緊張する。

 だけど――だけど、それ以上に嬉しい! 本当に本当に嬉しい!

 大好きなガーネットさんと、ついにキスできるんだから……!


「で、ではお願いします……」


 僕は覚悟を決め、ぎゅっと目を瞑る。

 そしてついにその瞬間が――



「あの~、すみません。そろそろ出発なのですが……」



 ――訪れる前に、駅員さんが遠慮がちに声をかけてきた。

 ガーネットさんが、恥ずかしそうに僕から離れる。

 あ、あとちょっとだったのに……!


「だいじょうぶよ。キスなんていつでもできるわ!」


 サンドラさんが軽い調子で励ましてくれるけど、ガーネットさんはかなり恥ずかしそうだ。

 さっきのキスだって本当に勇気を振り絞って、やっとの思いで決意してくれたわけだし……キスできるのは、しばらく先になるのかも。

 がっくりしつつも列車に乗りこみ、ボックス席へ。

 僕とガーネットさんが隣り合わせに座り、ドラミとモモチが向かい側へ。

 ドラミはすぐさま窓を開け、ゆっくりと列車が動きだすなか、マリンちゃんたちに手を振った。


「ばいばいなのだ~!」

「また今度です~!」


 元気な声でお別れをして、マリンちゃんたちの姿が見えなくなると、ドラミは寂しそうに窓を閉めた。

 だけど以前のように涙を流すことはなく――


「マリンとの冒険、楽しみなのだ!」

「その日に備えてしっかり体力つけないとだねっ」

「うむっ。いっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱい運動するのだ!」


 マリンちゃんとの大冒険を思い描き、わくわくしていたドラミだけど……

 しばらくすると、うとうとし始めた。

 昨日は遅くまでマリンちゃんと遊んでたので、眠くなってしまったみたい。

 昼食の時間になったら起こすと約束すると、安心したように眠りについた。


「……」


 ガーネットさんが、僕をじっと見つめてくる。


「……僕の顔に、なにかついてます?」

「なにもついてないわ。あなたの顔を見つめることで、恥ずかしい気持ちを吹き飛ばそうとしているのよ」

「それって……キスのためにですか?」

「ええ。キスのためよ」

「そうですか……。あの、だったら僕からひとつ提案があるんですけど」

「なにかしら?」

「その……僕のほうからキスするのはだめですか?」

「あなたのほうから?」

「はい。僕も恥ずかしいですけど……ガーネットさんとキスしたいですから」


 勇気を出して切り出すと――


 ガーネットさんは、とっても嬉しそうに唇をほころばせた。


 青い瞳を閉ざし、唇を僕に向けてくる。


 なにも言ってくれなかったけど、なにを言いたいかはすぐにわかった。


 どきどきと心臓が高鳴るなか、ガーネットさんの華奢な肩に手を置いて――



 大好きなひとの唇に、そっと口づけしたのだった。