受付嬢に告白したくてギルドに通いつめたら英雄になってた

《 第53話 雪に覆われた町 》

 その日の朝。

 がちがち。ぶるぶる。
 がちがち。ぶるぶる。

 目覚めると、ドラミが僕にしがみついて震えていた。

 ちゃんと暖かい服装なのに、とても寒そうにしている。


「……だいじょうぶ?」

「しゃ、しゃむいのだ……む、むしろジェイドは寒くないのだ……?」

「僕は平気だよ」

「ドラミもジェイドみたいに強くなりたいのだ……」

「強いから寒さを感じないんじゃないよ。これは愛の力だよ」


 ガーネットさんの手編みの手袋をつけてるおかげで、身も心もぽかぽかだ。

 だから僕はアイス王国にいるのにちっとも寒さを感じないのだった。


「愛の力……よくわからないのだ……」

「ドラミにもいずれわかる日が来るよ」

「で、できればいますぐわかりたいのだ……だって寒すぎるのだ……」


 ガタガタと震えるドラミを見ていると、かわいそうになってくる。


「僕にできることがあれば遠慮なく言ってね」

「と、とりあえず靴下を履かせてほしいのだ」

「まだ履くの?」

「3枚重ねじゃ足りないのだ……」

「わかった。ちょっと待っててね」


 ベッドを出て、リュックを漁り、靴下を取り出す。

 するとドラミが、そろそろと毛布から足を出した。モコモコとした靴下を履かせてあげると……小さな足は、靴下でパンパンになってしまう。

 これ、歩くの大変そうだな……。


「歩きづらかったら教えてね。おんぶするから」

「ううっ。恩に着るのだ……」


 でもかっこ悪いから自分の足で歩くのだ、とドラミ。

 偉いね、だけど無理はしないでね、と告げつつ、窓の外を眺めてみる。

 ここは山間の集落だ。

 ぽつん、ぽつんと家が建ち、もわもわと煙が立ちのぼっている。

 煙突の煙と、温泉の湯気だ。

 王都じゃ珍しいけど、この集落の各家庭には温泉が引かれているのだとか。


「どうする? 温泉に入る?」


 この村にたどりついたのは昨夜遅く。アイス王国入りを果たし、最初に立ち寄った集落だ。

 列車を出た瞬間のドラミの震えっぷりときたら……。とても寒そうにしていたので急いで宿屋を見つけ、すぐさまベッドに潜りこみ、そのままいまに至るのだった。


「温泉とかぜったい無理なのだ……!」

「そんなに無理?」

「だって、温泉って露天風呂なのだ……! 外に出た瞬間、ドラミはカチンコチンになっちゃうのだ!」

「そう。だったら……食事にしよっか? 昨日店主のお爺さんが『温かいシチューを食べたいときはいつでもお申し付けください』って言ってたしさ」

「食べたいのだ……!」


 その返事から5分ほど過ぎ、ついに意を決したようだ。

 ドラミが毛布をはねのけ、ベッドから出てきた。


「し、しまったのだ! クツが履けないのだ!」

「だいじょうぶ。こうなることを見越して、一回り大きいクツを買っておいたから」

「旅慣れてるのだ……!」


 旅慣れてるというか、ドラミのお世話に慣れてるというか……。

 モコモコのブーツを履いたドラミと部屋を出て、一階へ。

 こぢんまりとした食堂には暖炉があり、ドラミがそちらへダッシュする。


「髪が燃えちゃわないように気をつけるんだよ」

「気をつけるのだ~……」


 なんてやり取りをしていると、奥の扉から優しげなお爺さんが出てきた。

 この宿屋の店主だ。


「おはようございます。昨夜は眠れましたかな?」

「はい。よく眠れました」

「それはよかったです。そちらのお子さんは、昨夜は寒がっていましたが……」

「あれくらいの寒さ、へっちゃらなのだ! だってドラミは冒険者なのだ!」


 暖炉で温まったようで、ドラミが元気な声を響かせる。

 子どもが大好きなのか、お爺さんは優しげな顔をさらにニコニコさせて、


「お嬢ちゃん、冒険者なのじゃな。この村にはクエストで来たのかのぅ?」

「ギルドに向かう途中なのだ!」

「だったら、すぐに旅立ってしまうんじゃな。この村にはギルドがないからのぅ」

「ギルドがないのだ? ……もしかして、この村で冒険者は珍しいのだ? だったら見せてあげるのだ!」


 ドラミはこっちへ駆け寄り、手袋を外してみせた。

 得意気に花紋を見せつける。


「じゃじゃーん! ドラミは攻撃系の花紋を持ってるのだ~!」

「羨ましいのぅ。ワシもできれば攻撃系がよかったんじゃがなぁ」


 そう語るお爺さんの手の甲には、強化系の花紋が浮いていた。

 五つ花だ。


「す、すごいのだ……もしかして歴戦の冒険者なのだ?」

「ただの爺さんじゃよ。五つ花も、50年以上かけてコツコツ魔獣と戦ってきた結果じゃからな」

「50年以上も!? 立派なのだ……」

「じゃが寄る年波には勝てなくてのぅ。魔獣と戦うどころか木を切るのも一苦労なのじゃよ。以前は若い衆がいたんじゃが、2年ほど前、こぞって村を出ていって――」

「くちゅん!」

「おっと、寒いのに年寄りの長話に付き合わせて悪かったのぅ。シチューを温めるから、そのあいだ温泉で温まってきたらどうじゃ?」

「……」

「……お嬢ちゃん、温泉は嫌いじゃったか?」


 悲しげな顔をされ、ドラミは全力で首を振る。


「そ、そんなわけないのだ! これから入ろうと思ってたところなのだ! いやー、ほんっと楽しみなのだ~!」


 寒い日は露天風呂に限るのだ~、と声を震わせるドラミ。

 お爺さんは嬉しそうに「そうじゃろう、そうじゃろう」とうなずいている。


「脱衣所は通路をまっすぐ行って右に曲がった先じゃよ」


 お爺さんに見送られ、僕たちは脱衣所へ。

 脱ぐのをためらうかと思いきや、ドラミは急いで脱衣する。


「すごい勢いだね」

「どうせ寒い思いをするならさっさと温泉で温まったほうがお得なのだ! よしっ、脱げたのだ! ではお先に失礼するのだ!」


 ダッシュで外に出て、露天風呂にダイブする。


「ぎゃあああああ! 熱いのだあああああ!」

「ちょっとずつ慣らしていったほうがいいよ」

「どうすればいいのだあああああ!?」

「まず中腰になって、ゆっくり、ゆっくり浸かるんだ」

「ぎゃあああああ! 中腰寒いのだあああああ! 浸かると熱いのだああああ!」


 ドラミは大盛り上がりだ。中腰になったり肩まで浸かったりを繰り返している。

 けっきょく熱さと寒さを天秤にかけて、熱さのほうを選んだみたい。

 ギュッと唇を引き締めて肩まで浸かり……しばらくすると、気持ちよさそうに頬を緩めた。


「生き返るのだ……もうずっとここにいたいのだ……」

「さすがにのぼせちゃうよ……しばらく温泉でくつろいで、シチューを食べたら出発しよっか。そしたら明日か明後日には王都にたどりつけるよ」


 オニキスさんがアイス王国に来た理由はわからない。

 だけど、オニキスさんは冒険者だ。

 だったら、ギルドを訪れている可能性が高い。

 どのギルドを訪れたのかはわからないので、まず一番大きい王都のギルドを目指すことにしたのだった。


「もう旅立つのだ……?」

「その予定だったけど……もうちょっとのんびりしたい?」

「のんびりしたいわけじゃないのだ。ただ、お爺ちゃんを助けてあげたいのだ」

「わかった。だったら木を切ってあげよっか?」

「それがいいのだ! そうと決まれば――覚悟を決めて、上がるのだ!」


 ざばっと湯舟から出ると、全力ダッシュで脱衣所へ向かい、大急ぎで服を着る。

 そして食堂へ向かうと、お爺さんが暖炉に薪をくべているところだった。


「温泉はいかがでしたかな?」

「ものすごく気持ちよかったです」

「最初は熱いかな? って思ったけど、ちょうどいい湯加減だったのだ!」

「さすがは冒険者じゃのぅ」

「そう、ドラミたちは冒険者なのだ! だから木を切ってお爺ちゃんを手伝うことにしたのだ!」

「気持ちは嬉しいのじゃが……森には魔獣が出るからのぅ。せめて三つ花はないと、命の危険が……」

「心配いらないのだ! だってジェイドは十つ花クラスなのだ!」

「十つ花……!? それにジェイドというと……もしやスンディル王国のジェイド様ですか?」

「僕を知ってるんですか?」

「若い衆が噂してましたので。なんでも若くして英雄になった冒険者がいるとかで、みんなしてジェイド様に憧れ、冒険者になるため村を出ていってしまったのです」


 若い働き手がいなくなったの、僕のせいだったのか!


「すみません……。僕のせいで……」

「ジェイド様を責めるつもりは微塵もございません。むしろ感謝したいくらいです」

「感謝……ですか?」

「ええ。見ての通り、ここは娯楽のない集落ですので、若者たちはつまらなそうに日々を生きていました。ところがジェイド様の噂を聞くと活き活きしだしたのです」


 ――「俺たちと同い年で英雄になったすごい男がいる」

 ――「俺たちも頑張れば英雄になれるかも」


「若い衆はジェイド様に憧れ、英雄を夢見て旅立ちました。ワシも若ければ旅立っていたでしょう。若き日に村を出たいと思ったことは一度や二度じゃ済みませんから」

「どうして村を出なかったのだ?」

「小さな集落で生まれ育ったからのぅ。広い外の世界で生きていく自信がなかったのじゃよ。……ですので、若い衆に旅立つ勇気を与えてくださったジェイド様には感謝しているのです」


 さておき、とお爺さんが話を戻す。


「ジェイド様がいらっしゃるのでしたら魔獣など相手ではないでしょうが……まずはシチューで腹ごしらえをしてはいかがでしょう?」


 ぐぅ、とお腹の音で返事をするドラミだった。