受付嬢に告白したくてギルドに通いつめたら英雄になってた

《 第43話 いざ帰省 》

 帰省当日の朝。

 僕たちは列車乗り場へやってきた。

 いよいよガーネットさんの実家へ向かうんだと思うと、喜びと緊張で落ち着かなくなってしまう。

 だけど――


「うおおお! 待ってろマリン、いま行くのだあああああ!」


 一番落ち着きがないのはドラミだ。

 よほど旅行が楽しみなのか昨日はリュックを背負って過ごしたし、興奮しちゃってなかなか寝ついてくれなかった。

 なのに普段より早く目覚め、すぐさま身支度を整えて、そわそわと窓の外を眺めていた。

 まあ、僕もドラミと似たようなものだけどね。唯一違うのは、リュックを背負って過ごさなかったことくらいだ。


「一番乗りなのだ~」


 ドラミは列車に乗りこみ、ボックス席についた。

 そのとなりに僕が座り、正面にガーネットさんが腰かける。


「お前の席はここなのだ~」


 ドラミが窓際の折り畳み式テーブルを上げ、植木鉢を置く。

 ぽかぽかとした日射しを浴び、モモチも気持ちよさそうだ。


「ほらドラミ、リュック置くから貸して」

「ありがとなのだ~」

「ガーネットさんのも僕が置きますよ」

「ありがとう。お願いするわ」


 全員分の荷物を網棚に置き、腰を下ろす。

 そんな僕とガーネットさんの顔を、ドラミがじっと見つめていた。


「ふたりとも、どうしたのだ?」

「どうって?」

「顔がいつもと違うのだ」


 待ちに待った旅行なのに硬い表情をしてるので、不思議に思っているみたい。


「それは緊張してるから……って、ふたり?」


 よく見たら、ガーネットさんの表情もちょっと硬かった。


「具合が悪いんですか?」

「違うわ。胸がどきどきしているだけよ」

「心臓の病気ですか!?」

「ええ!? 大変なのだ!」

「安静にしててください! いま薬屋へ行きますから!」

「で、でも列車が出ちゃうのだ!」

「だいじょうぶ! 僕の足なら追いつけるよ!」

「心臓の病気ではないわ。緊張しているだけよ」


 な、なんだ、よかった……。

 でも、どうして緊張? ガーネットさんにとってはただの帰省なのに……。


「ガーネットさんって、列車が苦手なんですか?」

「怖いならドラミが手を握っててあげるのだ!」


 ドラミはガーネットさん手をぎゅっと握る。

 あっ、ずるい! 僕も握りたいのに!


「ありがとう。だけど列車は怖くないわ。緊張しているのは、実家に帰るからよ」

「……お母さんと仲悪いのだ? だったらドラミが仲直りのお手伝いをするのだ!」


 気遣うドラミに、ガーネットさんは微笑を向ける。


「お母さんとは仲良しよ。ただ、お母さんに恋人を紹介するのが緊張するだけよ」

「だったら、今回は友達として振る舞いましょうか?」


 ガーネットさんは首を振った。


「ちゃんと恋人として紹介したいわ。あなたのことが好きだもの」

「僕もです! お母さんが安心できるよう立派な恋人として振る舞ってみせます!」


 意気込んでいると、列車が動きだした。

 いよいよ帰省の幕開けだ。

 ドラミは窓の外へ目を向けて、実家に着くのをいまかいまかと待っている。


「ところで、ドラミちゃんの上着は持ってきたかしら?」

「はい。いまは暑いそうなので、リュックに入れてますけど」


 ガーネットさんの地元は王都より気温が低いらしいので、昨日のうちに準備した。


「ジェイドにカッコイイのを買ってもらったのだ! 寒くなったら毎日着るのだ! ジェイドとガーネットの手袋も身につけるのだ~」

「ジェイドくんはもう手袋を編んだのかしら?」

「いえ。手袋の前に、マフラーで練習してるところです」

「いい考えだわ。手袋に比べると、マフラーは編みやすいもの」

「僕もそう思ってたんですけど、思うようにいかなくて……見てみます?」


 うなずかれ、リュックから編みかけのマフラーを取り出す。

 よれよれで隙間だらけだ。これじゃ寒さはしのげない。


「私がはじめて編んだマフラーより上手だわ」


 ガーネットさんは僕を気遣うような優しい声で言った。


「これ、10本目のマフラーです……」

「よけいなことを言ってしまったわ……」

「そんなことないですよ! ガーネットさんの気遣い、すごく嬉しいですから!」


 おかげでやる気に火がついたよ。

 二度とガーネットさんが気を遣わなくて済むように、早く上達しないとね!


「ところで、ガーネットさんはもう手袋編みました?」

「まだよ。編む前に、あなたの手の大きさを確かめさせてほしいの」

「いいですよ。今度職人さんにお願いして、手の石膏像を作ってもらいますね」

「そこまで本格的なものはいらないわ。あなたの手を触らせてくれないかしら?」

「もちろんです! どうぞ好きなだけ触ってください……!」


 どきどきしつつ差し出した僕の手を、ガーネットさんがにぎにぎする。

 指の隙間に細い指を通したり、手のひらを合わせたり、指を一本一本握って太さを確かめたり……

 嬉しいやら恥ずかしいやらで、僕の心臓は高鳴ってしまう。


「あなたも触ってみる?」

「い、いえ、その……僕はいまのでばっちり記憶しましたから……」


 本当のことを言うと、じっくり触りたい。

 だけど、これ以上触ったら頭がおかしくなりそうなのでやめておく。


「ドラミの手も握るのだ?」

「握りたいわ」

「僕も握ろうかな」

「どうぞどうぞなのだ~」


 小さな手をにぎにぎすると、ドラミはくすぐったそうに笑う。


「もうやめちゃうのだ? けっこう楽しかったのだ……」

「来年になったら、またサイズを測るわ。ドラミちゃんは成長期だもの。毎年新しい手袋が必要になるわ」


 いいなぁ。

 僕の手も毎年大きくなるといいのに。


「ふたりの手袋が待ち遠しいのだ!」

「あまり期待しすぎないでね。僕は下手だから」

「下手でもいいのだ! ジェイドの作ってくれた手袋ならなんでもいいのだ~」


 そうは言うけど、ちゃんとした手袋を贈りたい。

 隙間だらけだと寒い思いをさせちゃうし。


「よかったら編み物のコツを教えるわ」

「ありがとうございます! お願いします!」


 編み物セットを取り出すと、僕はガーネットさんのとなりに座る。

 肩と肩とが触れ合う距離――。意識がそっちに向いてしまうけど、いまは編み物に集中しないと!

 そうしてガーネットさんの指導を受け、せっせとマフラーを編んでいき――


 ぐぅ、ぐうううぅ。


 本日何度目かの駅に停車したところで、ドラミがお腹を鳴らした。

 チラチラと網棚を見ている。そこにはピクニックバスケットが――


「そろそろお昼にしようかしら?」

「さんせーなのだ!」

「異議なしです!」


 ドラミが植木鉢を椅子に置き、僕がバスケットをテーブルに置く。

 バスケットの中身はタマゴサンドに、ハム&チーズサンドに――


「これはなにサンドなのだ?」

「ジャムサンドよ。手作りのイチゴジャムを使ったわ」

「やったー! 甘いサンドイッチなのだ~」


 いただきますをして、イチゴジャムサンドにかじりつき、美味しそうにほっぺたを緩ませる。

 そのときだ。

 車掌が車内に駆けこんできた。

 何事かと乗客たちがざわつくなか、車掌が声を張り上げる。


「お客様のなかに五つ花クラス以上の冒険者様はいらっしゃいませんかー?」

「なにかあったんですか?」


 立ち上がると、車掌が安心したような顔をする。


「よかった……ジェイド様がいてくだされば、もう安心です! アイアンイーターが線路を塞いでいるようでして、この町の冒険者では手に負えないのです」


 アイアンイーターは五つ花クラス相当の魔獣だ。

 鉄を主食とする魔獣で、その硬さは鉄以上。

 主な生息域は鉄鉱山近辺だし、このあたりにアイアンイーターは棲息してないはずだけど……。

 見た目は大きな芋虫なので、大きな鳥にエサと間違われたんだろう。そして大空で返り討ちに遭い、線路に落ちてきたわけだ。

 ともあれ。

 一刻も早くアイアンイーターを倒さないと!


「ただ、正規の依頼ではないのでジェイド様へのお支払いは難しく……もちろん運賃と車内サービスはすべて無料とさせていただきますが……」

「お金はいいです! それより案内をお願いします! 早く魔獣を倒したいので!」

「ジェイド様のあんな迫真の顔、見たことない……」

「私たちの安全を一刻も早く確保したいと思っているのよ!」

「さすがは無欲の英雄様!」

「無欲の英雄様、バンザイ!」


 乗客たちが拍手してくれる。

 僕はただ、ガーネットさんとの旅行を続けたいだけだ。

 線路にもしものことがあったら帰省できず、とんぼ返りになってしまうから。

 と、ドラミが頼りにしてほしそうな目で見つめてくる。


「ドラミの応援が必要なのだ?」

「うん。応援してくれると力が湧いてくるからね」

「ジェイド様の力の源は、俺たちの応援なんだ!」

「声援で力が湧くなんて……民を愛している証拠だわ!」

「よーし! 俺たちも応援しようぜ!」


 乗客たちに応援されつつ、僕は車外へ。

 車掌に先導される形で線路を歩き、しばらくすると銀色の芋虫が転がっていた。

 レールに張りつき、ガリガリと鉄を食べている。


「あれです!」

「わかりました!」


 アイアンワームのもとへ駆け、べりっとレールから引っぺがし、拳で砕く。

 魔素が発生し、花紋に吸いこまれていく。


「終わりました!」

「は、早いですね……」

「慣れてますから! 幸い、レールの被害も大きくはないですけど……」

「念のため、交換したほうが良いでしょうね」

「ですよね」

「幸いにも停車駅にレールが保管されてますので、1日がかりの作業とはなりませんが……ジェイド様はお急ぎですよね?」

「いえ、僕のことは気にしないでください。安全第一ですから!」


 僕の都合で乗客を危険な目に遭わせるなんて、絶対にあっちゃいけないことだ。

 車掌と別れ、僕はひとりで列車へ戻る。

 すると拍手で出迎えられた。乗客に負けじと応援したのか、ドラミは肩で息をしていた。


「ありがとね、ドラミ」

「どういたしましてなのだ!」

「ドラミちゃんの声、すごかったわ」


 ガーネットさんが褒める。乗客に「たしかにお嬢ちゃんの声は一番すごかった!」「私知ってるよ! あの娘、ジェイド様の相棒だよ!」「あんなに小さいのに立派だなぁ」と拍手され、ドラミはご満悦だ。

 ちょっぴり照れくさそうにサンドイッチを食べ、「やはり応援のあとの食事は格別なのだ……」と凜々しい顔つきでもぐもぐする。

 さて、僕もいよいよお待ちかねの昼食タイムだ。


「いただきまーす!」


 車掌が来て、レール修理の話をするなか、僕はサンドイッチを味わうのだった。


     ◆


 その夜。

 僕たちは小さな町に途中下車した。

 レールの交換に時間がかかり、今日中に帰省するのが難しくなったのだ。


「眠いのだ……」


 てくてくと歩きつつ、ドラミはうとうとしている。

 昼寝せずにずっとしゃべってたもんね。

 早く宿屋に連れてってあげよう。


「宿屋はどこかしら?」

「こっちです」

「来たことがあるのかしら?」

「クエストを受けたときに何度か。この通りをまっすぐ行くと宿屋です」

「ジェイドは頼りになるのだ」

「安心して旅ができるわ」

「褒めすぎですって……!」


 照れくささを感じつつ、ふたりを宿屋へ連れていく。

 やってきたのは古びた宿屋だ。


「ここがこの町唯一の宿屋だよ」

「小さいのだ……」

「田舎の小さな町だからね。宿屋があるだけで充分だよ。旅人は滅多に来ないから、普段はパン屋で生計を立ててるらしいよ」

「も、もしかしてパンを食べることもできるのだ……?」

「うん。朝食に焼きたてのパンを振る舞ってくれたよ」

「最高の宿屋なのだ……!」


 さっき駅弁を食べたばかりなのに、もう食欲が出てきたみたい。

 ドラミたちと宿屋に入り、カウンターへ直行する。

 呼び鈴を鳴らすと、奥の扉からお爺さんが出てきた。


「いらっしゃい。おや、ジェイド様ではありませんか。おひさしぶりです」

「おひさしぶりです。二部屋借りたいんですけど、空いてますか?」

「申し訳ございません。すでに先客がいらっしゃいまして、一部屋しか空きがないのです……」

「わかりました。では一部屋で」

「かしこまりました。ではこちらを。二階の階段を上がってすぐのお部屋ですので」


 お爺さんからカギを受け取り、ガーネットさんに渡す。


「明日の朝、迎えに行きますね」

「あなたはどうするの?」

「野宿ですよ」

「外で寝ると体調を崩してしまうわ」

「お気遣いありがとうございます! では隣町まで走ります!」

「ハードワークすぎるわ……」

「こんなの運動のうちに入りませんよ! 隣町の宿屋で寝て、明日の朝に迎えに行きますね!」

「そんなことしなくても、部屋に泊まればいいわ」


 えっ? 僕が部屋に!?

 それってガーネットさんと同室ってことだよね……?

 嬉しいけど! 嬉しいけどさ! 緊張で眠れないよ!

 で、でもせっかくの好意を無下にするのは悪いよね。


「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます……」


 どきどきしつつ部屋へ向かう。

 小さな部屋には、小さなベッドがひとつだけ。


「お風呂がないわね」

「近くに銭湯がありますけど、この時間だと閉まってますね。お店を買い取るという選択肢もありますけど……」


 こういうときに備えて、リュックに3000万ゴル入ってる。

 売ってくれるかはわからないけど、1日店長くらいなら就任できるはずだ。


「その選択肢は選べないわ。お風呂は明日入るわ」


 ガーネットさんの提案で、入浴は明日の朝することに。


「だったらあとは寝るだけなのだ……」


 ドラミは窓際に植木鉢を置き、ベッドに倒れこむ。

 ガーネットさんがベッドに腰かけ、僕は床に寝転がる。

 そんな僕を、ガーネットさんが戸惑うように見つめてくる。


「……なにをしているのかしら?」

「明日に備えて寝ようかと……」

「ベッドで寝たほうがいいわ」

「この町、家具屋がないんですよ……」

「ベッドを搬入しようと言っているわけではないわ」


 てことは、まさか――


「そ、そのベッドで寝るってことですか!?」

「詰めればみんなで寝られるわ」

「で、でも……いいんですか?」


 ガーネットさんはうなずき、少し恥ずかしそうに言う。


「ただ、ドラミちゃんを真ん中にしてほしいわ。今日はお風呂に入ってないもの」


 も、もしかして、自分の匂いを気にしてるの!?


「気にする必要とかないですよっ! ガーネットさん、めちゃくちゃ良い匂いするんですから!」

「だったら……ジェイドくんがとなりでもいいわ」


 そういうことになった。

 いや、僕そんなつもりで言ったわけじゃないんですけど!?

 これじゃまるでガーネットさんのとなりで寝たくて仕方がないみたいじゃないか!

 事実その通りではあるけども。

 僕にはハードルが高すぎるよ!

 かといって、僕のほうから『ドラミを挟んで寝ましょう』とは言えないし……


「で、では……失礼します……」


 ライトマッシュの明かりを消し、ガーネットさんのとなりに横たわる。

 肩と肩が触れ、手と手が触れ、体温がじかに伝わり、心地良い匂いが漂い……


 ――眠れるわけないよ!


 どきどきしすぎて、一睡もできなかった。