《 第4話 ドラゴン娘 》

 その日、僕はいつものようにクエストを攻略した。

 魔獣に怯えていた村のひとたちに脅威は去ったと伝えると、わっと歓声が上がる。

 こうやって喜んでもらえるうえにガーネットさんと話せるんだから、冒険者って仕事はつくづく最高だと思う。


「ささ、お疲れでしょう! どうぞ村でおくつろぎください!」

「なにもない村ですが、できる限りの歓待をいたしますので!」

「お気持ちだけでけっこうです。次の依頼が僕を待ってますから。またなにか脅威に遭遇しましたら遠慮なくギルドへご連絡ください」


 僕が立ち去ろうとすると、おじさんが思い出したように言う。


「脅威と言えば、うちの娘が野菜泥棒を見たって言ってたな」

「数月前から出るあれか。けっきょく獣のしわざって結論が出ただろ」

「そうそう。脅威ってほどじゃねえよ。そんなものにジェイドさんのお手を煩わせるな」

「いやいや、娘が妙なことを言うもんでね。野菜泥棒は茂みの向こうに消えて、そこからドラゴンが飛び出したって」


 村人たちが笑う。

 彼らが笑いたくなる気持ちはわかる。


「ドラゴンなんて出てきたら、この村はとっくに滅びちまってるよ」


 実際、その通りだ。ドラゴンとは七つ花クラスのときに戦ったけど、あれは一番手こずった。

 全身を強化してたのに左腕を折られたし、牙が身体に突き刺さったし、危うく食いちぎられるところだった。

 二度目の戦闘では僕も九つ花クラスに成長していたので、倒すのはそんなに難しくなかったけど。

 でも、できれば二度と会いたくない相手だ。

 もちろんガーネットさんとおしゃべりできるなら喜んで戦うけども!


「わたし見たもん! ドラゴン見たもん!」

「どうせ寝ぼけてたんだろ。鳥かなにかをドラゴンと見間違えたんだ」

「違うもん! 大きかったもん! あれドラゴンだもん!」


 誰にも信じてもらえず、女の子は涙目だ。


「ねえきみ、ドラゴンはどっちに飛んでいったの?」

「あっち……」


 ぐしぐしと涙を拭い、小高い山を指す。


「あれって、たしか鉄鉱山でしたよね?」

「よくご存じで。まあとっくの昔に掘り尽くして、いまは廃山ですけどね」

「昔はこの村も鉱夫で賑わってたんだがなぁ」


 鉄鉱石を掘り尽くし、鉱夫もいなくなり、いまは廃山と化している。

 だったらドラゴンの根城になっていても誰も気づかない。

 本当にドラゴンがいるのなら、いつの日か甚大な被害が出るだろう。


「わかった。ドラゴンがいないか調べてみるよ」

「ほんと?」

「うん。だからきみはこれまで通り、安心して暮らしなよ」

「うんっ! ありがとジェイドおにいちゃん!」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」

「気にしないでください。これも冒険者の務めですから!」


 さて、そうと決まれば急がないと。

 じゃないとギルドが閉まり、今日ガーネットさんに会えなくなる。

 村のひとたちに見送られ、僕は廃山へと急ぐのだった。


     ◆


 鉱山跡地には鉱夫が残した小屋がいくつかあった。

 数十年も雨風に晒され、長いこと手入れをされていないからか、朽ち果ててしまっている。

 鉱山は横穴だらけだ。坑道は奥まで続き、身を隠すにはもってこいだが、ドラゴンの巨体は隠せない。

 茂みからなにかが飛び立ったのは事実でも、ドラゴンは女の子の恐怖心が生み出した幻なのかも。

 問題は茂みから飛び立った『なにか』の正体だけど……。

 家畜じゃなく野菜を狙ったところからして、おそらく草食系の生き物だ。

 ただ野菜を狙うだけなら村人だけでも対処できるし、放っておいても害はないよね。

 安全を確認した僕は身をひるがえし、帰路につこうとした。

 そのときだ。



『旅人よ、そこで止まるのだ』



 どこからともなく声がした。

 厳かな口調。だけどとても幼い声。

 僕は声のしたほうを振り返る。

 ぱっと見、声の主は見当たらない。


『旅人よ、お前からは美味しそうな匂いがするのだ。さては食べ物を持っているな?』

「塩気の強い干し肉と、甘味の強い豆を持ってるけど」

『……ごくり』


 唾を飲みこむ音が聞こえた。

 幻聴じゃないとすると、かなり近くにいるはずだ。

 一番近くにある身を隠せそうな場所というと――


『置いていけ。食料を。でないと怖ろしい目に――』


 ばきっ!

 納屋のドアを開けると、板が外れてしまった。

 日射しが差しこみ、納屋にひそんでいた声の主を照らし出す。


 それは幼女だった。


 背はとても低い。僕のへそまでの高さしかない。

 髪は真っ白。これくらいの年齢ではあまり見ない髪色だ。

 顔つきはかなり幼い。見た感じ、10歳くらいかな?

 ぼろぼろの服はぶかぶかで、真っ白な髪はぼさぼさで、手足は泥だらけ。もう長いこと納屋に住みついているのだろう。

 彼女は僕を見上げてびくびくしている。


「あ、ぅあ……そ、その……声の主、あっちに行ったのだ!」


 泣きそうな顔で壁を指さす。

 僕は確信を持って告げた。


「さっきの、きみの声だよね」

「くっ」


 早くも誤魔化せないと諦めたのか、彼女は不敵な笑みを浮かべる。


「くくく、バレてしまっては仕方ないのだ! 旅人よ、食料を置いて立ち去るのだ! でないとお前ごと丸呑みにしてやるのだ!」

「のどを詰まらせちゃうんじゃない?」

「うっ。思ってた反応と違うのだ……まさか私が嘘をついていると思っているのでは?」

「まあ、そうだね」

「私は嘘などついてないのだ! これは仮初めの姿! 私が真の姿になれば、お前など一口なのだ!」

「仮初めの姿……」


 聞いたことがある。世界には人化魔法を扱う魔獣がいると。

 そのほとんどが中途半端な変化だ。一番有名なのは、狼と人間の特徴を併せ持つワーウルフだろう。

 だけど、なかには完璧に人化できる魔獣もいる。

 ドラゴンがそうだ。

 だけど魔獣のなかでも最強格のドラゴンが人間に化けるメリットはない。

 滅多に人化しないせいで世代交代するたびに人化魔法を使える個体は減っていき、近年出没するドラゴンは人化する術を身につけていない……はずなんだけど。

 ただの幼女がドラゴンを騙ってるだけかもしれないけど、なにせ迫真の顔だ。

 とりあえず彼女が真実を語っていると仮定して話を進めることにした。


「きみはどうしてドラゴンとして生きないの?」

「あんなクソデカい身体だとお腹いっぱいになれないのだ。この身体なら野菜ひとつで数日は飢えを凌げるのだ」


 ドラゴンらしからぬ切実な悩み……。


「本当はお肉が食べたいけど、そこは我慢なのだ……。だって返り討ちにされちゃうのだ……」

「ドラゴンの姿で狩りをすればいいんじゃない?」

「村に忍びこんだとき、話を盗み聞きしたのだ。魔獣は冒険者とかいうヤバい連中に命を狙われているらしいのだ……」

「それで移動のとき限定でドラゴンの姿になってるんだね?」

「なっ、なぜ知ってるのだ!?」

「村のひとに聞いたんだ。ドラゴンを見たって」

「み、見られてしまったのだ……。マズい! いつ冒険者が来るかわからないのだ!」

「僕がその冒険者だよ」

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」

「落ち着いて! 幼女のきみを殴ったりしないから!」

「よ、よかった……」

「でもドラゴンになってくれたら、なんとかいけるかも」

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」


 うーん、困ったな。

 こんな魔獣ははじめてだ。人間モードの姿を見ちゃったし、これじゃ倒すに倒せないよ。

 けどなぁ。冒険者としてドラゴンを見てみぬふりはできないしなぁ。

 あ、でもたしか……


「きみってホワイトドラゴンだったりする?」

「なんなのだそれは?」

「ドラゴンの種類だよ。レッドドラゴンとかブラックドラゴンは討伐対象だけど、ホワイトドラゴンは国によっては例外なんだ」

「ホワイトなのだ! 私はホワイトなのだ!」

「それをこの目で確認したいんだよ。いきなり殴りかかったりしないから、人化魔法を解いてみてよ」

「……誓う?」


 僕が誓ってみせると、彼女は納屋を出た。

 ぼろぼろの服を脱いですっぽんぽんになると、ぎゅっと目を瞑る。

 そのときだ。彼女の身体が眩い光を放った。

 そして彼女は、真の姿を解放する。


 それは全身白いウロコに覆われた、納屋くらいの大きさのドラゴンだった。


 思ったよりは小さいが、たしかにこのサイズなら僕を丸呑みにできちゃいそう。

 だけど、彼女はそうしなかった。僕に敵意を向けることなく、再び光に包まれて――


「ど、どうだったのだ?」


 女の子の姿に戻ると、びくびくとたずねてきた。


「ホワイトドラゴンだったよ」

「っしゃあ! ぜったいホワイトドラゴンだと思ってたのだ!」


 ぐっと拳を握って喜びを噛みしめ、彼女はいそいそと服を着る。


「で、ホワイトドラゴンだとどうなるのだ?」

「まずはこれを見てほしいんだ」


 僕が大剣を見せると、彼女は「ひぎいいいい!?」と甲高い悲鳴を上げる。


「違うから! 斬らないから落ち着いて!」

「だ、だったらどうして剣を抜くのだ!?」

「きみに見てほしいからだよ。ほらここ、柄のところ、ドラゴンが象られてるよね。これ、ホワイトドラゴンなんだ」

「なぜ私が柄に……?」

「正しくはきみじゃないけどね。もう何百年も前のことだけど、僕の国は他国と戦争をしていてね。ホワイトドラゴンに助けられたらしいんだ」

「ふむふむ」

「国王様はホワイトドラゴンに感謝して、例外的にホワイトドラゴンだけは国が保護するって決まりを作ったんだよ。だから僕はきみに手出しできないんだ」

「ご先祖に感謝なのだ……」


 彼女は膝から崩れ落ち、安心したようにため息をつく。


「もちろん悪さをするホワイトドラゴンは例外だけどね」

「私は善良なホワイトドラゴンなのだ! 野菜を食べるときも生産者に感謝して食べてるのだ!」

「盗んだ野菜だよね」

「私は善良なホワイトドラゴンなので謝罪と反省ができるのだ! もうしません!」

「これから先、どうやって食いつなぐの?」


 僕は探りを入れてみる。


「頑張って食べられそうなものを探すのだ! 私は木登りが得意なので木の実を主食にするのだ!」


 ドラゴンの姿になる気はないみたい。

 だったら、安心して連れて行けるな。


「僕がきみを王都に連れていくよ。国王様の許可が出れば、きみは安全な環境で食うに困らない生活を送れるよ」

「食うに困らず!? 安全な環境で!? さ、最高すぎる……!」


 彼女は感激してしまっている。

 国王様の気持ちひとつで討伐命令が下るけど……自分で言うだけあって、彼女は善良なホワイトドラゴンだ。僕がしっかり口利きすれば悪いようにはされないよね。


「気持ちの整理がついたなら王都に行くよ」

「うむ。私はお前を信じるのだ!」


 そうと決まれば急がないと。

 じゃないとギルドが閉まっちゃう。

 僕は彼女をおんぶすると、急いで王都へ帰るのだった。