受付嬢に告白したくてギルドに通いつめたら英雄になってた

《 第37話 ペンダント 》

 そして翌日。


「お手を拝借! ……違うな。お手をどうぞ! ……これも違う」


 姿見の前に立ち、僕は手を繋ぐ練習をしていた。

 今日はガーネットさんとお出かけだ。デートと言っても過言じゃないので、恋人として格好良くエスコートしたい。

 そしてかっこいいエスコートに欠かせないのは――そう、手繋ぎだ。

 手を繋いで楽しいところへ連れていけば、デートは大成功と言っていい。

 だけど手を繋ぐのは緊張する。

 そして緊張すればするほど手汗をかき、手を繋ぎづらくなってしまう。

 そんなわけで堂々と手を繋げるよう練習しているのだった。


「今日は寒いので手を温めましょうか! ……今日は暖かいか。迷子にならないよう手を繋いでいいですか! ……子ども扱いはだめだよね」

「……なにしてるのだ?」


 水やりを終えたドラミが寝室に戻ってきた。

 植木鉢を窓際に置き、不思議がっている。


「手を繋ぐ練習だよ」

「そんなの簡単なのだ。ぎゅってすればいいだけなのだ」

「そうは言うけど、相手はガーネットさんだから。心の準備がいるんだよ」

「どうしてガーネットだと準備がいるのだ?」

「好きだからさ」

「ドラミもジェイドが好きだけど、緊張とかしないのだ」

「その好きと僕の好きは違うというか……いずれドラミにもわかる日が来るよ」

「よくわからないのだ……でも、練習だったら付き合うのだ!」


 小さな手で、僕の手をぎゅっと握ってくる。

 僕の手をにぎにぎしながら、


「ジェイドは手を繋ぐのが上手なのだ!」

「ありがとね。勇気が出るよ」

「ジェイドの役に立てたのだ?」

「もちろん。お礼に楽譜を買ってあげるからね」

「やったのだ! これでぎらぎら星をマスターできるのだ……!」


 跳びはねて喜び、モモチに「お前にも聴かせてやるのだ!」と話しかける。

 さて。


「着替えたらガーネットさんを迎えに行こっか」


 ドラミは大急ぎでパジャマを脱いだ。

 脱ぎ散らかさずにパジャマをたたみ、懐かしのワンピースに身を包む。


「その服、窮屈じゃない?」

「ちょっと小さいだけなのだ」

「こないだはうやむやになったけど、同じの仕立ててもらおっか?」

「いいのだっ?」

「うん。旅立つ前に採寸してもらおう。そしたら帰る頃にはできてるよ」

「やったー! 帰るのが楽しみなのだ~!」


 もちろん旅も楽しみなのだ~、と声を弾ませ、僕たちは外へ出る。

 そのままお隣へ向かい、ドアをノックすると、ガーネットさんが出てきた。

 こないだの初デートは制服姿だったけど、今回は私服姿。前回よりデートっぽさが増している。

 緊張するなぁ……。


「晴れてよかったわ」

「絶好のお出かけ日和なのだ!」


 ドラミのはしゃぎ声を聞くと、ちょっと気が楽になる。

 ふたりきりのデートだと変なテンションになりそうだけど、ドラミが一緒なら普段通りに振る舞えそうだ。


「……」


 ガーネットさんが僕の首元をじっと見ていた。

 な、なんだろ?


「僕の首になにかついてますか?」

「なにもついてないわ」

「そうですか。……ところで、それは?」


 ガーネットさんはバスケットを手にしていた。

 ピクニック用のバスケットだ。

 期待感を滲ませる僕に、ガーネットさんが言う。


「昼食を作ってきたわ」


 やった! ガーネットさんの手作りランチだ!


「わざわざありがとうございます!」

「昨日桃をご馳走になったから、そのお礼よ。……お店がよかったかしら?」

「ガーネットさんの手料理がいいです!」


 昼になるのが待ち遠しいよ。

 ガーネットさんとデートして、さらに手作り料理までいただけるなんて。ほんと、最高の休日だな。


「行きたいところとかあります?」

「あなたたちに任せるわ」

「楽器店に行きたいのだ!」

「裁縫道具が欲しいです!」

「あと洗濯屋に行きたいのだ!」

「やりたいことが盛り沢山ね」

「僕たち今日を楽しみにしてましたからっ!」


 そうして行くべき場所が決まり、まずは大通りを目指す。

 途中、洗濯屋に寄ってふりふりの衣装を預け、そのまま大通りへ。


「たしかこのあたりに楽器店が……」

「あそこだわ」

「うおおお! 楽譜を手に入れてやるのだああああああ!」


 ドラミが楽器店に一番乗りする。

 そのあとを追いかけて入店すると、ドラミは尻もちをついていた。


「あ、あああそこに金ぴかの人食い植物があるのだ……!」

「チューバだね」

「人食い楽器なのだ……?」

「人食いじゃないよ。吹くと音が鳴るんだよ」

「で、でも、近づいたら穴に吸いこまれそうなのだ……」


 冒険中に見た人食い植物に似てたため、勘違いしちゃったらしい。

 誤解は解けたけど、まだ怖そうにしている。

 楽しみにしてた楽器店で怯えさせるのはかわいそうだ。なんとか楽しませないと。


「あっ、ほらあそこ、木琴があるよ」

「もっきん?」

「こうやって叩くのよ」


 ガーネットさんが音板を叩くと、ポーンと心地良い音が響いた。


「うおおお! 音が鳴ったのだ!」

「ドラミちゃんも鳴らしてみるといいわ」


 ドラミは木琴を鳴らす。

 ぽこぽこ叩いていると、テンションが上がった様子。

 よかった。これで楽器店を楽しんでくれそうだ。

 僕たちが盛り上がってると、店主が歩み寄ってきた。


「これはこれはジェイド様。どういった御用向きで?」

「縦笛の楽譜を買いに来ました」

「ぎらぎら星を演奏したいのだ!」

「なるほど。でしたらこちらにございます」


 案内された棚には、楽譜がずらりと並んでいた。

 ドラミはさっそく楽譜をめくり、目を点にする。


「へんてこなマークがいっぱいなのだ……」

「音符だね」

「こっちの楽譜はどうかしら?」


 ガーネットさんに薦められた楽譜は、指使いのイラスト付きだった。

 これなら音符がわからなくても演奏できる。


「ぎらぎら星は載ってるのだ?」

「ぎらぎら星以外にもいろんな曲が載ってるわ」

「これ全部演奏できるようになるといいね」

「いっぱい練習するのだ! ジェイド! これ買ってほしいのだ!」


 ドラミにおねだりされ、楽譜を購入。

 楽器店で楽しい時間を過ごせたからか、チューバの前を堂々と通り、店を出る。

 そのままの流れで裁縫店を訪れ、ガーネットさんとお揃いの編み物セットを購入。

 あとは毛糸だけど……


「ガーネットさんって何色が好きですか?」

「青と白が好きだわ」


 青と白かー。

 だったら手袋は白にして、青はワンポイントとして使おうかな。

 青い花とか、青いハートとか。

 僕が青と白の毛糸を手にすると、ガーネットさんも同じのを取った。


「あなたと同じ色の手袋を作るわ」

「お揃いですねっ!」


 ガーネットさんが編んでくれた手袋が待ち遠しいや!

 いっぱい練習して、ガーネットさんの美しさに見合う手袋を作らないと!


「……」


 ドラミが僕をチラ見していた。

 そんな顔しなくてもわかってるって。


「ドラミの手袋も編んであげるよ」

「ほ、ほんとなのだっ?」

「もちろんだよ。手袋しないと寒いもんね」

「でも……ガーネットとドラミの手袋作るの、大変じゃないのだ?」

「だったら右手は私が編むわ。それでいいかしら?」

「嬉しいのだ! ふたりの手袋なのだ~!」


 ドラミは大喜びだ。

 がっかりさせないように上手に編まないと。

 編み物道具を買い、僕たちは店を出た。


「僕たちの寄りたい店には行きましたけど、次はどうします?」

「ガーネットの行きたいところについていくのだ! ドラミ的には広場とかオススメなのだ……!」


 チラチラとピクニックバスケットを見るドラミ。

 なにが言いたいか丸わかりだ。


「広場でお昼にしようかしら?」

「やったのだー!」


 ドラミは嬉しそうにバンザイすると、僕たちの手を握り、ぐいぐい引っ張る。

 そ、そうだ。ガーネットさんと手を繋ぐんだった!

 デートが楽しすぎて忘れちゃってたよ……。

 手を繋ぐタイミングを見逃さないようにしないと!


「到着なのだ~!」


 広場にたどりつき、汚れてないことを確かめてからベンチに腰かける。

 ガーネットさんの手料理は、サンドイッチだった。

 タマゴサンドにハム&チーズサンドにしゃきしゃきレタス&トマトサンドだ。


「いっぱい作ったから、遠慮せず食べてほしいわ」

「いただきますなのだ~!」

「いただきます!」


 しっとりとしたパンにしゃきしゃきとした食感がたまらない。

 僕たちのために作ってくれたんだと思うと、感動で視界がぼやけてしまう。

 涙を拭いながらサンドイッチを食べていると、ガーネットさんが通りを見ていた。

 あれって……劇場だよね。

 ガーネットさん、劇に興味があるのかな?


「食事をしたら、劇場に行ってみます?」

「ジェイドくん、劇に興味あるの?」

「一度観てみたいと思ってました。ガーネットさんは?」

「観てみたかったわ。ひとりだと入りづらいもの」


 よしっ。思った通りだ。

 お互いにはじめての観劇。いい思い出になりそうだ。

 僕たちはごちそうさまをすると、さっそく劇場へ。昼の部のチケットを3人分購入して席につく。

 劇場入口で仕入れた情報によると、今日は恋愛劇をやるみたい。デートにぴったりだし、いいムードになれば手を繋ぎやすくなる。

 わくわくしつつ待っていると、幕が上がった。

 物騒な音楽が鳴り響き、鎧姿のおじさんが剣を振りまわす。どうやら戦場のシーンらしい。

 場面が変わり、儚げな女性が祈りを捧げるシーンになった。戦場で戦うおじさんを心配してるみたい。

 どうやら騎士とお姫様――身分差の恋を描いた恋愛劇のようだ。


「……」


 お互いに両想いなのはわかりきってる。

 だけど身分差のせいで素直になれない騎士に、僕は感情移入する。

 わかる、わかるよ。好きって伝えるの勇気がいるよね。

 だけど頑張って! 身分差なんで気にしないで! そう心のなかで応援したけど、ふたりの仲は進展しない。 

 ううっ、もどかしいなぁ。お姫様も好き好きアピールしてるのに。

 身分が違うと恋愛ってこうも上手くいかないものなのか……。

 ガーネットさんと身分差がなくて本当によかった……。まあ僕にとってガーネットさんはお姫様だけどさ。

 と、お姫様に縁談の話が舞いこんだ。相手は敵国の王子様。婚姻を機に休戦状態に入るみたいだけど……それは罠だ。

 休戦したと油断させ、その隙を突いて一気に攻め滅ぼす目論見らしい。

 そうとは知らずに気持ちを隠して結婚を祝福する騎士と、悲しみつつも国のために受け入れるお姫様。

 話が進み、結婚式当日。列席者が人質になり、敵国が攻めてくる。

 騎士は怒りに身を任せて剣を振るい、敵を次々と薙ぎ倒す。傷だらけになりつつも逆に敵国に攻めこみ、式場へ。

 うろたえる王子様を倒したが、騎士も力尽きてしまう。

 お姫様の腕に抱かれ、お互いにずっと秘めていた思いを伝え、幸せそうに息絶えてしまった……。

 劇が終わり、すすり泣く声と拍手が響く。

 悲劇だ……。だけど本来結ばれないはずの騎士とお姫様にしてみれば、幸せな最期だったのかも。


「悲しい劇だったわ……」

「ですね。でも、観てよかったです」


 騎士に勇気をもらったよ。

 身分差に悩まされた騎士と違って、僕は恵まれてるんだ。

 ラストシーンで勇気を出した騎士を見習って、僕も手を繋がないと!


「……ぐぅ」


 意気込む僕のとなりで、ドラミが寝ていた。

 軽く揺さぶってみたけど、目を覚まさない。

 昨日熟睡してたけど……長旅の疲れが残ってるのかな?

 手を繋げなくなっちゃうけど、無理やり起こすのはかわいそうなので、おんぶすることに。


「次はどこ行きます?」

「落ち着けるところに行きたいわ」


 落ち着けるところかー。

 けっこう長い劇だったし、そろそろ夕方だよね?

 だったら、あそこかな。


「もう1回、さっきのベンチに座ります?」


 これくらいの時間だと噴水が夕日を浴びて綺麗だ。

 遊んでた子どもたちも家に帰ってる頃だろうし、落ち着いた時間を過ごせるはず。


「ベンチに行きたいわ」


 ドラミを背負ったまま、僕たちは劇場を出る。

 そしてドラミをベンチに座らせると、僕の肩にもたれかかってきた。

 この様子だと、家に帰るまで起きそうにないな。

 ガーネットさんと手を繋ぐのは次のデートになりそうだ。


「……」


 と、ガーネットさんがまた僕の首を見ていた。


「……僕の首になにかついてます?」

「ついてないわ」


 出かけるときと同じやり取りだ。

 僕に気を遣ってるだけで、ほんとはなにかついてるのかも。

 でも出かける前に姿見でしっかり確認したし……。

 不思議に思っていると、ガーネットさんが言う。


「ところで、次の旅はいつかしら?」

「数日休んでから旅立とうかと。どうしてですか?」

「再来週に数日休みが取れたから、ふたりを実家に案内しようと思ったの」

「い、いよいよ実家ですか……」

「……緊張しているの?」

「めちゃくちゃ緊張してます。ガーネットさんのお母さんに、恋人として受け入れてもらえるか不安で……」


 僕の不安を和らげるように、ガーネットさんがほほ笑む。


「心配いらないわ。仲良くしてる姿を見せれば、祝福してもらえるわ」


 仲良くしてる姿……。

 それって、たとえば――手を繋いで帰省する、とかだよね?

 だったら練習が必要だ。

 いまのままだと手を繋ぐのに不慣れすぎて、仲良しに見えないかもだし。

 だから――


「よ、よかったら、これから手を繋ぎませんかッ?」


 勇気を振り絞ると、ガーネットさんはにこりとほほ笑んでくれた。


「私も繋ぎたいと思っていたわ」

「ほんとですかっ? よかったです……。実は、ずっと繋ぐタイミングを見計らってまして……」

「ジェイドくんとなら、いつでも手を繋ぐわ。……でも、いまは難しいわ」

「えっ。どうしてですか……?」

「どきどきして、手に汗をかいてるもの。私もあなたに言いたいことがあって……」

「言いたいこと……ですか?」


 ガーネットさんは小さくうなずき、ポーチからペンダントを出した。


「あれ? それって……」


 ガーネットさんの首についてるのと同じペンダントだ。

 僕の視線に気づき、ガーネットさんが首元のペンダントに触れる。


「これはお母さんのよ。お父さんとお母さんは結婚するまで、このペンダントをつけていたの」


 婚約指輪みたいなものか。

 素敵な話だけど、どうして僕に見せるんだろ?


「これをあなたにあげるわ」

「えっ。オニキスさんのを!? で、でも、大切なものなんじゃ……」


 ガーネットさんは首を振り、


「王都に発つ日、お母さんに言われたの。『王都で大好きなひとに出会ったらこれを渡しなさい』って。そしたらお父さんとお母さんみたいに一生仲良しでいられるって言われたわ」

「い、一生……」

「私もお父さんとお母さんみたいに、あなたと仲良くしたいわ」


 だめかしら? と見つめられ、僕は全力で首を振る。


「仲良くします! ずっと! したいです! ガーネットさんと!」


 どうしよう。嬉しすぎて感情がぐちゃぐちゃだ!

 僕はいまニヤついてるのか!? 泣いてるのか!? 満面の笑みなのか!?

 わからない。わからないけど幸せだ!

 ペンダントを手渡され、ガーネットさんに見守られるなか身につけ……ようとしたけど、上手くいかない。

 どきどきしちゃって手が震えるんだ。


「つけてあげるわ」

「お、お願いします」


 ガーネットさんにペンダントを渡すと――ハグしてきた!

 い、いや違う。正面からペンダントをつけてるだけだ!

 顔が近い……! 甘い吐息が頬を撫でてる!

 ガーネットさんの顔がじわじわと赤らんでいくけど、きっと僕の赤さには敵わないだろう。


「どきどきしたわ」

「ぼ、僕もです……」

「ペンダント、似合ってるわ」

「あ、ありがとうございます……」


 なんだか照れくさくなって、ガーネットさんと目を合わせることができない。

 と、そのとき。

 ふわあ、とあくびの音がして、


「どうして外にいるのだ……?」


 ドラミが目を覚ました。


「劇の途中で寝ちゃったんだよ」

「悲しいけど、いい劇だったわ」

「そうそう。再来週にガーネットさんの実家に行くことになったから」

「うおおお! やったのだ! マリンと遊べるのだ~!」


 寝起き早々ハイテンションだ。

 ドラミのはしゃぎ声を聞いてると、どきどきが落ち着いてきた。

 もう夕方。日が暮れて肌寒くなってきたし、今日のお出かけはここまでだ。


「あの、よかったら手を繋ぎませんか?」

「ええ。繋ぐわ」

「練習の成果が出てるのだ……! 感心なのだ!」


 ドラミがパチパチと拍手する。

 そうして手を繋いで家に帰り、ガーネットさんの手料理を味わい、編み物のコツを教えてもらったのだった。