受付嬢に告白したくてギルドに通いつめたら英雄になってた

《 第30話 一番怖い生き物 》

 ぽかぽか。


「……」


 ぽかぽか。


「……」


 ゴーストが僕のお腹を執拗に殴りつけてくる。

 反撃しようと思えばできるけど、僕は手が出せないでいた。

 なぜなら――


 ゴーストが化けたのは、僕のお婆ちゃんだったから。


 ウェーブのかかった白髪に、曲がった腰に、しわだらけの顔。

 僕の記憶に焼きついてるお婆ちゃんと寸分違わず同じ姿だ。


「そ、それがジェイドが一番怖い生き物なのだ?」


 ドラミが木の陰から顔を覗かせてたずねてきた。

 ゴーストにぽかぽかと殴られつつ、僕はうなずく。


「みたいだね。想像もつかなかったけど、言われてみればって感じだよ」

「でも、ちっとも怖そうに見えないのだ。ドラミのお婆ちゃんのほうが100倍怖いのだ」

「ドラミの言う通り、お婆ちゃんは怖くないよ。僕にものすごく優しくて、こっそりお菓子をくれたりしてね。僕が冒険者になるって決めたときも、お婆ちゃんだけは応援してくれたんだ」

「なのにどうしてお婆ちゃんが怖いのだ?」

「普段温厚なお婆ちゃんに、一度だけ本気で叱られたことがあるんだ。夜中こっそり家を抜け出して冒険気分を味わってたら、迷子になっちゃって……」


 3日間も森を彷徨い、命からがら家に帰りついたとき、父さんと母さんはただただ安堵してたけど、お婆ちゃんだけは僕を叱った。

 もう二度と家族に心配かけちゃだめだって。

 お婆ちゃんの怒った顔を見るのははじめてで、それが記憶に焼きついたのだ。

 もちろん優しいことはわかってる。でも、いま僕が一番怖れているものはなにかと問われたら、あのときのお婆ちゃんだと答えるだろう。

 さておき。


「戦わないのだ?」

「戦えないよ。ゴーストとはいえ見た目はお婆ちゃんだし。だからドラミ、こっちに来てくれない?」

「で、でも、ドラミだってお婆ちゃんとは戦えないのだ……ドラミソードも『あれは無理』って言ってるのだ……」

「違う違う。ドラミの怖い生き物に化けてもらうんだよ」


 なるほど、と納得顔のドラミ。

 いつお婆ちゃんが襲いかかるかわからないため、怖々と近づいてくる。

 と、お婆ちゃんが僕を叩くのをやめた。

 しわだらけの顔をドラミに向け、じぃっと観察するように見つめ――

 お婆ちゃんが光り輝いた。

 そして光が消えたとき、そこには毛むくじゃらの生き物が佇んでいた。


 翼の生えたクマ――ウィングベアだ。


『ガアアアアアアアアアアアア!』

「ぎゃあああああああああああ!」


 木の裏へ逃げるドラミと、それを追いかけるウィングベア。完全に標的をドラミに定めたみたいだ。

 もちろん、そうはさせない。

 僕の横を素通りしようとしたウィングベアの腹部に拳を叩きこむと貫通した。巨体から黒い霧が発生する。

 魔素だ。


「た、倒したのだ?」

「うん。魔素が発生したからね」


 魔素は魔獣が絶命した際に発生するものだ。

 これを吸収することで花紋は成長を遂げるんだけど、僕の場合は頭打ち。


「ええと……あった」


 ウィングベアの体内から魔石を回収し、ポケットに入れる。

 あとはギルドに持っていくだけだ。制服姿のガーネットさんとおしゃべりするの、いまから楽しみだなぁ。

 まあ、王都に帰るのは旅を終えてからだけど。何週間もガーネットさんに会えないのは寂しいので、ひとまず1週間くらいで帰る予定だ。


「ありがとね。ドラミのおかげで倒せたよ」

「ドラミはなにもしてないのだ……」

「そんなことないよ。ドラミが勇気を出して姿を見せてくれたから、ゴーストを倒すことができたんだ」


 僕が褒めると、ドラミは満面の笑みになる。


「早くみんなにドラミの活躍を聞かせてやりたいのだっ!」

「きっとみんなもドラミの冒険譚を待ち遠しく思ってるよ。ドラミは王都の人気者だもんね」

「それほどでもないのだ……」


 てれてれしつつ謙遜するドラミ。

 そんなドラミを連れて、僕は小道へ引き返す。

 その頃になると空は夕焼け色になり、道が薄暗くなっていた。

 ライトマッシュの魔石で道を照らしつつ、ふと気になったことをたずねる。


「ドラミの家族って、どんなひとたちだったの?」

「わからないのだ。だけどドラミに似て凜々しいドラゴンだったに違いないのだ」


 わからない? って、家族の顔を知らないってことだよね。


「さっき『ドラミのお婆ちゃんのほうが怖い』って言ってなかった?」

「そのお婆ちゃんは本当のお婆ちゃんじゃなくて、ドラミが住んでた家のお婆ちゃんなのだ」

「へえ。ドラミって昔は家に住んでたんだね。それがまたどうして廃山なんかに引っ越しちゃったの?」

「お婆ちゃんに見つかりそうになったからなのだ……」

「見つかりそうに? ……もしかして、こっそり住んでたの?」


 うなずき、ドラミは当時を思い返すように遠い目をする。


「ひとりで放浪してたドラミは、とある町に流れついたのだ。お腹ぺこぺこで一歩も歩けなかったから、お家のひとにご飯を分けてもらうことにしたのだ。人間にご飯を分けてもらうのははじめてだったから、ものすごく緊張したのだ……」

「で、勝手に入っちゃったの?」

「ど、どうして知ってるのだ!?」

「見つかりそうになったってことは、家主に見つかってないってことだから」

「その通りなのだ。でも、ドラミはちゃんと挨拶してからご飯をもらうつもりだったのだ。ノックだってちゃんとしたのだ。だけど返事がなかったから、ためしにドアを開けてみたのだ。すると美味しそうな香りが漂ってきたのだ。――そう、テーブルにご飯があったのだ!」

「で、食べちゃったの?」

「いただきますはちゃんとしたのだ……も、もちろん、ごちそうさまもしたのだ! そのあと我に返って、泣きそうになったのだ。だって全部食べちゃったのだ。これはさすがに怒られる……そう確信したのだ」

「ちゃんと謝れば許してもらえるよ」

「だけどドラミは謝らなかったのだ……お婆ちゃんが家に入ってきて、びっくりして思わず二階に逃げたのだ。お婆ちゃん、消えたご飯を見て怒ってたのだ……」

「家にいるのによく見つからなかったね」

「屋根裏部屋を見つけたのだ。こっそりはしごを下ろして、ゆっくり上って、静かにはしごを回収したのだ。それから1年くらい、屋根裏に住んでたのだ。お婆ちゃんが寝たらこっそり部屋を出て、ご飯をつまみ食いしてたのだ」

「よくバレなかったね……」

「物音を立てないように気をつけたのだ。いただきますとごちそうさまも心のなかで言ってたのだ。あと、ご飯も半分しか食べなかったのだ。ほんとは全部食べたかったけど、ドラミは誘惑に勝ったのだ……」


 作り置きしてたご飯が半分も消えてたら気づきそうなものだけど……。


「あるとき、お婆ちゃんが『いるのはわかってる』って声をかけてきたのだ。そして『いま行くからね』ってはしごを下ろそうとしたのだ。だからドラミは窓から逃げたのだ。無我夢中で走って、飛んで、気づいたら廃山にいたのだ」

「それきりお婆ちゃんとは会ってないの?」

「会ってないのだ。だって会ったら怒られるのだ……。だけど、会ってみたいのだ」

「怒られるのに?」

「怒られて当然のことをしたのだ。そんなことより、ちゃんとお礼を言いたいのだ。あと、ごめんなさいもしたいのだ」


 ドラミは心からそう思ってるみたい。

 だったらドラミの好きなようにさせてあげたい。じゃないと罪悪感を抱えて生きることになってしまう。


「その家ってどこにあるの?」

「わかんないのだ。ただ、夜になっても明るい町だったのだ」

「夜でも明るい町……商業都市かな?」

「心当たりがあるのだ?」

「候補はいくつかあるけどね。ここから一番近い商業都市はリーンゴック王国にあるけど……行ってみる?」

「行ってみたいのだ!」

「決まりだね」


 往来が多い商業都市ならオニキスさんの情報も得られるかもだし、ガーネットさん好みのお土産も見つかるはず。

 そうしておしゃべりしつつも歩いていき、僕たちは森を抜けたのだった。