受付嬢に告白したくてギルドに通いつめたら英雄になってた

《 第29話 ゴースト 》

 オニキスさんを捜す旅を始めて2日目。

 その日の昼過ぎ、僕とドラミは森の小道を進んでいた。

 ドラミは木の棒を杖代わりにして、僕のとなりを歩いている。息を切らしながらも足を止めようとはしなかった。


「ほんとに休憩しなくていいの?」

「だ、だいじょうぶなのだ……。だって、のんびりしてたら野宿になるのだ。今日もふかふかのベッドで寝てみせるのだ……! あとどれくらいで町に着くのだ?」

「順調にいけば3時間くらいかな」

「ちょうど夕ご飯の時間なのだ! へとへとになって食べる肉料理はさぞかし絶品に違いないのだ……」


 今日は肉を食べたいみたい。

 頑張って歩いてるし、肉料理が美味しい店を探そうかな。


「夕食にありつくためにも、頑張って魔獣を倒さないとだね」


 旅立つ際、ギルドでクエストを受けた。

 依頼内容は『ゴーストの討伐』で、この森にひそんでいるらしい。

 ゴーストを倒さない限り、森から出ることはできないのだ。


「ドラミも協力するのだ! このドラミソードがあれば、魔獣なんて一撃なのだ!」


 ドラミは木の棒を振りまわす。

 ほどよい長さと太さが気に入ったらしく、熟考の末に『ドラミソード』と命名したのだ。


「心強いよ。だけど戦うのは僕に任せて、ドラミは応援をお願いね」

「大声で応援するのだ! それで、今回戦う相手はどんな魔獣なのだ?」

「ゴーストだよ」

「ゴースト!? お化けと戦うのだ!?」


 ドラミの顔が真っ青になる。

 意外な反応だ。


「お化けが苦手なんだね。廃山に住んでたくらいだから怖くないと思ってたよ」

「小屋があるから住んでただけで、怖くなかったわけじゃないのだ。お化けが入ってこないように、ちゃんと寝るときはドアを閉めてたのだ」


 いかにもお化けが出そうな小屋だったし、野宿のほうがマシだと思うけど……。

 ともあれ。

 怖がらせたままにはしておけない。

 誤解を解いてあげなくちゃ。


「ゴーストはドラミがイメージしてるような魔獣じゃないよ」

「どういう魔獣なのだ?」

「一言で言うなら『実体がない魔獣』かな」

「な、なんだかお化けっぽいのだ……」

「実体がないっていうのは『肉体を持たない』って意味じゃなくて『変身する』って意味だよ」

「変身はお化けっぽくないのだっ」


 お化けっぽさが薄れ、ドラミはちょっと安心したみたい。

 青白かった顔に生気が戻っていく。


「ゴーストはなにに変身するのだ?」

「深層心理を読んで、相手が一番怖れてる生き物に変身するよ。そして強さもそれに応じて変わるんだ」

「ドラミはアリが怖いのだ! アリが怖いのだ! アリが怖いのだ!」


 ゴーストと出くわしたときのために、ドラミが自分に言い聞かせる。


「深層心理を読むから、自分に言い聞かせるだけじゃ効果はないよ」

「これは困ったのだ……。こういうときガーネットがいてくれたら助かるのだ……」

「ガーネットさんがいたら、ゴーストは蜘蛛に化けるだろうからね」

「虫なら楽に倒せるのだ。こんなことならアリを怖がる人生でありたかったのだ」

「それはそれで生きるのが大変そうだけど……」


 ゴーストに楽勝できるかわりにアリに怯える人生を送るのはわりにあわないよ。


「なんにせよドラミが怖がることはないよ。なにに変身しようと倒してみせるから」

「ジェイドが強いことはわかってるのだ。そんなジェイドが一番怖れてる生き物……強くないわけがないのだ……。ジェイドはなにが怖いのだ?」

「一昔前ならバジリスクかな」

「いまは違うのだ?」

「うん。倒したからもう怖くないよ」


 当時の僕は駆け出し冒険者だったけど、いまは十つ花だ。

 バジリスクの毒は強化した僕の身体には通じない。

 どんな魔獣が相手でも、倒せる自信がある。

 ひとつ問題があるとすれば、ゴーストの今現在の姿がわからないことだ。できれば今日中に森を出たいけど……居場所どころか見た目もわからないんじゃ発見に時間がかかってしまう――


 ぶおおおおおおん……! ぶおおおおおおん……!


「ひぃっ!? な、なんの音なのだ!?」

「風……にしては変だし、誰かが角笛を吹いたとも思えないし……いびきとか?」

「だ、だとすると超大型の魔獣なのだ! ……起こさないよう、そーっと歩くのだ」


 ドラミは身を屈め、そろりそろりと忍び足で移動する。


「いや、行ってみよう」

「ど、どうしてなのだ!? いまはゴーストに専念したほうがいいのだ!」

「いびきの主がゴーストかもしれないからだよ」


 超大型の魔獣なんて、いかにもゴーストが化けそうな生き物だ。

 ほかに手がかりはないし、行ってみる価値はある。


「わ、わかったのだ。いまのドラミにはドラミソードがついてるのだ……! こいつとならどんな魔獣とでも渡り合える気がするのだ!」


 拾って半日も経ってない相棒に信頼の眼差しを向けるドラミ。

 僕たちは小道を逸れ、木々の生い茂るなかへと足を踏み入れた。

 薄暗いなか、血管みたいに浮き出た根っこに足を引っかけないよう気をつけつつ、いびきの聞こえるほうへと向かい――

 開けた場所に出た。

 そこでは黒い鱗に鋭い爪牙を持つ魔獣が、ぶおおんぶおおんと鼻息を鳴らしながら眠っていた。

 ブラックドラゴンだ。


「め、めちゃくちゃ強そうなのだ……」

「実際、ブラックドラゴンは強いよ。まあ、厳密に言うとあれはゴーストだけどね」

「どうしてわかるのだ?」

「ここがブラックドラゴンの生息域じゃないからだよ」


 ブラックドラゴンはプライドが高く、他種族を見下している。

 他種族に見下ろされるのが許せないようで、生息域は山頂だと決まっているのだ。


「もちろん、変わり者のブラックドラゴンの可能性もあるけどね」


 あれがゴーストならいきなり襲いかかることはない。

 ゴーストは用心深く、戦う前に相手の怖れる生き物に変身するからだ。


「ドラミはここで待ってて」

「わ、わかったのだ。ドラミはここから応援するのだ」


 ドラミにエールをもらい、僕はドラゴンの前に姿を見せる。

 するとドラゴンが目を開けた。

 のっそりと首を上げ、威嚇するように牙を剥いたまま僕をじっと見つめる。

 ドラミの応援が響くなか、僕はドラゴンを見つめ返した。

 次の瞬間、ドラゴンが光に包まれる。そして――


 ブラックドラゴンに化けていたゴーストは、僕が最も怖れる生き物に姿を変えた。