《 第15話 青髪幼女 》

 クエストを攻略したあと――。

 最寄りの町に着く頃には、もう朝になっていた。


「思ったより時間かかっちゃったね」

「早く済んだほうなのだ。だって今回の魔獣は透明になれたのだ!」


 正しくは体色変化だけど、透明と言っても過言じゃなかった。

 しかも自分より強い相手には手出ししない、極めて警戒心が強い魔獣だ。

 近くにいるのは気配でわかったが、背景に溶けこまれ、おまけに日が暮れたせいで姿を見つけるのが難しくなった。


「手強かったけど、臆病だったから放っておいても害はなさそうなのだ」

「きっと僕らを警戒してたんだ。五つ花くらいなら伸びる舌で一飲みにされちゃうよ」


 ドラミすら襲わなかったのは、おそらく野生の勘でホワイトドラゴンだと見抜いたからだ。

 ドラミが普通の幼女だったら、僕の隙を突いて襲ってきていただろう。


「まさか落とし穴に引っかかるとは思わなかったのだ! 意外とドジだったのだ!」

「きっと落とし穴を見るのが初めてだったんだよ。普通は落とし穴を掘ってる隙に、ぱくっと食べられちゃうからね」

「ドラミは畑から野菜を拝借するとき、落とし穴に引っかからなかったのだ! この勝負、ドラミの勝ちなのだ!」


 おしゃべりしつつも歩を進め、駅前にたどりつく。

 ベンチに腰かけて列車を待っていると、ドラミが大あくびをした。


「眠いのだ……」

「もう朝だもん。列車に乗ったら寝なよ」

「寝たら駅弁が食べられないのだ……」

「王都に着いたら店に連れてってあげるからさ」

「いいのだっ?」

「もちろん。ドラミも落とし穴掘るの手伝ってくれたもんね」

「やったー! だったら寝るのだ! 列車はいつ来るのだ?」

「もうそろそろだと思うけど……」


 ……さっきから、女の子がチラチラとこっちを見ている。

 10歳くらいの、青髪の幼女だ。

 旅をしている最中なのか、大きなリュックを背負っている。


「どうかしたの?」

「あの! 足を見せてほしいです!」

「……足を?」

「靴も脱いだほうがいいのだ?」

「間違えました! ベンチの下です!」

「構わないよ」


 僕とドラミは足を上げる。

 女の子はベンチの下を覗きこみ……

 残念そうにため息を吐いた。


「ないです……」

「落とし物したのだ?」

「はいです。お金を落としたのです……」

「いくら落としたの?」

「全財産です……」

「一大事なのだ……」

「一大事なのです。わたしの冒険、2日目にして終わってしまったのです……」


 昨日からひとり旅をしているみたい。  

 目的地がどこであれ、全財産を落としたんじゃお家にだって帰れない。


「どこへ行くつもりだったの?」

「王都です。ギルドに行くです」

「ギルドならこの町にもあるよ」

「はじめてのクエストは王都のギルドで受けるって決めてたです! こうなったら、歩いて王都に行くしかないです……!」

「歩いて行くのは危ないよ。魔獣がわんさかいるんだから」

「血湧き肉躍る冒険、望むところです……!」


 彼女は青い瞳をキラキラと輝かせている。

 懐かしいな。

 僕も昔は血湧き肉躍る冒険を求め、英雄になるんだって意気込んでたよ。


「王都に連れてってあげようか?」


 他人のように思えず、僕はそう提案した。


「ええ!? 王都に!? ど、どうしてです!?」

「困ってるひとを助けるのに理由はいらないよ。もちろん、きみが歩いて行きたいなら無理にとは言わないけど――」

「列車がいいです! ……でも、ただで助けてもらうのは悪いです」


 しっかりしてるな。

 べつに気にしなくていいのに。


「じゃあ出世払いでどう?」

「出世払いです?」

「うん。きみが冒険者として稼ぎを得たら、そのとき僕に返してよ」


 これで乗り気になってくれると思ったのに、彼女はうなだれてしまう。


「まだ稼げないです。だって11歳ですから」

「そうなの? 11歳だと冒険者にはなれないけど……」

「来週12歳になるです。12歳になったらすぐに冒険者になろうと思って、早めに出てきたのですよ」


 へえ、そうなんだ。

 つくづく僕に似てるな。


「急いで返済しなくていいよ」

「でも、次いつ会えるかわからないです……」

「平気だよ。僕は王都に住んでるからね。お金が貯まったら返しにおいで」

「そうするです!」


 今度こそ話がまとまった。

 ちょうど列車が到着したのでお金を払い、僕たちは列車に乗りこむ。

 列車が動き、彼女は爛々と輝く瞳で窓の外を見る。

 顔をべったりと窓にくっつけ、鼻息で白く曇ってしまう。


「いつ王都に着くですか?」

「夕方かな。王都に着いたら僕たちは家に帰るけど……きみ、宿代もないんだよね?」

「ないですけど、問題ないです。お姉ちゃんの家に泊まるですから!」

「お姉さん、王都に住んでるんだ」


 だったら姉にお金を借りればいいのに。

 自分から言いださなかったってことは、姉に頼りたくないのかな?

 きっとそうだ。

 これから冒険者として独り立ちするんだから、自分のことは自分で解決したいのだろう。


「10年以上前から王都に住んでるです。滅多に帰ってこないから、わたしの顔を忘れてるかもですけど……」

「姉も冒険者なのだ?」

「ギルドで働いてるです」

「そっか。ギルド職員は激務だもんね」


 特に窓口対応の職員はほとんど休みなく働いている。

 なにせ魔石の真贋を確かめるのに必要な鑑定魔法は珍しいから。


「ちなみに窓口?」

「窓口です。お姉ちゃんが補助系の花紋だから、わたしも補助系になるかもです……」

「確率的には一番低いけどね」

「確率とかあるですか?」

「うん。防御系、攻撃系、強化系、補助系の順みたいだよ」

「三番目ですか……」

「強化系がいいの? 珍しいね」


 防御系はパーティに誘われやすいし、攻撃系は冒険者の花形だ。

 どっちつかずの強化系は、あまり望まれていない系統なのだが……。


「わたしはジェイドくんに憧れてるです! だからジェイドくんと同じ強化系がいいです!」

「ジェイド……くん?」


 ジェイドくん、なんて呼ばれるのが珍しくて、思わず聞き返してしまう。


「おにーさん会ったことあるですか?」

「会うもなにも――」

「ここにいるのがジェイドなのだ」

「……え?」


 うとうとしていたドラミの放った一言に、彼女は目をパチクリさせる。

 僕の手の甲を見て、びっくりしたように目を見開いた。


「強化系の花紋です! しかも満開です! 本物のジェイドくんですか!?」

「僕はジェイドだよ」

「びっくりです! ファンです! お姉ちゃんの話を聞いてからずっと憧れてたです! お姉ちゃん、帰省するたびにジェイドくんの話をしてたです! 頑張り屋だって!」

「ドラミの話はしてなかったのだ?」

「去年会ったときは聞かなかったです」

「今年はドラミの話をするはずなのだ! ジェイドの相棒として多くの死地に同行している凜々しい娘がいると!」

「すごいです!」

「ドラミの冒険譚に興味あるのだ?」

「あるです!」

「ならば聞かせてやるのだ!」


 興味を持たれて嬉しかったのか、ドラミは眠気も忘れて冒険譚を語り続けた。