《 第12話 病 》

 最近、幸せが天井知らずだ。

 窓口越しの会話だけでも幸せだったのに、最近はガーネットさんとプライベートな話をする機会に恵まれているから。

 おかげで自然に話せるようになった。

 この調子で親睦を深めていき、いつか遊びに誘えるといいなぁ。

 その日を待ち遠しく思いつつ、僕はいつものようにクエストを攻略。列車に乗り、昼過ぎに王都へ帰りつく。


「ドラミはここで待っててね」

「うむ。みんなに今回の冒険譚を聞かせてやるのだ!」


 いつの間にか『ジェイドと肩を並べて冒険している女の子がいる』と噂が広まり、ドラミを見ると広場で遊んでいた子どもたちが集まるようになった。

 自分の武勇伝を交えつつ饒舌に冒険譚を語るドラミは、すっかり子どもたちの人気者だ。

 子どもたちに尊敬されてご機嫌そうなドラミを残し、僕はひとりでギルド内へ。

 冒険者たちに挨拶を返しつつ、18番窓口へ足を運ぶ。


 ガーネットさんは、今日も綺麗だった。


 いつも彼女を目にすると心臓が高鳴り、うわずった声で話しかけてしまっていたが――

 もう違う。


「どうも、こんにちは、ジェイドです。クエストを攻略しました」


 大好きな女の子を前にして、僕は平静を失わなかった。

 成長したなぁ、僕……。


「ジェイド様ですね。少々お待ちください」 


 と、いつもの調子で淡々と対応するガーネットさん。

 そんな彼女の姿に見とれていた、そのときだ。



「けほ」



 ガーネットさんが、咳をした。


「けほ……んっ、けほ」


 立て続けに咳!

 しかものどに手を当て、苦しげに眉をひそめている!?


「失礼しました。では魔石を拝見させていただきます。……魔石はどちらに?」

「は、はい! えと、その……魔石、持ってます!」

「これは小石ですが」

「す、すみません間違えました! ドラミがいっぱい拾ったから預かってまして! 魔石はこっちでした!」


 いやもう魔石とかどうでもいいよ! 咳してるよね!? 体調が優れないの!?

 いったいどんな病気なんだ? 詳しく病状を聞き、特効薬を用意したい。


「確認しました。こちら報酬2500万ゴルの小切手になります」

「ど、どうもです!」


 だけど聞けなかった。

 ガーネットさんは病身を顧みずに働いているのだ。私語を挟み、仕事の邪魔をするわけにはいかない。


「次の依頼はまた後日受けに来ます……」

「けほ。承知しました」


 これが今生の別れになるのかも……。

 不安に押し潰されそうになりつつ、僕はギルドをあとにする。

 身振り手振りを交えて冒険譚を語っていたドラミは、僕を見るなり心配そうな顔をする。


「この世の終わりみたいな顔してるのだ」

「僕、そんな顔してる?」

「してるのだ。辛いことがあったのだ?」

「まあ、ね……」


 大事な女性が苦しむ姿を目にしたのだ。

 こんなに辛いこと、いままで味わったことがない。

 だけど一番苦しいのは、ガーネットさんなんだ。

 僕が苦しんでいても事態は改善しない。

 ガーネットさんを苦しみから解放するために、できる限りのことをしないと!


「治療薬を――どんな大病でも瞬時に治せる特効薬を手に入れよう!」

「そんな薬があるのだ?」

「わからない。だけど必ず手に入れてみせるよ! 目の前に苦しんでいるひとがいるのに、なにもしないなんて僕には耐えられないんだ!」

「さすがジェイド様……」

「我々も見習わなければ……」


 力説に拍手が返ってくる。


「さっそく行動を始めよう!」


 うなずいたドラミを連れて、僕たちはギルド前から移動する。

 ひとまず家に帰り、リュックにお金を詰めていく。

 なにせ特効薬を手に入れるのだ。いくらかかるかわからないので、ひとまず10億ゴルを用意することにした。


「そんなにお金が必要なのだ?」

「これでガーネットさんが完治するなら安いものさ!」

「ガーネットが体調悪そうにしてたのだ? それは心配なのだ……」

「だよね! 心配だよね! 僕もだよ! だからできる限りのことをしたいんだ!」

「ドラミもお手伝いするのだ! だって、ガーネットは友達なのだ!」

「ドラミ……!」


 いつの間にガーネットさんと友達になったの!? 僕は隣人止まりなのに! ――なんて嫉妬心は湧いてこない。

 いまはドラミの気持ちが素直に嬉しい。

 と、ドラミはポンと手を叩き、


「ドラミを慕う子どものなかに、回復魔法の使い手を親に持つ小僧がいるのだ。そいつにお願いするのだ!」

「いや、無理だよ。回復魔法じゃ外傷しか治せないもん」


 回復魔法じゃ毒や麻痺は治癒できない。

 そのため状態異常を引き起こす魔獣対策として、冒険者は様々な薬を常備している。


「ジェイドは薬を持ってないのだ?」

「ドラミになにかあったときのために毒消しと胃薬は持ち歩いてるけど、自分用の薬は持ってないよ。状態異常を含めてありとあらゆる攻撃が通じないし」

「頑丈すぎるのだ……」

「僕の唯一の取り柄だよ。それに僕が持ってるのは魔獣対策の薬だからね。今回は薬師にガーネットさんの症状を相談して、専用の特効薬を作ってもらうんだ」


 薬の効果は薬師の腕前に左右される。

 一流の薬師ともなれば、ひとつ薬を調合してもらうのに大金が必要だ。


「これでよし」


 10億ゴルをリュックに詰めると、僕はドラミと家を出る。

 石畳の道を歩いていき、大通りに入り、途中で小道に逸れ、歩くことしばし。

 いかにも老舗っぽい佇まいの薬屋にたどりつく。


「あんまり繁盛してなさそうなのだ……」

「でも腕は確かだよ。僕が生きていられるのは、ここの毒消しに助けられたおかげだからね」

「ジェイドでも死にかけたことがあるのだ?」

「まあね。四つ花クラスになって以降はしょっちゅうだよ」


 三つ花までは王都近郊が活動エリアになっていて、比較的安全だ。

 四つ花からは活動範囲がぐんと広がり、常に危険がつきまとう。秘境へ踏みこむこともあり、危険な魔獣と出くわすことも珍しくない。


「四つ花のとき、バジリスクに襲われてね。あのときは死を覚悟したよ」


 バジリスクは猛毒を持つヘビの魔獣だ。

 牙がかすっただけで肉が裂け、毒が全身にまわり、10秒で身体の自由が奪われ、30秒で死に至る。

 おまけに市販の毒消しじゃバジリスクの毒は打ち消せない。


「だけど生きてるのだ」

「すぐ毒消しを飲んだからね。もしパニックになってたら死んでたよ。毒消しの効果も抜群で、すぐに動けるようになったんだ」


 その場は全力で逃げ、七つ花クラスになって間もない頃に再戦した。正式にギルドから討伐依頼を受け、無事に倒すことができたのだった。


「だったら、ここの薬師はドラミの恩人でもあるのだ!」

「ドラミの?」

「だってジェイドと出会わなければ、ドラミはいまごろ飢え死にしてたのだ! 早く会って、お礼が言いたいのだ!」


 ドラミは勢いよく店に駆けこみ――



「ぎゃああああああああああああ!?」



 と、聞き慣れた悲鳴を上げた。