《 第11話 最後の日 》
王都に帰りつく頃には、すっかり日が暮れていた。
「お腹ぺこぺこなのだ……」
「僕もだよ。昨日の店に急ごう!」
ガーネットさんは、ゆっくりと食事を楽しむタイプのひとだった。ギルドが閉まってしばらく経つが、まだ店にいるはずだ。
保冷効果の魔石つきケースに入れてるとはいえ、のんびりしてると魚が傷む。早く魚料理を食べてもらい、ガーネットさんを喜ばせたい!
僕たちは昨日の店へ急いだ。
小さな通りに駆けこみ、パン屋の前を駆け抜け、薬屋の前を駆け抜け、花屋の前を駆け抜け――
「――!?」
チラッと青い髪が見えたので急ブレーキして振り返る。
ガーネットさんが、花屋で花束を買っていた。
「ど、どうもガーネットさん! こんばんは! ジェイドです!」
「元気すぎるわ」
「元気だけが取り柄ですから!」
よしっ! 自然に会話に持ちこめたぞ!
つい最近まで事務的な会話しかできなかったのに……成長したなぁ、僕。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね! 仕事の帰りですか!?」
「仕事の帰りよ」
「お疲れ様です! 僕は港町へ魚を釣りに行ってました! これ、魚です!」
「ドラミも船で釣りをしたのだ! なんと魔獣を釣り上げたのだ!」
「びっくりしそうね」
「一瞬びっくりしたのだ。しかしドラミはすぐに冷静さを取り戻し、石を投げて応戦したのだ!」
「よく石を持っていたわね」
「いつでも戦えるように持ち歩いてるのだ! ドラミの投石を受けた魔獣はよほど慌てたのかハサミで船を真っ二つにしようとしたのだ!」
「絶体絶命だわ」
「ドラミは焦らず、一歩も退くことなく魔獣を見据え続けたのだ……!」
「勇敢だわ」
ドラミはかなり満足げだ。
「魔獣はあなたが倒したのかしら?」
「はい! 魔獣の脅威は去りましたから、これで明日から王都に新鮮な魚が届きますよっ!」
「よかったわ」
よしっ! 僕の好感度、これでちょっとは上がったよね!
「明日はギルドに来るのかしら?」
「もちろんです! 今日は行けませんでしたから、明日は必ず……」
……あ、そうだ。
そういえば僕、昨日『次の依頼は明日受ける』って言ったよな。
「どうかしたのかしら?」
「いえ、その……ガーネットさんは覚えてないと思いますけど、次の依頼は明日受けるって言ったのを思い出しまして……」
「ちゃんと覚えていたわ。あなたが来ないから、心配していたわ」
「えっ、ええっ!? ガーネットさんが、僕の心配を!?」
「そこまで驚くことかしら?」
「驚きますよ! だって僕、英雄ですよ!? めちゃくちゃ強い、十つ花ですよ!?」
自分で言うのもどうかと思うが、実際僕は強い。だから誰も僕の心配なんかしない。
とりわけ、ガーネットさんは僕の強さを知っている。だってクエストの報告は、いつも彼女にしてるから。
なのにガーネットさんが僕の心配をしてくれていたのだ。びっくりするに決まってるよ。
でもこれ、素直に喜んでいいのかな?
「……もしかして僕、頼りなく思われてます?」
意を決してたずねてみた。
するとガーネットさんは「そういう意味ではないわ」と首を振り、
「私にとってあなたは英雄ではなく、弟のようなものだもの」
淡々と放たれたその言葉に、僕は度肝を抜かれた。
「僕がガーネットさんの身内!?」
「身内とは言ってないわ。弟のようなものと言ったわ」
「ど、どうして弟のように思ってるんです!?」
ガーネットお姉ちゃん、なんて甘えたことはないぞ!?
「あなたが12歳の頃から、ずっと成長を見てきたもの。だから私にとって、あなたは弟のようなものだわ」
「な、なるほど。そういう意味ですか……」
そっか。それでガーネットさん、プライベートだと敬語抜きになるんだ。
どうしよ。嬉しすぎて頬がニヤけちゃう。
だって、みんなから英雄視され、尊敬され、特別扱いばかりされると、たまにふと寂しくなってしまうから。
ドラミもそうだけど、僕をどこにでもいるひとりの人間として接してくれるひとがいるのは、僕にとっては本当に幸せなことなのだ。
……だけど、あれ? ちょっと待ってよ。
僕を弟のように思ってるってことは、つまり、その……
僕、恋愛対象外なのでは?
い、いやいや! ないない! それはないよ!
あくまで『弟のように』だし! 実の弟ってわけじゃないし!
血縁関係がないのなら、ちゃんと恋愛対象のはずだ!
ストレートに『僕って恋愛対象ですか?』なんて聞くわけにはいかず、僕はそう信じることにした。
「ところで、ガーネットさんはこれからどこへ?」
「行きつけの店へ食事に行くわ」
「昨日の店ですか?」
「ええ、そうよ」
「それは奇遇ですね! 僕たちも行くところだったんですよ! ねえドラミ?」
「うむ! 釣った魚を料理してもらうのだ! ガーネットにも食べさせてあげるのだ~」
「いいのかしら?」
「もちろんです! いっぱい釣りましたから食べるの協力してください!」
「手を貸すわ」
よしっ! 食べてもらえる!
話が決まったところでガーネットさんが歩き出し、僕はそのとなりを歩く。
ガーネットさん、良い匂いがするなぁ。正面も素敵だけど、横顔も綺麗だ……。
こうして並んで歩いていると、まるでデートをしているみたい。この時間が永遠に続けばいいのに……。
「到着なのだ~」
5秒で終わった。
でもいいんだ。今日から常連になるんだから。
これから毎日ガーネットさんと同じ空間で食事できるんだと思うと幸せで頭がおかしくなりそうだ。
ニヤニヤしつつ、3人で店内へ。
昨日と同じく、今日も僕たち以外に客はいなかった。
「今日も来たのだ~!」
「おやまあ、ドラミちゃん、よく来たね。それにガーネットちゃんとジェイドさんも」
「魚を釣ってきたのだ!」
「魚を? 海に行ったのかい?」
「はい。魔獣は倒しましたから、魚の仕入れが楽になりますよっ!」
「新鮮なうちに料理してほしいのだ!」
ドラミに急かされ、おじいさんはにこりとほほ笑む。
「最後に腕によりをかけて、とびきり美味しいのを作ってあげるからね」
……最後に?
って、どういう意味?
「その前に渡しておくわ」
ガーネットさんが、おじいさんに花束を贈る。
今日っておじいさんの誕生日なのかな?
「おやまあ、嬉しいね。本当にいいのかい?」
「いままで美味しい料理を作ってくれたお礼だわ」
「ありがとうねぇ」
……おかしい。
どうも誕生日って感じじゃないぞ。
「あ、あの、どういうことですか?」
「私ももう歳だからね。50年続けた食事処は今日で店じまい。田舎に帰って、娘夫婦の家で暮らすんだよ」
そんな! ガーネットさんと毎日食事をして親しくなる作戦がパーじゃないか!
だとするとガーネットさん、明日からどこで食べるんだろ? 気になるけど質問してそこに毎日通ったらストーカーみたいになっちゃうしなぁ……。
「ドラミからはこれを贈呈するのだ!」
「綺麗な小石だねぇ」
「じゃあ僕はこれを! 退職金だと思ってください!」
「気持ちだけ受け取っておこうかねぇ」
1000万ゴルを丁重にお断りされ、僕たちはカウンター席に腰かける。
となりにガーネットさんが座ってる! 肘が! ガーネットさんの肘が僕の肘に当たってる!
こんな素敵体験ができるとは……なんて素晴らしい店なんだ!
つくづく閉店が悔やまれる……。
「なぜ涙ぐんでいるのかしら」
「この店が閉店しちゃうのが寂しいんです……」
「あなたを見かけたのは今日で二度目だわ」
「昨日食べてファンになったんです……」
「そんなに気に入ってもらえるなんて嬉しいねぇ。田舎に引っ越したら、娘夫婦に自慢してやろうかね」
おじいさんは朗らかに笑い、とても美味しい香草焼きを作ってくれたのだった。
王都に帰りつく頃には、すっかり日が暮れていた。
「お腹ぺこぺこなのだ……」
「僕もだよ。昨日の店に急ごう!」
ガーネットさんは、ゆっくりと食事を楽しむタイプのひとだった。ギルドが閉まってしばらく経つが、まだ店にいるはずだ。
保冷効果の魔石つきケースに入れてるとはいえ、のんびりしてると魚が傷む。早く魚料理を食べてもらい、ガーネットさんを喜ばせたい!
僕たちは昨日の店へ急いだ。
小さな通りに駆けこみ、パン屋の前を駆け抜け、薬屋の前を駆け抜け、花屋の前を駆け抜け――
「――!?」
チラッと青い髪が見えたので急ブレーキして振り返る。
ガーネットさんが、花屋で花束を買っていた。
「ど、どうもガーネットさん! こんばんは! ジェイドです!」
「元気すぎるわ」
「元気だけが取り柄ですから!」
よしっ! 自然に会話に持ちこめたぞ!
つい最近まで事務的な会話しかできなかったのに……成長したなぁ、僕。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね! 仕事の帰りですか!?」
「仕事の帰りよ」
「お疲れ様です! 僕は港町へ魚を釣りに行ってました! これ、魚です!」
「ドラミも船で釣りをしたのだ! なんと魔獣を釣り上げたのだ!」
「びっくりしそうね」
「一瞬びっくりしたのだ。しかしドラミはすぐに冷静さを取り戻し、石を投げて応戦したのだ!」
「よく石を持っていたわね」
「いつでも戦えるように持ち歩いてるのだ! ドラミの投石を受けた魔獣はよほど慌てたのかハサミで船を真っ二つにしようとしたのだ!」
「絶体絶命だわ」
「ドラミは焦らず、一歩も退くことなく魔獣を見据え続けたのだ……!」
「勇敢だわ」
ドラミはかなり満足げだ。
「魔獣はあなたが倒したのかしら?」
「はい! 魔獣の脅威は去りましたから、これで明日から王都に新鮮な魚が届きますよっ!」
「よかったわ」
よしっ! 僕の好感度、これでちょっとは上がったよね!
「明日はギルドに来るのかしら?」
「もちろんです! 今日は行けませんでしたから、明日は必ず……」
……あ、そうだ。
そういえば僕、昨日『次の依頼は明日受ける』って言ったよな。
「どうかしたのかしら?」
「いえ、その……ガーネットさんは覚えてないと思いますけど、次の依頼は明日受けるって言ったのを思い出しまして……」
「ちゃんと覚えていたわ。あなたが来ないから、心配していたわ」
「えっ、ええっ!? ガーネットさんが、僕の心配を!?」
「そこまで驚くことかしら?」
「驚きますよ! だって僕、英雄ですよ!? めちゃくちゃ強い、十つ花ですよ!?」
自分で言うのもどうかと思うが、実際僕は強い。だから誰も僕の心配なんかしない。
とりわけ、ガーネットさんは僕の強さを知っている。だってクエストの報告は、いつも彼女にしてるから。
なのにガーネットさんが僕の心配をしてくれていたのだ。びっくりするに決まってるよ。
でもこれ、素直に喜んでいいのかな?
「……もしかして僕、頼りなく思われてます?」
意を決してたずねてみた。
するとガーネットさんは「そういう意味ではないわ」と首を振り、
「私にとってあなたは英雄ではなく、弟のようなものだもの」
淡々と放たれたその言葉に、僕は度肝を抜かれた。
「僕がガーネットさんの身内!?」
「身内とは言ってないわ。弟のようなものと言ったわ」
「ど、どうして弟のように思ってるんです!?」
ガーネットお姉ちゃん、なんて甘えたことはないぞ!?
「あなたが12歳の頃から、ずっと成長を見てきたもの。だから私にとって、あなたは弟のようなものだわ」
「な、なるほど。そういう意味ですか……」
そっか。それでガーネットさん、プライベートだと敬語抜きになるんだ。
どうしよ。嬉しすぎて頬がニヤけちゃう。
だって、みんなから英雄視され、尊敬され、特別扱いばかりされると、たまにふと寂しくなってしまうから。
ドラミもそうだけど、僕をどこにでもいるひとりの人間として接してくれるひとがいるのは、僕にとっては本当に幸せなことなのだ。
……だけど、あれ? ちょっと待ってよ。
僕を弟のように思ってるってことは、つまり、その……
僕、恋愛対象外なのでは?
い、いやいや! ないない! それはないよ!
あくまで『弟のように』だし! 実の弟ってわけじゃないし!
血縁関係がないのなら、ちゃんと恋愛対象のはずだ!
ストレートに『僕って恋愛対象ですか?』なんて聞くわけにはいかず、僕はそう信じることにした。
「ところで、ガーネットさんはこれからどこへ?」
「行きつけの店へ食事に行くわ」
「昨日の店ですか?」
「ええ、そうよ」
「それは奇遇ですね! 僕たちも行くところだったんですよ! ねえドラミ?」
「うむ! 釣った魚を料理してもらうのだ! ガーネットにも食べさせてあげるのだ~」
「いいのかしら?」
「もちろんです! いっぱい釣りましたから食べるの協力してください!」
「手を貸すわ」
よしっ! 食べてもらえる!
話が決まったところでガーネットさんが歩き出し、僕はそのとなりを歩く。
ガーネットさん、良い匂いがするなぁ。正面も素敵だけど、横顔も綺麗だ……。
こうして並んで歩いていると、まるでデートをしているみたい。この時間が永遠に続けばいいのに……。
「到着なのだ~」
5秒で終わった。
でもいいんだ。今日から常連になるんだから。
これから毎日ガーネットさんと同じ空間で食事できるんだと思うと幸せで頭がおかしくなりそうだ。
ニヤニヤしつつ、3人で店内へ。
昨日と同じく、今日も僕たち以外に客はいなかった。
「今日も来たのだ~!」
「おやまあ、ドラミちゃん、よく来たね。それにガーネットちゃんとジェイドさんも」
「魚を釣ってきたのだ!」
「魚を? 海に行ったのかい?」
「はい。魔獣は倒しましたから、魚の仕入れが楽になりますよっ!」
「新鮮なうちに料理してほしいのだ!」
ドラミに急かされ、おじいさんはにこりとほほ笑む。
「最後に腕によりをかけて、とびきり美味しいのを作ってあげるからね」
……最後に?
って、どういう意味?
「その前に渡しておくわ」
ガーネットさんが、おじいさんに花束を贈る。
今日っておじいさんの誕生日なのかな?
「おやまあ、嬉しいね。本当にいいのかい?」
「いままで美味しい料理を作ってくれたお礼だわ」
「ありがとうねぇ」
……おかしい。
どうも誕生日って感じじゃないぞ。
「あ、あの、どういうことですか?」
「私ももう歳だからね。50年続けた食事処は今日で店じまい。田舎に帰って、娘夫婦の家で暮らすんだよ」
そんな! ガーネットさんと毎日食事をして親しくなる作戦がパーじゃないか!
だとするとガーネットさん、明日からどこで食べるんだろ? 気になるけど質問してそこに毎日通ったらストーカーみたいになっちゃうしなぁ……。
「ドラミからはこれを贈呈するのだ!」
「綺麗な小石だねぇ」
「じゃあ僕はこれを! 退職金だと思ってください!」
「気持ちだけ受け取っておこうかねぇ」
1000万ゴルを丁重にお断りされ、僕たちはカウンター席に腰かける。
となりにガーネットさんが座ってる! 肘が! ガーネットさんの肘が僕の肘に当たってる!
こんな素敵体験ができるとは……なんて素晴らしい店なんだ!
つくづく閉店が悔やまれる……。
「なぜ涙ぐんでいるのかしら」
「この店が閉店しちゃうのが寂しいんです……」
「あなたを見かけたのは今日で二度目だわ」
「昨日食べてファンになったんです……」
「そんなに気に入ってもらえるなんて嬉しいねぇ。田舎に引っ越したら、娘夫婦に自慢してやろうかね」
おじいさんは朗らかに笑い、とても美味しい香草焼きを作ってくれたのだった。