地面が揺れてる? なんで?
 雑木林に生えた木々が揺れているのが、視界に飛び込んでくる。
 同時に草が揺れる音がしていた。
「なんかいる」
「ガァアアアア!」
 奇声とともに、新たにゴブリン一〇体が、雑木林の奥から飛び出してきていた。
 ゴブリン? まだ仲間がいたのか――。
 奇声をあげていた一体のゴブリンが、木々の奥から突如として現れた、巨大なこん棒によって肉の塊にされた。
「な、なんだ? あのでかいこん棒は!?」
「あのこん棒……。あたしがいたフォルツェン家の徴税官たちの荷馬車を襲ったやつが来たみたい……。ロルフ君、早く逃げないとマズい。街に行けば冒険者や衛兵がいるわよね?」
 フォルツェン家の徴税官って、フィガロさんの家の人たち!?
 エルサさんを献上奴隷にした村は、フィガロさんの家の領地にある村か!
「エルサさんって、フォルツェン家の領地の村に住んでたんですか?」
「う、うん。そうだけど……って! 今はそんな話をしてる暇ないわ。ロルフ君、あれ見て!」
 背後から抱き付いたままだったエルサさんが指差した先には、肉の塊にしたゴブリンを摘まみ、口に運んでいた頭部に二本角を生やした巨大な人型の魔物の姿が見えた。
 オ、オーガ!? なんで街に近いこの場所にこんな強力な魔物がいるんだ!?
 オーガなんて、Bランク以上の冒険者じゃないと倒せない強力な魔物のはず!?
「なんで、こんな場所に!?」
「徴税官たちを護衛してた冒険者たちが、暇つぶしに近くのゴブリンたちを狩ってたら、あいつが急に出てきて、村から集めた食糧を載せてた荷馬車を襲ってきたの。当事者の冒険者たちは早々に逃げ出したし、徴税官たちも逃げて、檻に残されたあたしは破壊スキルで檻を壊して逃げ出してきたところ、ロルフ君と出会ったのよ」
「もしかして、オーガが罠を張ってたのかも。そうやって、ゴブリンを囮にして冒険者や物資を運ぶ荷馬車を襲うことがあるって、父親から聞いたことがある」
「そ、そうなの?」
「たぶん。僕はオーガに出会うのは初めてだから分かんないけど」
 雑木林から姿を現したオーガは苛立っているようで、近くにいたゴブリンを新たにこん棒で殴り倒し、その肉を口に運んでいた。
 その姿を見て、自分の足が震えるのが止まらなかった。
「ロルフ君、早く街に逃げて救援を呼んだ方が……」
「でも、今は昼間だし、大半の冒険者が出払ってて、門も閉じられてないから」
 このまま、僕たちが街に逃げ込むと、オーガもついてきて大惨事になっちゃう。
 剣の威力を過信するつもりはないし、僕が何とかできる魔物だとも思わないけど――
 でも、ここで逃げたら、エルサさんと出会う前の下を向いて俯いてた自分と同じだ!
「エルサさん! 街に逃げるわけにはいかない。だから、僕がここであのオーガを倒すよ! でも、エルサさんが巻き込まれたら嫌だから先に街に向かっててくれるかい?」
「ダメ、ダメよ。ロルフ君が一緒じゃないと、あたしは逃げないから!」
 逃げることを拒絶したエルサさんが、抱き付いて離れてくれなかった。
「分かった。じゃあ、僕はあいつを絶対に倒さないといけないね。エルサさんはここで戦う姿を見ててくれるかい」
「絶対に死んじゃダメだからね」
「せっかくエルサさんと知り合えたんだから、絶対に死なないよ」
 小さく頷き返すと、抱き付いていたエルサさんの手を解く。
 そして、剣を握り直すと、苛立ちを見せるオーガに向かい大声を上げて挑みかかった。
「うぉおおおお! こっちだ! こっちにこい! 僕が相手だ!」
「冒険者! アノ小僧、ミンナ、オイカケロ!」
 リーダーのオーガが、こちらの声に気付いたようで、配下のゴブリンへ追う指示を出す。
 しめた! こっちの陽動に引っ掛かってくれた。
 オーガを始め、周囲にいたゴブリンが僕を追いかけ始める。
 巨木の根にいるエルサさんからは、できるだけ遠のいて戦わないと。
 十分に巨木から離れた場所に着くと、追手のゴブリンたちとオーガに向き合い剣を構えた。
「よし、ここらへんでいいかな。僕が相手になってやるから来い!」
「ガァアアアアッ!!」
 ゴブリンたちは自らの武器を掲げ、こちらに対し敵意を剥き出しにする。
 そんなゴブリンたちの攻撃をかわし、伝説品質の鉄の剣で次々に身体ごと断ち斬っていった。
「オマエ、オレノ部下タクサン殺シタ、ツヨイ。デモ、ケンノウデチガウ!」
 配下のゴブリンを殺され、さらに苛立った様子を見せたオーガが、こん棒をこちらに振り下ろしてきた。
 オーガが言う通り、僕には剣の才能を伸ばすスキルはない。
 でも、小さい時からずっと剣の鍛錬だけは欠かさずにしてきた。
 身体は大きくならなかったけど、鍛錬で磨いたことが、自分の力を高めてくれてると思いたい。
 それに今の僕には武器の強さがあった。
 鋭い光を放つ鉄の剣をオーガが振り下ろしてきたこん棒に当てる。
 刀身に触れたこん棒は、その破壊力を発揮することなく、真っ二つに切れて飛んでいった。
「クソ、ソノ武器ハ卑怯ダ!」
 手にしたこん棒が用をなさなくなったため、柄を投げ捨てたオーガは鼻息荒く、拳で打ちかかってきた。
 オーガの拳が自分の頭を掠めていく。
 空気を切り裂く音が聞こえ、身が竦みそうになる。
 しかし、よく目を開いてみれば、かわせない攻撃ではなかった。
 数度、拳が振り下ろされたが、こちらを捉えることはできずにいた。
 やれる。これなら、僕にだってオーガを倒せる!
 攻撃をかわし、隙ができたオーガの脇腹へ気合と共に横薙ぎの斬撃を繰り出す。
「喰らえっ!!」
 よく切れるナイフで、柔らかい肉を切り裂く感触が手にあった。
「グフゥ……バカナ」
 オーガの身体は、僕の剣で横一文字に両断され崩れ落ちた。
「ふぅ、やっぱりすごいぞ。この剣……簡単にオーガを斬れるなんて……」
 剣の威力に改めて驚いていると、周囲では倒されたゴブリンやオークが素材と魔結晶に変化していた。