「あの、ロルフ君。あたし、しばらく身体拭いてないから変な匂いとか……しない?」
 抱き着いていたエルサさんが、自分の匂いを気にしていた。
 全く不快な匂いなどしない。
 むしろ、甘く感じる匂いがする。
「エルサさんから変な匂いなんてしないよっ! それを言うなら、僕の方が気になるよ。ほら、今日はずっとゴミ拾いしてきたからさ……」
「ロルフ君、ゴミ拾いしてたんだ。すごい! えらいよね、若いのに。えらい、えらいよ」
 抱きしめてくれたまま、エルサさんがそっと僕の頭を撫でてくれた。
 人に褒められるなんて久しぶりだ……。
 僕のことを褒めてくれたのは、おばあちゃんくらいだったしな。
 おばあちゃんが亡くなってからは、街の冒険者からずっと侮蔑される毎日で、下を向いて生活してきた記憶しかない。
 でも、褒められたことで、自分の中で消えかけていた自尊心を少しだけ取り戻せた気がする。
 褒められたことがとても嬉しくて、彼女の胸に埋もれたままだった自分の顔を出すと、お礼を言った。
「エルサさんに褒めてもらえたら、嫌で嫌で仕方なかったゴミ拾いの仕事もなんだかすごく嬉しいです! 」
「ロルフ君は、人が嫌がる仕事を率先してやってるんだから、もっと胸を張っていいよ!」
 エルサさんに褒めてもらえたら、僕はなんだってできそうな気がする。
 すごい力を持っていそうな再生スキルだって発動させられるんだし。
 だから、エルサさんの横に立っても恥ずかしくない立派な冒険者になれるよう、これまで以上の努力をしないと。
 笑顔でこちらを見ている彼女を見て、改めて自分の目標としていた冒険者像を思い出した。
 それと同時に、自分が彼女のことを全く何も知らないことに気付く。
 そういえば、エルサさんはどこの人だろうか。
 街では見かけたことない顔だし、どこか別の場所からきたのかな。
 それに革の首輪のことも気になるし、教えてくれるか分からないけど、聞いてみるしかないよね。
「そ、そう言えば、エルサさんはアグドラファンの街の住民じゃないですよね? どこから来たんです?」
「――っ!?」
 それまで笑顔だったエルサさんが、質問を境にして顔を曇らせていた。
 やっぱり、住んでたところの話は、聞いてはいけない話だったんだろう。
 僕はなんて馬鹿な質問をしたんだ……。
「す、すみません! 聞いちゃいけない話でしたよね。僕が勘違いしたせいで、エルサさんに不快な思いを――」
「――違う。ロルフ君、違うの。君にはきちんと話さないといけないの」
 少し目を潤ませ緊張した顔のエルサさんが、こちらの目を真っすぐに見てくる。
「実はあたし……。父親が病死したあとも、一人で村に暮らしてたんだけど。村が凶作になって領主への納税の足らない分の物納として、あたしが献上されることになったの。スキルのせいで村八分にされてたから、反対する人は誰もいなかったわ。だから、あたしはいわゆる献上奴隷なの」
 着ているボロボロの衣服と、日に焼けた肌が、父親を亡くし、スキルのせいで村八分にされた彼女の苦しい生活のすべてを物語っていた。
 それにしても、納税不足を補填する献上奴隷だったなんて。
 エルサさんだって好きで破壊スキルを得たわけじゃないのに! それをみんなが寄ってたかって苛めて、挙句の果てに奴隷として領主に物納するなんて許せない!
 エルサさんの境遇を聞いたことで、自分の中に酷いことをした村の人へ憤る気持ちが強くなった。
「エルサさん、そんなのおかしいよ!」
「いいの。村の人たちのおかげで運命の人であるロルフ君に会えたから! それを日々の心の支えにして奉公期間が終わるまで頑張るから!」
 彼女が抱き付いてくると、僕の顔に涙の雫がポタリと垂れた。
 エルサさんの代わりに、手にしている伝説級の鉄の剣を物納するわけにはいかないだろうか。
 三〇〇万ガルドの価値がある剣だし、それにエルサさんがいなかったらできなかった剣だから、彼女を助けるために使うべきだ。
「エルサさん……僕がこの剣を売ってお金を工面するよ!」
「ううん、いいの。それはロルフ君が持ってて。あたしと一番最初に作った思い出の品だもん。売るなんて言わないで。あたしが数年間我慢して働けばいいだけだから」
 剣を売ることに対し、エルサさんは軽く首を振って拒絶の意思を示していた。
 身長が高いエルサさんが、一段と強く僕を抱きしめてくる。
 彼女の胸が、こちらの顔を圧迫してきた。
 なんで、なんでこんな形でエルサさんと別れないといけないんだ。
 なんで、なんでだよ! 僕の再生スキルとエルサさんの破壊スキルは二つ揃って効果を発揮するスキルなのに、なんで別れないといけないんだ。
 神様はどこまで僕に意地悪をするんだろう。
 エルサさんとの別れに納得がいかず、神様を心の中で罵っていたら、背後で草の擦れる音がした。