新種の魔物と認定された『キマイラ』を倒し、アグドラファンの街に戻って数日。
 僕たちはベルンハルトさんとともに、フィガロさんの住む屋敷に招かれていた。
「ベルンハルト殿、こたびは不肖の息子の危機を救ってくれたそうで感謝の言葉もありません。フィガロ、お前からも皆さんにお礼を申し上げよ」
 ハンカチで額を拭いベルンハルトさんに頭を下げているのは、フォルツェン家の現当主で、フィガロさんの父親であり、アグドラファンの街を含む近隣の土地を領有している大貴族であるロメロ・フォルツェン様であった。
「父上、わたしの『黄金の獅子』は、『キマイラ』に敗れたわけではありませんぞ!」
「馬鹿者! 急襲してきた魔物に慌て、ダンジョンの罠にかかり閉じ込められていたのは敗れたも同然だ! ベルンハルト殿たちが潜っていなかったら、お前は生きてこの場にはおらん!」
「わ、わたしは慌ててなど! ガトーやアリアたちが戦おうとせずに小部屋に――」
「そもそも、お前に大事なアグドラファンの街の統治を任せているのは、私の後継者として領民を導く立場であることを自覚させるためであり、冒険者ゴッコ遊びをさせるためではない! これまでは好きにさせてきたが、今後は我が手元にて後継者としての再教育をするつもりだ!」
 冒険者ごっこをしている息子に甘いと言われ続けていたロメロ様も、命の危機に瀕した今回の出来事にはかなり激怒されているようで、フィガロさんに対し厳しく叱責をされていた。
「ロメロ殿、フィガロ殿も無事に帰還されたことですし、今回の件で多く学ぶことがあったと思いますので、それくらいにされた方がよろしいですぞ。お怒りになるとお身体にも触りますし」
 激高しているロメロ様は、すでに荒い息をしていた。
「歳をとってからようやくできた男子で、大事な跡継ぎと思い、今まで甘やかしてきた。だが、このまま代替わりをしてしまえば、フィガロの代で我がフォルツェン家がお取り潰しにされかねぬ」
「父上、わたしはトップクラスの冒険者として認められた男ですぞ!」
「フィガロ、お前が得た冒険者としての名声は、大金を積んで雇っているガトーやアリア、それにパーティーに属する者たちの功績であろう」
 魔物討伐の依頼も、大貴族の嫡男であるフィガロさんが戦わないで済むようガトーさんやアリアさんがメンバーたちに指示を出していたな。
 僕が属していた期間も剣を抜いた姿は見たことがなかったし。
「将たる者が軽々しく剣を振るなと父上も申していたではありませんか。わたしは人を集め率いて指示を出すことに専念していたのです」
 自分のことを良いように言い繕うフィガロさんに対し、ロメロ様の顔色が変わった。
「分かった。そのように申すなら、フィガロには我がフォルツェン家の私兵たちを率いてもらい、野外遠征の訓練をさせよう。私も若い頃に父親からやらされたものだ。食糧も水もなしで始まり、三日三晩歩き通しで目的地へ到着するだけの簡単なものだ」
 父親の話を聞いた途端、フィガロさんの顔色が蒼く染まった。
「そのようなことは家臣に――」
「有事の際は、嫡男であるお前が率いるべき兵たちだ。冒険者として蓄積した経験があればうまく兵たちの指揮もできよう。すぐに支度をいたせ。当主である私の命を聞けぬとは言わぬな」
 ロメロ様の厳しい視線に曝されたフィガロさんは、僕たちの方をキッと一瞥すると、唇を噛みしめる。
「承知しました。すぐに野外遠征の準備に入ります。ただ、ガトーやアリアは我が家臣として召し抱えるつもりですので、連れてまいりますことだけお許しください」
「よかろう。見事に訓練を成功させてみせよ」
 父親に拝礼すると、フィガロさんは肩を怒らせて部屋から出ていった。
「お見苦しいところを見せた。フィガロには、もっとしっかりとフォルツェン家の後継者という自覚を持って欲しいところだが……」
「まだ歳も若いことですし、これからに期待をするしかありませんな。ロメロ殿が直に教育をされるとなれば、フィガロ殿もひとかどの人物になってくれるでしょう」
「人物の目利きもするベルンハルト殿に、そう言ってもらえるならば、老骨に鞭を打ってあの愚息を鍛え直さねば」
 ロメロ様が当主を務めるフォルツェン家は、何名も近衛騎士団長を輩出してきた家柄であった。
 そう言えば、ロメロ様も近衛騎士団長を務めて魔物討伐や辺境の盗賊団の討伐などで武勲を挙げた人だったはず。
「そうそう、忘れるところだった。アルマーニ、例の物を」
 傍らに控えていたフォルツェン家の徴税官であるアルマーニさんが、紙をロメロ様に差し出していた。
「これはフィガロたちの救助依頼料と成功報酬である。冒険者ギルドには払い込んでおいたので証明書だけとなっておるが受け取ってくれたまえ」
 ベルンハルトさんが受け取った紙には、一〇〇〇万ガルドの金額が書き込まれていた。
 破格の成功報酬!? さすが大貴族なだけのことはある!
 ベルンハルトさんは、報酬を均等割りでくれるって言ってたから、一人当たり二五〇万ガルドの報酬かぁ。
 これでダンジョン探索の報酬や再生した装備を売り捌いていけば、自分の借金がなくなるはずだ。
「少しばかり請求した額よりも多めですが?」
「迷惑料も込みということで多めにしておる。それと、ベルンハルト殿のところに新しく入ったロルフ殿にも渡しておくものがある」
 ベルンハルトさんの後ろに控えていた僕をロメロ様が手招きして呼んだ。
「ぼ、僕ですか?」
「ああ、アルマーニに調べさせていたが、どうやらフィガロが貴殿に難癖をつけて借金を負わせたらしいではないか。これはその証文だが、これは無効なものだ。差し押さえた家の権利も金銭も全額返金させてもらう」
 ロメロ様は、そう言うと僕がフィガロさんにしていた違約金の借金を書いた証文を破り捨てた。
 そして、アルマーニさんが差し出した革袋をこちらへ渡してくる。
 一瞬、受け取っていいのか困ったので、ベルンハルトさんに視線を向けると『受け取っておけ』と頷かれた。
「あ、ありがとうございます」
「いや、我が息子が迷惑をかけて済まぬ。心より謝罪をさせてもらう」
「いえ、謝罪なんて。フィガロさんのおかげで、今の僕があるんで」
 ソロの冒険者としてゴミ拾いとかしてなかったら、エルサさんと出会うこともなかっただろうし、ベルンハルトさんたちのパーティーに入ることもなかった。
 なので、追放してくれたフィガロさんには、恨みもあるけど感謝の方が多く感じる。
 その後、僕たちはキマイラ討伐の話を肴にして、ロメロ様から屋敷で盛大な歓待を受けることになった。