みんなの視線が自分に集まっているけど、荷物持ちとしての採用のおかげで、視線に棘を感じることはなかった。
「その話、ちょっと待ちたまえ!」
 囁き合う声の中、よく通る声が聞えてきた。
 声の主は、鎧姿のフィガロさんだった。
 珍しい、フィガロさんがこんな混む時間帯に冒険者ギルドに顔を出すだなんて。
 いつもなら、ガトーさんとアリアさんに、依頼の選択は任せてたはずなんだけどなぁ。
 後ろにガトーさんとアリアさんを引き連れたフィガロさんは、つかつかとこちらに向かって歩いてくる。
「ベルンハルト殿、貴殿には昨夜、我が『黄金の獅子』への加入をご依頼したはず。それなのにその使えない底辺冒険者を新たに雇い入れるとは、どういう了見だろうか?」
 目の前にきたフィガロさんの顔は、怒りからか真っ赤に染まっていた。
「フィガロ殿、その話は『慎重に検討させてもらう』と申していたはずですが?」
 ベルンハルトさんは、フィガロさんの顔を見るとウンザリした表情を浮かべていた。
 そういえば、昨日の晩にフィガロさんのお屋敷で食事してたって言ってたけど、自慢話にウンザリして逃げてきたって言ってたなぁ。
 その時、フィガロさんのパーティーへ加入を打診されていたということか。
 この辺りを納める大貴族の嫡子でもあるフィガロさんだし、ベルンハルトさんとしては、相手を怒らせないよう婉曲的に断ったつもりだったけど、勘違いされた感じかな。
「『慎重に検討する』というのは、パーティーに加入する意思があるということではありませんか! 私はベルンハルト殿とヴァネッサ殿を勧誘しただけで、そこの役立たずを勧誘した覚えはありませんぞ! そこにいるロルフは、我が『黄金の獅子』の看板に泥を塗った男ですからな!」
 フィガロさんが鼻息荒く、ベルンハルトさんの顔に向け指を突きつけた。
 僕の発動しなかったスキルの件は、フィガロさんの中でも汚点として記憶に残っているらしい。
 レアスキルの所持者として、自らの意思で僕をパーティーへ勧誘したことも影響してるんだろうけど。
 そのこともあり、フィガロさんには目の敵にされ、借金が知らない間に増えていたり、実家を差し押さえられたり、パーティー加入に興味を示してくれた人へ嫌がらせをされたりしていた。
「フィガロ殿の言いたいことも承りました。では、私からご依頼に対しての正式な返答をさせてもらいます。我が『冒険商人』は貴殿の『黄金の獅子』へ合流するつもりは毛頭ありません。せっかくのお誘いですが、私は私の道を進むのでお断りさせてもらいます」
 ベルンハルトさんは、フィガロさんが突きつけていた指を払うと、丁重に頭を下げて断りの言葉を伝えていた。
「な、なんですと!? 我がパーティーへの加入を断るともうされるのか!? あれだけの好条件を提示したのに!?」
「私は冒険者でもありますが、商人でもありますので、損が見込まれる案件には手を出さないようにしております。なので、残念ですが、お断りさせてもらう。フィガロ殿へのパーティーへの参加は、私に利益をもたらさないので」
 顔をあげたベルンハルトさんは、フィガロさんに対し毅然とした顔をしていた。
 かっこいい……僕もベルンハルトさんみたいに、しっかりと自分の意見を言えるようになりたい。
 一緒に冒険させてもらって、色々と勉強させてもらわないと。
「ベルンハルト殿、その言葉、本気で申されているのですか?」
「ええ、私は嘘を吐かない性分でして」
「承知した。今後、我が家はベルンハルト殿との取引を一切停止させてもらう。私を愚弄したことを後悔するがいい!」
 憤怒の表情を見せたフィガロさんは、そう吐き捨てると、ガトーさんとアリアさんを引き連れて、冒険者ギルドから出て行った。
「あ、あの!? 良かったんですか? フィガロさんの家との取引が――」
「大丈夫問題ない。あの家の当主はまだ父親だしな。息子が何と言おうが取引は継続されるだけの信頼は得ている。代替わりしたら絶望的だが、それまでに他の取引先を見つければいいだけの話だ」
 ベルンハルトさんは焦った顔を見せず、涼しい顔をしたまま、フィガロさんたちが去った入り口を見ていた。
「さて、これで面倒ごとは片付いた」
 一人で騒いでいたフィガロさんが去ったことで、冒険者ギルドの中には喧騒が戻ってきていた。
「ベルンハルト様、とりあえずロルフ君とエルサさんの加入手続きは終わりました」
 黙って事の成り行きを見守っていた受付嬢の人が、僕たちの加入手続きを終えたことを伝えてきていた。
 これで、僕とエルサさんもベルンハルトさんのパーティーの一員とされ、高難度の依頼への閲覧許可が出されることになる。
 パーティーの責任者であるベルンハルトさんは、Sランクのため最高難易度の依頼も受注することが可能になったけど、達成できないと意味がないどころかマイナスの査定になるので、足をひっぱらないように再生スキルの力も使いつつ頑張らないといけない。
「ああ、ありがとう。それと、これはアグドラファンの冒険者ギルドへの商談なのだが、ゴブリンなどの排出するクズ魔結晶の在庫を私に買い取らせてもらえないだろうか?」
「え!? クズ魔結晶ですか? あれは値段が付きませんよ?」
 ベルンハルトさんの唐突な申し出に受付嬢の人は驚いていた。
 これは僕が冒険者ギルドにくる間に、ベルンハルトさんに頼んでおいたことだ。
 魔結晶はどんなクズでも再生スキルの経験値になるので、ベルンハルトさんから冒険者ギルドへ直接買い取り交渉をして欲しいと説明していた。
「実はクズ魔結晶の使い道が見つかったという方がいてね。その人がまとめて買いたいらしく、集めてきて欲しいとの依頼を受けている。アグドラファンの冒険者ギルドには今、どれくらいの在庫が積み上がっているか教えてもらいたい。数量によっては料金の上乗せも考えているので」
 ゴブリンとかスライムの排出する魔結晶は小さすぎて、魔導器の動力源には使い難く、かといって野外に放っておくと野生動物が摂取して魔物化する厄介な代物だった。
 だけど、ゴブリンやスライムは繁殖力が高く、放置すれば街に重大な危機を招きかねないので、定期的に討伐依頼が冒険者ギルドから出されている。
 その討伐依頼で集まったクズ魔結晶が市場で売れない在庫として、冒険者ギルドに残っているはずだった。
「少々お待ちください。すぐに確認してまいります」
 受付嬢の人が奥に消えると、しばらくしてギルドマスターと一緒に戻ってきた。
「ベルンハルト殿、我がアグドラファンの冒険者ギルドにあるクズ魔結晶を買い取ってくれるとのお話だとか」
 ギルドマスターのフランさんが出てきたということは、ギルド側もベルンハルトさんの提案に乗り気だと思われる。
「そちらの女性にも伝えておいたが、在庫数次第では上乗せの料金も考えております」
「そのような話でしたので、すぐに在庫の確認をしてまいりました。現在、ギルドに保管されているのは三〇〇〇個ほどあります。廃棄することもできませんし、ギルド内の魔導器の動力源として使ってきてますが在庫は貯まる一方なので」
「三〇〇〇個、すべて買い取りという形でさせてもらっていいだろうか。一つこれくらいで買い取らせてもらいたい。色々と取扱いに注意が必要な品物であるし、買い取り額は色をつけさせてもらった」
 ベルンハルトさんが懐から取り出した算盤をフランさんの前に差し出す。
 一つ、三〇〇ガルド!? 買い取り額の一〇倍以上だ!?
 金額についてはベルンハルトさんに任せてたけど、それにしてもかなりの額じゃ!?
「総額九〇万ガルドですか、市場価値のない品物を高額で買い取ってもらえるのはありがたいし、ベルンハルトさんみたいに身元がしっかりした人なら、販売先もしっかりしてるはずだしな。よろしい、その額でお売りさせてもらいたい」
「ありがたい。引き取った魔結晶は責任を持って、依頼者に引き渡し、使途も確認させてもらうようにはする」
 提示された額は、ギルドマスターのフランさんも納得の額だったので、商談は即決だった。
「決済資金は冒険者ギルドの私の口座から引き落としてもらっていいだろうか?」
「承知しました。すぐに処理をいたします。品物も出してまいりますので少しお待ちください」
 フランさんとの商談が決まったのを見た受付嬢の人が、手早く書類を書き上げ、再び奥に消えていった。