今日のおすすめ定食は、パンと豚のソーセージと野菜のシチューか。
「リズィーはソーセージくらいなら食べられるか?」
 食事の受け取り場所の近くは、依頼を遂行して帰ってきた他の冒険者で溢れており、リズィーが踏みつけられないよう革の部分鎧の隙間に入れていた。
 そのリズィーが、肉の匂いに釣られて鎧から顔を出して、食べたそうに鳴いている。
「よしよし、リズィーはソーセージにしとこうな。エルサさんと僕はおすすめ定食にしとくか」
 注文する物を決めると、忙しそうに食事を提供している給仕係の女性に話しかけた。
「すみません、おすすめ定食二つと豚のソーセージ単品でください」
「定食二つとソーセージ単品ね。札どうぞ! あら、ロルフ君か。シチューは大盛にしとくから、ちゃんと食べないとダメよ。オーガを倒したらしいけど、その細い身体のままじゃダメダメ。冒険者は身体が資本だからね。
 給仕係の女性は、ここで食事を食べる時、いつも僕の分は大盛にしてくれている。
 借金してお金がなくて、ギリギリの生活をしていたので、大盛にしてもらえた食事は成長期の身体にはありがたかった。
「いつもありがとうございます。ちゃんと残さずに食べさせてもらいます」
「できたら番号呼ぶから、待っててね」
 番号の札を受け取ると、エルサさんが確保してくれた席に向かう。
「ロルフ君、この席でいいよね?」
 エルサさんが選んだ席は、窓際で角にある二人掛けのテーブル席だった。
 カウンター席じゃないし、リズィーもテーブルの上で食事できそうだし、酒に酔った他の冒険者に絡まれることも少ない場所だ。
「ありがとうございます。まだ、この席空いてたんですね。いつもわりと早く埋まっちゃう場所なんだけどなぁ」
「席取りしてる人がいたけど、譲って欲しいと頼んだら、どいてくれたの。アグドラファンの街の人ってけっこういい人が多いよね。村じゃ、あたしが近づくだけでみんな嫌な顔してたのに」
 その席を取ってた人って、きっと男性冒険者だろうな……。
 エルサさんみたいに綺麗な人から頼まれれば、たいがいの男性冒険者は喜んで席くらい譲っちゃうと思う。
「それはきっと頼んだのが、とっても魅力的なエルサさんだったから譲ってもらえたんです」
「そうなの?」
 どうやら、エルサさんは自分の持つ魅力に対してかなり無頓着な人らしい。
 今もわりと男性冒険者たちからの視線を集めてるんだけど、本人は全く気付いてないし。
 自分が魅力的だと言われたエルサさんは、首を傾げながらテーブルの上で丸まって、ご飯の到着を心待ちにしているリズィーの背中を撫でていた。
「五八番の人ー! できあがったよー!」
「呼ばれたみたいなので、取ってきますね」
「一人で大丈夫? 一緒に行こうか?」
「いえ、二往復すればいいから大丈夫ですよ。エルサさんはリズィーのこと見ててください」
 注文した品をテーブルにまで二往復で運ぶと、待ちきれなかったリズィーが、エルサさんに細かく切ってもらったソーセージにかぶりついていた。
「リズィーは怪我もしてたし、お腹が空いてたんだな。いっぱい食べていいよ」
 大盛によそわれた定食の中から、ソーセージを一本、リズィーのお皿に移す。
 ソーセージから出た肉汁で顔を汚したリズィーが、喜んだように鳴き声をあげる。
「ロルフ君も成長期だから、いっぱい食べないと。あたしの一本どうぞ。はい、あーん」
 え? あ、ちょっと!? それってすごく恥ずかしいですけど!?
 いや、でも断るのはエルサさんに悪いし、嫌というわけでないし。
 自分の皿からフォークで刺したソーセージを、エルサさんはこちらへ差し出していた。
 途端に周囲の男性冒険者から突き刺すような視線が集まる。
 痛い、なんかみんなの視線が痛い。
 でも、エルサさんから食べさせてもらえるチャンスは逃したくない。
 周囲から浴びせられた刺すような視線を無視して、エルサさんから差し出されたソーセージにかぶりついた。
「おいひいですね。昨日の食事もよかったけど、エルサさんと食べる定食も美味しいです」
「そう言ってもらえると、あたしも嬉しいわ。父親がなくなって以来、誰かと一緒に食事するのも久しぶりだしね。それがロルフ君だと思うと、とっても嬉しくなる」
「僕もおばあちゃんが亡くなってからは一人飯がほとんどでしたから、エルサさんのおかげで誰かと一緒に食べるのがこんなに楽しいと思い出せました」
 僕たちの話を聞いていたのか、ソーセージにかぶりついていたリズィーも同意するように鳴いた。
「リズィーも同意してくれてるみたいですね」
「そうみたい。リズィーは子供の狼みたいだけど、人に懐いてるし、頭も良さそうな子だと思うわ。猟師だった父親から、猟犬の代わりに狼を使うって聞いたこともあるけど、たいがいの狼は人に寄りつかないんだけどね」
 エルサさんは、先に食事を終えたリズィーの顔に付いた汚れを、綺麗な布で拭いてあげていた。
 冒険者ギルドには、再生スキルと破壊スキルの話をするわけにもいかなかったので、消え去った石像から出てきたリズィーのことを報告はしてない。
 それに再生スキルが表示した『魔狼』というのが気になり、リズィーはただの狼ではないと思われる。
「リズィーはきっと特別な狼っぽいですよ。大きくなったらきっと立派な狼になるかな」
「そう言えば、勝手に名前つけちゃったけどよかったかな? ロルフ君が気に入ってる名前があるならそっちにするけど?」
「え? リズィーが気に入ってるみたいだし、僕がつけたい名前の候補はないから大丈夫ですよ。なぁ、リズィー?」
 名前を問われたリズィーは、たらふくソーセージを食べたことで満足したのか、ぽっこりとしたお腹を見せて、エルサさんに顔を拭いてもらいながら鳴いて返事をしていた。
「よかった。でも街で連れ歩くとなると首輪とか必要かな?」
「そうですね。首輪を付けてないと野良だと判断されちゃうかも。明日、エルサさんの胸当てを新調するついでに、リズィーの首輪も買いに行きましょうか」
「うん、そうしよっか。よかったね、リズィー」
「じゃあ、夕食を食べて今日の宿探しでもしますか」
 その後、夕食を楽しく食べ終えると、今夜の宿を決めるために、僕たちは冒険者ギルドを後にした。