Sランクパーティー『黄金の獅子』
 僕が成人して冒険者となり、最初に所属した冒険者のパーティーだ。
 アグドラファンの街を拠点に冒険者としての活動をしているパーティーであるが、主な仕事は貴族の護衛であった。
「ロルフ、荷物を馬車から降ろしとけ! 遅れたら承知しねぇぞ! 使えねぇお前が出来る仕事はそれくらいしかねぇだろうが! とっととやれ!」
「あ、はい! すぐにやります!」
 パーティーのメンバーで『剣の極み』を持つ、剣士のガトーさんから罵声に近い叱責が飛んでくる。
「ガトー、そうガミガミ言ってあげなさんな。あの子が期待外れだったのはもう目に見えてるし、あとはフィガロさんがどう判断するかだけだって」
 メンバーで『魔力の大壷』を持つ魔術師のアリアさんが、感情を一切感じさせない目で僕を見ていた。
「す、すみません。頑張りますから、すぐに荷下ろし終わらせます!」
 アリアさんの冷たい視線に耐えられなかった僕は、逃げ出すように馬車に駆け込み、今日の討伐で得た魔石や素材を降ろし始める。
「ロルフもそろそろクビだろうな……」
「あれだけ鳴り物入りでパーティーに加入して、この体たらく。よく耐えられるよな」
「スキルが一度も発動しねぇとか、ありえねぇだろ。普通の加護無しよりも始末がわりいぜ」
 他のメンバーたちも、馬車から荷物を降ろす僕を見てヒソヒソと話しては、侮蔑の視線を投げかけてきていた。
 僕がちゃんとスキルを発動させられたら……。
 でも、どうしてもスキルが発動する気配がないんだよな……。
 メンバーたちからの侮蔑の視線を全身に浴び、胃が痛くなるような感覚に陥る。
 神様から与えられた『再生』スキルが使えないため、少しでもパーティーに貢献しようと、パーティー内の雑用を全て僕が請け負っていた。
 おかげで休む暇もないほど忙しい日々が続いて、寝られない日々が続いている。
 荷降ろしをしていると、急に意識が遠のきそうになり、フラフラと足元がおぼつかなくなると、荷馬車から落ち地面に倒れ込んでいた。
「ロルフ! お前! 大事な商品に疵をつけやがって! クソ使えねぇうえに、損害まで出すつもりか!」
「す、すみ……ま……せん。すぐに……片付け……」
 遠のく意識の中で、ガトーさんの叱責する声だけが脳に響いていた。

 次に目が覚めると、視線の先にパーティーのリーダーであり、アグドラファンの街の近隣に領地を持つ貴族の息子であるフィガロさんの姿があった。
「ロルフ君、君には大変に失望したよ……」
 サラサラの金髪を指先で弄りながら、フィガロさんはこちらを見下ろしていた。
 金持ち貴族の一人息子で、自らの名前をひろめるために冒険者になったという、ちょっと変わった人だ。
 僕の『再生』スキルが未知のレアスキルだと知り、即座にパーティー加入の打診をくれたのも彼であった。
「す、すみません! もっと、頑張りますし、皆さんの足を引っ張らないようにしますから! もう倒れたりもしませんし!」
 現在、見習いという形でパーティーに加入しているため、僕には報奨金の分け前は分配されていない。
 けれど、祖母の生活費や自分の生活のためにも、このパーティーから外されるのだけは勘弁して欲しかった。
「悪いがうちは無能者が所属してていいパーティーではないんだよ。君の持つ『再生』スキルの可能性に賭けて加入を許したが、さすがに私もこれ以上メンバーたちからの突き上げを庇うことはできない」
 困ったような顔に見えないフィガロさんは、金色の髪を指で弄ることをやめず、ふぅとため息をついた。
「そ、そんな……」
 いや、でもそうだよな……。
 スキルが使えない自分が、ここにいる価値はないんだろうな。
 自分がフィガロさんだったら、そう思ってもしょうがないし……。
 現在の状況は自らが招いたことであるため、僕は地面に視線を落とすことしかできなかった。
「そこでだ。悪いが君にはパーティーを辞めてもらう。ここに今日まで君がパーティーに与えた損害の額と、スキルを発動させられなかったことによる加入条件への違約金をまとめた紙を作ってきた。目を通してくれ」
 地面に視線を落としていた僕の前に、フィガロさんが一枚の紙を置く。
 いち、じゅう、ひゃく、せん……五〇〇万ガルド!? こ、こんな額を払えるわけが!?
 紙に書かれた額に驚いた僕は、急いで顔を上げていた。
「フィガロさん! こんな額、僕は払えませんよ!」
「ああ、大丈夫だ。君の実家のボロ屋は差し押さえさせてもらうし、金利くらいはパーティーメンバーだったよしみで、少な目にしとく。冒険者として頑張って稼げば返せない額でもないと思うが」
 フィガロさんはニヤニヤした顔をして、顔を上げた僕を見ていた。
 実家を差し押さえ!? おばあちゃんがいるのに!? そんなのって……ないだろ。
 違約金とか払いたくないけど、僕がフィガロさんたちに迷惑かけたことは間違いないし……。
 冒険者だったお父さんたちからも、お金のことだけは、ちゃんとしなさいって言われてたからなぁ。
 自らの行いが招いたとはいえ、大金とも言える額の借金を背負うことに身体が震える。
「実家の差し押さえだけは……勘弁してください。お金は僕が稼いで必ず返しますから! お願いします!」
 自分が借金を背負うことは我慢できるけど、おばあちゃんを巻き込むことだけは……回避しないと。
 フィガロさんに対し、地面に頭を付け、僕は実家の差し押さえをやめてもらえるように懇願していた。
「いいだろう。実家の差し押さえは返済が滞るまではしないでおこう。では、証文に判をもらう」
 土下座をしている僕の手をフィガロさんが取ると、指先にわずかな痛みが走った。
 顔を上げてみると、切れた指先に滲んだ血で証文に判が押されている。
「よし、これで君は我が『黄金の獅子』から追放処分となる。あとは、新たなパーティーを組むなりなんなり自由にしたまえ。ただ、無能者と分かった君と組む相手がいるかどうか知らんがな。あっはは!」
 証文を懐に納めたフィガロさんが高笑いをしながら、僕の前から立ち去っていった。
 こうして僕はアグドラファンの街のSランクパーティー『黄金の獅子』から追放されることになり、追放された理由はすぐさま街の冒険者たちが知ることとなった。
 使えないスキル持ちのロルフ。
 ゴミスキルのロルフ。
 そんな二つ名を与えられ、僕とパーティーを組もうとする人は皆無だった。