大変なことに、俺は変態になってしまったのかもしれない。韻を踏んだのは、無意識だ。

 休み時間での会話中、昼休みの食事中。音楽のリコーダーの授業中でさえ、天の唇に目が行くようになってしまった。頭の中はそればっかで、パンクしそうで、もう重症。膨らむばっかりの妄想で、これが恋とか何かだっていうのか。

 大体、天の気持ちがよく分からん。

 普通、前世の嫁だったら、今世でも嫁にしたいって思うもんなんじゃないのか。性別的に嫁にはなれないけどさ、それでもそういう関係になりたいとか。キスだって、俺が好きだからしたんじゃないのか。

 本当に女って奴は、理解に苦しむ。

 帰りだって、一緒になるのかと思ったけれど。見たい番組があるからとかで、先に帰りやがった。なんなんだよ、あいつは。

「おっしい。今日は行っちゃう?」

 声を掛けてきたのは、隣りの席の相原光だった。断る理由も無いので、俺はオッケーと頷いた。

 中学校から俺の今の家まで、芽と花の茎ってくらい凄く近い。

 校門を出て、コンビニの前を通り過ぎて、横断歩道を渡った所だ。相原の家は、そこから公園を突っ切った先にあるらしい。方向は同じだけれど、一緒に帰るにしては距離が短すぎる。

 それなのに何故、相原が俺との帰宅を望んだのかというと、それには歴とした理由がある。

 家のマンションを通り越すと、すぐに歩道橋が見える。その階段を上がると、暮葉台公園というクソ大きな公園の中に入る。

 広い芝生、大きな池。テニスコートもあれば、バスケットゴールもあるから、たまに従兄とボールを持って遊びに来る。

 テニスコートの近くには、ちょっとした喫茶店があって。俺と相原の目的はそこだ。

 白が基調の小綺麗な店内に入ると、いつもの窓際の席に腰かける。メニューを受け取って、テーブルに広げる。相原と向き合った俺は、戦闘開始のゴングが鳴る。

「今日はどうしよっか?」と相原が目をキラキラさせて言った。

 俺と相原は甘い物連合、通称スイーツ・ユニオンという同盟を結んでいる。

 イチゴ、バナナ、あんこ、抹茶。という定番もあれば、ティラミス、シナモン、みかんといった変わり種まである。

 二人の目標は、ここのカフェのクレープ全種を制覇。しかし五十種類ものメニューを、全て一人で食べるには、時間もお金も掛かってしまう。

 でも、どんなに強いモンスターだって、仲間が居れば怖くない。クレープという名の、最強で魅力的な魔物を手中に収めるには、黒魔導士一人じゃ駄目だ。相原光という、光の魔導士の力が必要なんだ。

「これは?」と俺が指差したのは、抹茶とあんこのクレープだった。光の魔導士はその名の通り、つぶらな瞳を光らせた。

「それなら、あたしはこれ!」

 相原が選んだのは、コーヒーゼリーのクレープだった。

 なんだねそれは、と一瞬思った。

 写真を見ると、生クリームに埋もれるように、粉々になったコーヒーゼリーが入っている。なかなか凄く容赦無く、旨そうじゃないか。

 注文を済ませ、待つこと十数分。黒魔導士と光魔導士の間に、クレープという名のカロリーモンスターが現れる。

「掛かって来い、カロリー!」というのが、相原の合言葉だった。

 女の子だからか。彼女はどっちかっていうと、そっちばっか気にしていた。自分では太りやすいとか言っているけれど、俺からすれば全然そうは見えないけどな。

 クレープといえば、片手に持って食べるっていうイメージが強い。しかし、ここのクレープは皿に乗って出てくる。その上、円筒状で作られるので、ナイフとフォークを使って食べる。こういう形だからこそ、半分こがしやすいのだ。

 抹茶とあんこのクレープを、一かけサイズに切って口に運ぶ。

 分かってた。和と洋の組み合わせって、甘い物の世界だと最強ってのは分かっていた。

 カスタードのクリーミーな舌ざわりが、あんこの甘みを引き立ててくれる。どっちも甘いんだけれど、どっちもそれを邪魔していない。仲良く手を組んで、黒魔導士の俺に甘い協力攻撃を仕掛けてくれる。

 後味の抹茶も、控えめに言って最高だ。ほのかな苦みが、クリームの美味しさを増長させるなんて、全くもって憎い奴らだ。

 相原の方を見る。ゲームみたく幸せの数値があって、ゲージが見えるのだとしたら、光の魔導士のそれは百二十パーセントだ。女の子が甘いものを食べて、嬉しそうにするのって。どっかのアイドルよりも、千倍は可愛いと思うんだ。

「おっしい」

 相原はフォークを置いて、俺の方に真剣な瞳を向ける。

「美味しいな、これは」

 光の魔導士は、会議中のサラリーマンみたいな口調で言った。

「美味しいに決まっている、これは」と、俺も似たような口調で返した。

 相原がクレープを半分寄越してきたので、俺も自分の半分を差し出す。抹茶あんこクレープも、相原の口に合ってくれたのは、満面の笑みが物語ってた。

 俺もコーヒーゼリークレープとやらの実力を確かめる。やはり旨いに決まっていた。ゼリーの食感がクリームに合うのは当たり前だけれど、クレープにも合うなんて思いもしなかったぜ。

 本日の戦績も、黒魔導士と光魔導士の完全勝利。

 店を出ると相原が笑顔で手を振ったから、俺も笑って手を振り返した。甘い物は、女の子を笑顔にする魔法を持っている。

 美味しいものを食べて、嬉しいと思う感情。共有するなら、そんな気持ちの方がいいに決まっている。前世の天に呪いをかけた魔術師や、前世のきのみさんも、そういう魔法は使えなかったんだろうか。