「家庭科っていうと、今は裁縫だよね。男がそんな女っぽいものやってられるかってこと?」
「違うよ。というかその話、まだ続いてたの?」
「どうしても、あなたがサボるようなタイプには見えなくて、気になるから。で、本当の理由は何?」
正直、彼が授業を休んでいる理由はどうでもよかった。
ただ単に、もっと話していたいと思ってしまったのだ。
「あはは。参ったな。じゃあ、僕が授業をサボった本当の理由を教えるよ。でも、笑わないでほしいな。僕はね――」
記憶はそこで途切れた。
気づくと、私の部屋の見慣れた天井が視界にあった。
「シロちゃんと、初めて会ったときの、記憶……?」
急いで起き上がり、カーテンを開く。眩しい朝日を浴びながら机に向かい、ノートにメモをとる。
今回も、シロちゃんの本名はわからなかった。
例によって、彼の顔はもやがかかったように脳内で再現されず、思い出すことができない。
それでも――恋に落ちた感覚は残っていた。
シロちゃんを見た瞬間、世界が一変した。
心臓が高鳴り、全身を電流が走って、脳が正常に働かなくなる。
この人が運命の相手なのだと、身体がその全ての機能を使って教えてくれているようだった。
体が熱を帯びているのは、きっと夏の気温のせいだ。
それか、起きたばかりだから。
私は左胸に手を当てる。
まだ、心臓が速かった。
私は恋をしたことがないのに、月守風香の記憶で、恋に落ちる瞬間を知った。
とても、不思議な気分だった。