高校での最初のホームルームが終わった休み時間。私はトイレに行こうとして、教室を出た。

 ところが、トイレの位置がまだはっきりとわからなかった私は、逆方向に歩いていたらしい。それに気づいて引き返そうと振り返った瞬間、誰かと肩がぶつかってしまった。

「あっ、すみません」

 接触したのは、黒い学ランを着た男子生徒だった。自信はまったくないけれど、同じクラスにはいなかったと思う。彼は驚いた様子で私を見ていた。

「えっと……」

 もしかして怒っているのだろうか。まさかカツアゲなんてされないよね。しかし、数秒待ってみても、彼は一言も喋ろうとしなかった。

 真っ直ぐに私を見る視線からは、なんの情報を読み取れない。

「すっ、すみません」

 なんだか怖くなってきてしまったため、私はそう言って、早歩きで逃げた。

 彼の驚いた様子は、いったいなんだったのだろう。もしかして、幼稚園が一緒だったとかかもしれない。しかし、彼の顔をもう一度思い浮かべても、まったく心当たりはなかった。

 その当時こそ疑問に思っていたが、入学して一ヶ月も経つと、その出来事は私の記憶の奥底にしまわれて薄れていった。

 入学式の最中に目が合った教師の件と同様に、思い出すこともなくなっていた。