次に、シロちゃんが何者かということだ。

 〝シロちゃん〟という呼び方を、記憶の中で月守風香はしていた。残念ながら本名はわからないし、思い出せない。そのうえ、どんな顔をしていたかもわからない。

 記憶の中では、しっかりと彼の顔を認識していたはずなのに、今思い出そうとしても、顔の形を成す前にぼやけてしまう。原因は不明。

 立場としては、シロちゃんは月守風香の彼氏である。

 私は生まれてこのかた、誰とも付き合った経験がない。そのため、彼氏というものがどういった存在なのかは、本で得た知識や、友人から聞いたこと以上のことは、残念ながら理解できない。

 しかし、月守風香が抱いていた、シロちゃんへの特別な想いは認識できた。

 言葉では言い表せないような、唯一無二の感情。月守風香のシロちゃんに対するそれは、彼女の記憶を媒介として、私に伝わってきた。

 おそらく、人々が愛と呼んでいる感情なのだろう。私はまだ、誰に対しても抱いたことがない、どうしようもなく優しくて切ない気持ちだった。

 とにかく、月守風香が彼を大切に想っているということだけはわかった。

 まだ恋を経験したことのない私が、生まれる前に経験した恋を知っている。

 とても奇妙な感覚で、むず痒さを覚えた。