駅の改札をくぐる直前、ひと際強い風が吹いた。

「さむっ」

 私は両手で体を抱きしめるようにして震える。

 ふと上を見上げると、夜空に浮かぶ月が、私を見守ってくれているような気がした。


 
 藍梨と会った翌日。

「気持ちよさそうに寝ているな」

 夫――弓槻(ゆづき)架流(かける)が言った。

「うん」

 私が押すベビーカーの中で、一歳になったばかりの息子がすやすやと寝息を立てている。

 十一月十九日。
 この時期になると、決まって高校二年生の夏を思い出す。

 高校二年生の私は、突然よみがえった前世の記憶に悩まされていた。

 月守(つきもり)風香(ふうか)という女の子が、私の前世だった。

 彼女の記憶を追体験することはもうなくなっていた。

 けれど、あの夏のことは、今でも鮮烈に覚えている。

 人生の中で一番印象深い数日間だった。

 自分の運命は自分で決める。

 私は、前世のわたしに、そんな生き方を教わった。

 そして私は、架流との未来を選んだ。

 一年と少し前、私たちの間には子どもが生まれた。

「琴葉?」

「ああ、ごめん。何?」

 架流に呼ばれ、私は一拍置いて返事をした。

「いや、ずいぶんボーっとしてるなと思ってな。いつも以上に」

「いつも以上には余計です」

 私はぷくっと頬を膨らませる。

「相変わらず仲がよろしいことで」

 架流とは反対側を歩く、榮槇(さかまき)華舞(はるま)先生が言った。彼は今、嶺明高校の教頭の職に就いている。