「あの……」

 私は姿勢を正して母の方を向いた。

「心配かけてごめんなさい」

 まだ少し眠そうな横顔に向かって謝る。

「本当に心配したんだからね。でも、琴葉が無事でよかった」

 母の言葉には、優しさが溢れていた。

「うん。それと、いつもありがとう」

「何よいきなり。やっぱり頭でも強く打った?」

 いつもの私からは出てくることのない台詞に、母が怪訝そうに私をじろじろ見る。でも、少しだけ嬉しそうな表情は隠しきれていなかった。

 結局、母親には謎の記憶のことは言わないことにした。これ以上心配をかけたくないという配慮が半分と、言ったとしても信じてもらえないだろうという諦めが半分。

「行ってきます」

 学校の準備を終えて家を出る。

 七月の太陽は相変わらず眩しく、容赦のない暑さが私を襲う。制服の襟をつまんでパタパタと風を送りながら歩いた。駅までは徒歩で五分とかなり近いが、それでも汗をかいてしまう。