「よし、藍梨。そろそろ帰るよ」
「はぁい」
 私たちは席を立った。

「ああそうだ、鳴瀬(なるせ)さん……じゃないんだっけ、今は」
 会計を終えた私を、仙田くんが呼び止めた。

「その呼び方で大丈夫だよ。何?」
 ふらふらになった藍梨に肩を貸しながら、私は振り返る。

「よかったら、これ」
 そう言って仙田君が渡してきたのは、小さな紙だった。

「これは?」
 見ると、新しくオープンするバーのチラシのようだ。

「実は今度、自分のお店を出せることになって……。もしよかったら、来てほしいんだ」

「え? 自分のお店って、すごいじゃん!」

 後ろの方では、マスターも嬉しそうにしている。

「うん、ありがとう。だから、旦那さんも連れてぜひ」

「わかった。絶対行くね」

 私はそう言って、藍梨を連れて店を出た。



 外は秋風が吹いていて、セーターを着ていても少し寒かった。

「ごめんね、琴葉。こんな遅い時間まで」
 駅までの帰り道の途中。両手を顔の前で合わせて、藍梨が言う。どうやら酔いが醒めたらしい。

「ううん。大丈夫だよ。子どもの面倒も旦那が見てくれてるし」

「ま~た羨ましいことをおっしゃる。ああ、そういえば、明日じゃない? よかったら息子さん、預かりましょうか?」

 そう。明日だ。

「いや、今年は一緒に連れていくことにしたの」

 それに、藍梨に預けようものなら、何か変なことを教えられて返ってくるかもしれないし。

「そうなんだ」
 藍梨が少し残念そうな顔をしたので、私の考えはおそらく正しい。