運命の人をめぐる、ある非日常的な出来事が起こった高校二年生の夏。
私は與くんが運命の人だと勘違いをして、重大な話があると呼び出してしまったのだ。
結局、勘違いでした、なんて言える雰囲気でもなかったので、代わりに前から思っていたこと、すなわち、記事に書いてあることを告げたのだった。
うすうす、彼が悩んでいたことには気づいていたけれど、そんな、人生を変える一言だなんて……。軽く励ましたつもりだったのに。
私の勘違いが彼を人気作家にしたと考えると、感慨深いものがある……ような気もする。
「それにしてもさ、この同級生の女の子って誰なんだろうね。琴葉、知らない? 同じ文芸部でしょ?」
突然藍梨からそんなことを言われて、飲んでいたホーセズネックを吹き出しそうになる。
ホーセズネックというのは、グラスの縁に飾ったレモンを馬の首に見立てた、ブランデーベースのカクテルだ。私が一番好きなお酒でもある。
「さ、さあ? わからないけど、與くんの小説は面白かったし、みんなそう思ってたんじゃない?」
「ふーん。みんな……ねぇ」
「そういえば藍梨、最近彼とはどうなのよ」
まだ気になっているらしい彼女の追及を逃れるため、私は話題を変える。
「それが聞いてよ琴葉ぁ! あいつったらね、土日は嶺明高校のバレー部のコーチなんかしてるのよ! おかげでどこにも出かけられなくて」
餌を前にした獣のように食いついてきた。
「早く結婚しちゃえばいいじゃない」
「そうなんだけどさぁ」
大きなため息をつく。
藍梨は現在、燈麻くんと付き合っている。
高校のときから数えると、もう十年近い。いい加減結婚してもいいのでは、と会うたびに思うのだが、藍梨はなかなか踏ん切りがつかないみたいだ。
燈麻くん、いい人だと思うんだけどなぁ。