「でも、僕にたどり着くのがずいぶんと遅くなったみたいだね」
「記憶の中で、私は彼のことを、シロちゃんというあだ名でしか知らなくて。でも、シロちゃんっていうあだ名は、どこから……」
なんとなく、予想はついていた。
「僕の父親の名字が、帯城なんだ」
オビシロだから、シロちゃんか。
でも、今の先生の名字は……。
私は予想していたことをそのまま口にする。
「ご両親が、離婚されたんですか?」
月守風香が告白した記憶で、シロちゃんは両親が離婚しそうだと言っていた。そのときに『僕のせい』と言っていたのは、おそらく――。
言ってから、少し失礼だったかなと思う。
しかし榮槇先生は、穏やかな笑みを絶やさずに答えた。
「うん。もう知ってると思うけど、僕は先端恐怖症だ。今ではかなりよくなったけれど、昔は生活に支障をきたすようなレベルでね。時計の針を見るだけでもパニックになったりしてたんだ。両親も色々と大変だったと思う」
先生は昔を懐かしむように、何もない空中に視線を向けた。
「僕のために、家中の先の尖ったものを処分したり、何人かの専門家に治療法を相談したり。でも、やっぱりストレスは溜まっちゃうみたいで……。責任を押し付け合うようにもなってしまったんだ。そのうち、夫婦の関係にひびが入って……。今でもまだ、申し訳ないと思ってる」
悲しそうな顔。
そういえば昨日、階段で助けてもらったときに見えた先生の腕時計も、針のないデジタル表示だった。
誰のせいでもないのに、理不尽な不幸が降りかかってくることがある。
高校生の私は、そんな残酷な現実をもう知っている。