「ち~よこちゃ~ん」

 男子生徒が教室のドアからひょこっと頭を覗かせ、歌うように言った。彼の後ろで、二、三人の取り巻きがワッと笑う。

 羽酉先生にちょっかいを出している生徒は、たしか篠……なんだっけ。

「こら! 篠崎(しのざき)くん、先生のことを下の名前で呼び捨てにしない!」

 そうだ、篠崎だ。

 そして、知世子(ちよこ)というのが羽酉先生の下の名前だということを、わたしはこのとき初めて知ったのだ。

 クラスメイトの名前も、担任の名前もろくに覚えようとしない。

 そんな生徒なら、たしかに呼び出したくなる気持ちもわかる。

「上の名前でならいいんですか~? 知代子せんせ~!」

 中学生の男子って、本当にガキ。

「篠崎くん、いい加減にしなさい。ちょっとそこで待ってるように!」

「屋上で待ってま~す」

「私が高いところか苦手だって知ってて言ってるでしょ! そういう人をバカにする態度は――」

 羽酉先生の注意は、今は完全に篠崎に向いている。
 この隙を有効に使わせてもらうことにした。

「じゃ、先生、そういうことで。さようなら」

「あっ、ちょっと! 月守さん⁉」

 素早く立ち上がり、荷物をつかんで教室を出る。
 後ろで、羽酉先生のため息が聞こえた。

 廊下を早歩きで進み、昇降口へと急ぐ。