「琴葉! 琴葉!?」
遠くで聞こえるのは、よく知っている声。その声は安心感を伴って、だんだんと近づいてくる。
うっすらと目を開けると、母親の涙に濡れた顔が目の前にあった。
「琴葉!? よかった……」
状況がわからなかったのは一瞬だけ。すぐにクラクションの音を思い出す。
そうか、私はトラックにはねられて……。
母親に強く抱き締められながら、記憶を再生する。
修学旅行は? バスが事故に……。血まみれのシロちゃん。
シロちゃんって、誰?
風香って……誰?
これは、誰の記憶?
「ショックで気を失っていただけのようです。手のひらと膝に擦り傷はあるものの、トラックとの接触はありませんでしたし、大丈夫でしょう。念のためこれから検査はしますが、おそらく問題ないと思います」
白衣を着た三十歳くらいの男性が、感情を含まない淡々とした声で話す。
母親が「ありがとうございます」と頭を下げて礼を述べた。
つられて同じように頭を下げるも、私はまだ状況を把握しきれていなかった。
壁に掛けられたカレンダーで、今日の日付を見る。
そうだ、期末テストの最終日。テストを受けて、その帰りに自転車で転んだんだ。
それで、車道に投げ出されて……。接近するトラックとクラクションの音。
私が明確に覚えているのはそこまでだった。