第3話 血風(かぜ)立ちぬ

 第3話 登場人物

【名無し】の剣士
ディスコルディア
キリ
ガーネット
オルカ
【黒竜帝国】の兵士たち
ビリー・ザ・キッド
イシス
レッサードラゴン


※【名無し】の剣士は契約の代償で一切喋ることができなくなっています。
 なので、【名無し】の剣士の後に続く「」の中の言葉は、彼が心の中で喋っているものであると思ってください。

※喋ることができない【名無し】の剣士がディスコルディアとどうして意思疎通できるかなのですが、契約関係にある以上、二人は運命共同体、文字通り一心同体みたいな感じのものなので、そういうわけだから通じ合えているって思ってください。



〇【異世界】の森 崖の上 (夜)

【異世界】の森を見下ろせる崖、その上の茂みの中、双眼鏡を覗いている人物がいる。
 ビリー・ザ・キッド登場。
 双眼鏡の先、【黒竜帝国】兵たちが大慌てで湖へと向かっている。
「なんか面倒くせぇことになってきやがったな」と、呟く。

ナレーター
「出会いは、いつだって偶然から生まれる。偶然は、いつだって必然である」


〇異世界の森 湖 (夜)

【名無し】の剣士
騎士(どらうぐる)になる契約はともかく、いのう(・・・)なんていうわけのわかわからんものと引き換えに、声を奪う(ぬすむ)とは。てめぇは可憐な乙女のナリをした魑魅(もうりょう)だな」

ディスコルディア
「フーフフフ♪ 大いなる力には、代価が必要なのだよ」

【名無し】の剣士
「で、これはその代価とやらのオマケか?」

 ディスコルディアと問答中の【名無し】の剣士を、武器を構えた兵士たちが取り囲んでいる。

(※兵士たちには、【名無し】の剣士がただ突っ立っているようにしか見えていません)

 兵士たち、「貴様、何者だ?」とか言うが、【名無し】の剣士は既に契約の代償で声を失っているため、答えることができない。

【名無し】の剣士
「つーか、どうすんだよ。相手(ひと)意思の疎通(やりとり)ができねぇぞ。洒落になんねぇよ。やべーよ、
マジでやべーよ」

ディスコルディア
「案ずるな。減らず口など、あって百害だ。声などなくとも、この私が楽しませてくれる。この、楽しい楽しい【異世界】を楽しく導いてやる。お前は私の契約者、【魔神】ディスコルディアに選ばれし騎士(ドラウグル)。余計な不自由だけはさせぬ」

 と、その時「なにをしている!」という声。
 指揮官の女兵士ガーネットが、兵士たちの囲みを割って登場。
 ガーネット登場。
 兵士たち、「妙なやつが現れまして」ことの成り行きをガーネットに説明。
 ガーネット、【名無し】の剣士に武器(※レイピア)を向け、「何者か知らないが、同行を願おう」と言い放つ。
 答えない(※答えられない)【名無し】の剣士の態度に苛立つガーネットの背後から、巨漢の兵士が現れる。
 オルカが登場。
「言って分からないなら、少し痛い目みせてやるといい」と、オルカ。武器の鎖付き鉄球を取り出し、頭上で振り回し始める。サディスティックな笑みを浮かべ、「おらぁ!」と鉄球を放つ。
 だが、鎖が途中で切れ、鉄球は明後日の方向に飛んでいく。呆気にとられるオルカだが、次の瞬間、他の兵士たちを巻き込んで吹っ飛ばされる。
 その前に、何事もなかったかのように立つ【名無し】の剣士。

※この間に起こったこと※
【名無し】の剣士、ほぼ止まっているようにしか見えなかった鉄球が放たれる瞬間、踏み込んで片手で抜刀、鎖を切断、そのままの勢いに乗ってオルカの顔面に膝蹴りを叩きこんだ。
 これを、片腕にキリを抱えたままやっています。

 兵士たちの間から、ざわめきが起こる。彼らには、【名無し】の剣士の動きが速すぎてなにが起こったか分かっていない。
 兵士の何人かが顔面を無残に潰されて仰向けに倒れているオルカを見た時、「コノヤロウ、やりやがったな!」「かかれ! 殺せ!」ってなって、無防備に立っている【名無し】の剣士に一斉に襲い掛かる。
【名無し】の剣士、【異世界】の未知の武器相手に向ってくる兵士たちに喜び、「面白ぇ! かかってこいよ!」と刀を再び抜き放ち、襲い掛かってきた兵士たちを全員返り討ちにする。兵士たち、鎧を着ているのだが、【名無し】の剣士はお構いなし。鎧ごと、まるで豆腐のように叩き斬る。
 瞬く間に、兵士たちは全滅。生き残りは、ガーネットだけになる。
 その戦いぶりを見たガーネット「まさか、貴様はあのお方たちと同じ存在なのか?」と呟く。

(※このセリフで、既に【黒竜帝国】に騎士たちがいることが読み手に提示されます)

【名無し】の剣士、ガーネットの方を見る。死を覚悟するガーネット。
 だが、二人の間にゴルフボール大の球体(※煙幕)が数個飛んで来る。球体、破裂し、煙をもうもうと噴き上げる。
 そこに馬に騎乗した兵士が現れ、煙に紛れてガーネットを抱えて逃げ去る。
 煙が晴れた時、既にそこにガーネットはいない。

【名無し】の剣士、咳き込みながら「ちっ!」と舌打ちし、「逃げたか……」
追いかけようとして、そして、思い出したように腕の中のキリを見る。「なんとなく助けてちまったが、さて、どーすっかなー?」と、気まずそうに頭をかく。
 そんな【名無し】の剣士を、ディスコルディアは恍惚とした表情で見ている。

ディスコルディア
「なりたてにしては、素晴らしくよく殺ってくれる! フーフフ……この程度、前菜(オードブル)にもならならぬというか! 嗚呼……お前はこの先、この世界で、どれほどの血を流させ、どれだけの命を刈り取り、どれだけ以上の魂を吹き飛ばすというのだ!? フフ、楽しみだ……フフフ、フーフフフフ!! わたしは、とてもとても楽しみで仕方ない!」


〇【異世界】の森 (夜)

 ドイツのシュヴァルツバルトみたいなうっそうとした森の中。
 後ろにガーネットを乗せ、馬を走らせる兵士。
 駆けつけるのが遅くなったことを詫びる兵士に、ガーネットは「お前一人か、なにかあったのか?」と聞く。兵士が答えようとした瞬間、矢が飛んできて馬に刺さる。
 馬が悲鳴を上げて倒れる、落馬する二人。
 隠れていた盗賊たちが現れ、二人を取り囲む。


〇【異世界】の森 崖の下(夜)

【名無し】の剣士
「せめて、ここが一体どこなのか聞いてから殺るんだった」

ディスコルディア
「気にするな。結果オーライだ。貴様の性能はあらかた理解できた。あとは早いところ、食い散らかし甲斐のあるメインディッシュを見つけなければ!」

【名無し】の剣士
「めいんでぃっしゅ? なんだそりゃあ?」

ディスコルディア
「知らないのか? ご馳走のことだ。そしてそれは、例えでもある。我が契約者たるお前への戦いへの欲求を満足させてくれる唯一。……で、我が契約者よ。いい加減、あれをどうにかしたらどうだ?」

 わけわかんねぇといった面持ちでいる【名無し】の剣士に、ディスコルディア、背後を指差す。そこには、キリがいる。
 キリ、ある程度距離をとって、【名無し】の剣士の後を付いて来ている。

ディスコルディア
「責任をとれぬというのなら、無責任に助けるんじゃない。……殺せ」

 その一言に、キリ、びくっ! ってなる。


〇【異世界】の森 崖の上 (夜)

 ビリー、「あーあ、やべぇな、こりゃあ」と呟き、双眼鏡を脇に置く。
 立ち上がり、「来たれ……」と呟く。
 風がないのに髪がふわりと揺れ、足元から生まれた光が顔と、背後のイシスを照らす。
 光はほんの数瞬で収まる。ビリー、肩にRPG-7(※ロシア製対戦車ロケット擲弾発射器)を担ぎ、崖下に向け、構える。
 照準の先には、【名無し】の剣士。


〇【異世界】の森 崖の下 (夜)

【名無し】の剣士、キリに見せつけるように刀を抜く。
 それを見たキリ、へたり込む。その表情は、絶望の色が濃い。助けられたと思った瞬間、裏切られたのだから。

【名無し】の剣士、そのままキリに向って突っ込む。

キリ
「い、嫌……助」

 しかし、【名無し】の剣士はキリを殺さない。
 擦れ違い様にキリを片腕に抱え、そのまま突っ走る。 
「え? え?」とキョドるキリ。
「グォォ!」みたいな咆哮が上がり、横手から、それまで二人がいた場所目掛けてレッサードラゴンが突っ込んでくる。

※レッサードラゴンとは?
 頭に二本、鼻先に一本、長くて大きい角を持つドラゴン型の魔物。体長は大体7メートルくらい。
 トリケラトプスっていう恐竜みたいな外見をしています。

レッサードラゴン、【名無し】の剣士たちを追おうと首を巡らせる。
走り出そうとした瞬間、爆発音と共に頭が吹き飛ぶ。
(※ビリーが放ったRPG-7が直撃したためです)


〇【異世界】の森 崖の上

 バックブラスト(※RPG-7を発射する際、砲身の後方から発生する高熱・高速の気流)が上がる中、立ち上がるビリー。「殺ったか?」と言うのに対し、「前を見るのです、このバカチン!」とイシスが怒る。
 ビリーの目が、「はぁっ!?」と驚愕に見開かれる。
 その目には、夜空に昇る満月をバックに宙を舞う【名無し】の剣士の姿。
 お互い、眼が合う。【名無し】の剣士の顔に、攻撃的な笑みが浮かぶ。
 次の瞬間、【名無し】の剣士、刀をビリーに向け、投げる。

 ビリー、「ギャアアアアア!?」って悲鳴を上げる。直後、轟音。

ナレーター
「その必然は、いつだって宿命(さだめ)邂逅(であい)を呼ぶ。運命に()かれた者同士、強さに()かれ合う者同士」


〈ルーザー=デッド・スワロゥ 第3話 了〉