第1話 東風(こち)()かば

 第1話 登場人物

【名無し】の剣士
ディスコルディア
キリ
ミスラ
メリュジーヌ
ペルセポネ
イシス
アスタルテ
ヴェルダンディ
ナレーター



〇【異世界】の森 (昼)

 シュヴァルツバルトみたいなうっそうとした森が広がっている。
(※第2話で明らかになりますが、【異世界】の森です)
 そこを、キリが必死に走っている。
 背後から「待て!」という声が複数追いかけてくる。
 キリのワンピースドレスのポケット(の中身)が、淡い光を発しているが、キリは気付かない。

キリ
「助けて、誰か……嫌、死にたくない……!」

 キリの声に反応するよう、光が強まる。


〇現世 どこかの島 (昼)

 砂浜で、二人の剣士がにらみ合っている。
 さながら、巌流島の決闘である。

(※実際、このシーンは巌流島の決闘をモチーフにしています)

 激突、剣戟の音――激しい斬り結びの果て、片方が額から血を噴き上げて倒れる。
 倒れた方が、本作の主人公、【名無し】の剣士。

ナレーター
「決闘に勝率などありえない。勝者(ウィナー)敗者(ルーザー)が生まれるだけ、ただそれだけ」

 砂浜に仰向けに倒れ、目を薄く開いている【名無し】の剣士。
 目にほとんど光がない。もう間もなく死ぬだろう。
 額は無残に割れ、そこから既に大量の血が流れ出ている。

ナレーター
「だが、これは物語の序章に過ぎない」

 空を、沢山のツバメが飛び交っている。
 しかしそれは、【名無し】の剣士が今際の際に見ている幻影である。

(※以降、【名無し】の剣士の心の声を、【名無し】の剣士・Mと表記します)。

(※【名無し】の剣士の回想)

〇現世 どこかの山の中 

 一心不乱に剣を振るい、修練に励む【名無し】の剣士。
 素振り、滝行、洞窟での瞑想なども行う。
【名無し】の剣士、ある時、飛んできたツバメを斬り捨てる。

【名無し】の剣士・M
「だが、俺は敗れたのだ」

(※【名無し】の剣士の回想 終了)


〇現世 どこかの島 (夕方)

 夕陽が沈もうとしている。それは、【名無し】の剣士の命が尽きようとしていることの比喩。
 数多のツバメの幻影が飛び交う中、【名無し】の剣士は逝こうとしている。

【名無し】の剣士・M
「ツバメたちよ、さぞかし俺が憎かろう。俺は神速の領域の剣技を手にすべく、お前たちを斬った。斬って斬って斬って斬って、斬った。結果はどうあれ、俺はお前たちの屍を踏み台にした。そして、この敗北は、お前たちへの冒涜だ。……俺を地獄に連れていくなり、なんなり好きに」

ディスコルディア
「なんなり好きに、なんだ?」

 ディスコルディア登場。
【名無し】の剣士を覗き込むようにして、ディスコルディアが立っている。
 ディスコルディア、死にかけの【名無し】の剣士を見て、「……悪くない。お前で良さそうだ」と言う。
 怪訝そうな表情を浮かべる【名無し】の剣士。

ディスコルディア
「このまま戦いに身を置き、武を極めん者として、無様に敗れ、ただ死んでいくなど、つまらぬと思わぬか? つまらぬ、と()うのならば……雛僧(こぞう)、わたしを受け入れろ。ここで散ることを、無様に終わることを拒むのなら、死の境界を踏み越えた先、安寧など許されぬ戦場(いくさば)に臆さぬというのなら、至高(たかみ)渇望する(のぞむ)というのなら……雛僧(こぞう)、わたしと契約し(ちぎり)騎士(ドラウグル)となれ。わたしは【魔神】ディスコルディア。【英雄】たる資質を持つ人間を、騎士(ドラウグル)へと昇華させる者」

 わけが分からず戸惑いの表情を浮かべる【名無し】の剣士にディスコルディア「お前を打ち破った、あの剣士以上になりたくないのか?」と言う。

【名無し】の剣士の脳裏に、映像が断片的に浮かぶ。

【名無し】の剣士のそれまで生き様が映像となり、断片的に浮かぶ。
 修行時代から、先程の決闘、そして負けるまで。
 最後に浮かんだ映像は、自分を打ち負かした相手の剣士の後ろ姿。

ディスコルディア
「迷うな。時間はあまりない。貴様の魂は、既に燃え尽きかけの蝋燭だ。間もなく、死神の腕に抱かれよう。さあ、どうする?」

 ディスコルディアの背後に、黒い霧が発生する。
 そこから、大鎌を携え、黒いローブを羽織ったガイコツ(※死神)が這い出てくる。

【名無し】の剣士、「契約を渇望する(のぞむ)!」と言い放つ。
 対し、ディスコルディア「契約、成立だ!」と叫ぶ。
 その際浮かべた「してやったり!」って笑顔は、どこか、奸智に長けた悪魔の笑みを思わせる。

 瞬間、ディスコルディアの身体が光に包まれる。
【名無し】の剣士の視界、光に遮られる。
【名無し】の剣士に迫っていた死神、吹き飛ばされる。

 光が収まった時、そこにいるのは巨大な神々しい純白の鳥。
 それは、ディスコルディアが変身した姿。
(※不死鳥とか朱雀みたいなのをイメージしてください)。
 既にそこに、【名無し】の剣士の姿はない。

ディスコルディア
「今しばらく微睡め(ねむれ)雛僧(こぞう)……いや、我が騎士(ドラウグル)よ。いざ、行かん!」

 変身したディスコルディア、翼を広げ、大空へと飛び立つ。
 死神、追いすがろうとするが、振り振りきられる。

 ディスコルディア、そのまま成層圏を突き抜け、宇宙へ。
 星々の間を抜けてどこかへと消えていく。

ナレーター
「その世界の歴史の記録によれば、一人の名を持たない剣士が決闘に敗れ、無念の死を遂げたという。だが、これは物語の序章に過ぎない。何故なら、時代と場所は異なるが、同じようなことが世界各地で起こっていたからだ」


〇世界各地のあらゆる時代で

ミスラ
「竜の名を持ちし誇り高き名君にして暴君よ、我が名は【魔神】ミスラ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】ミスラから勧誘を受けたのは、15世紀のワラキア公君主、ヴラド3世。

テロップ
『1476年 ルーマニア』


メリュジーヌ
「絶対無敗の銃の勇士よ、我が名は【魔神】メリュジーヌ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】メリュジーヌから勧誘を受けたのは、フィンランドの狙撃手シモ・ヘイへ。

テロップ
『2002年 ロシア』


ペルセポネ
「剣鬼と恐れられし武士(もののふ)よ、我が名は【魔神】ペルセポネ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】ペルセポネから勧誘を受けたのは、新選組副長、土方歳三。

テロップ
『1869年 日本』


アスタロト
「昇ることなく命を終えた心優しき者よ、我が名は【魔神】アスタロト。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】アスタロトから勧誘を受けたのは、新選組六番隊組長、井上源三郎。

テロップ
『1868年 日本』


イシス
「無念の果てに潰えし法に繋がれざる者(アウトロー)よ。我が名は【魔神】イシス。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】イシスから勧誘を受けたのは、アメリカ西部開拓時代のガンマン、ビリー・ザ・キッド。

テロップ
『1881年 アメリカ』


ヴェルダンディ
「可憐な騎士にして勇猛な聖女よ。我が名は【魔神】ヴェルダンディ。ヒトを……【英雄】たる資質を持つ者を、騎士(ドラウグル)昇華させ(かえ)し者なり」

【魔神】ヴェルダンディから勧誘を受けたのは、フランスの聖女ジャンヌ・ダルク。

テロップ
『1431年 フランス』


【魔神】ヴェルダンディがジャンヌ・ダルクを勧誘した時、丁度火刑の最中。
火刑台を囲む民衆たちから「なんということだ!」「見ろ、ジャンヌ様のご遺体から純白
の鳩が!」「なんてことだ! 俺たちは、俺たちは……本物の聖女を焼き殺してしまったんだ!」「神よ、お赦しを!」という声が上がる
実際は奇跡でもなんでもなく、【魔神】ヴェルダンディが巨大な純白の鳥に変身し、空へ舞い上がっただけ。
しかし、民衆はそれを知らないので、大パニックになっている。


ナレーター
「もしかすれば、ありえたかもしれないことだ。されど、これはこの世界の歴史の一端であり、もう終ってしまったことだ。そして、騎士(ドラウグル)となった者たちにしてみれば、最早関係ないことなのだ」


〈ルーザー=デッド・スワロゥ 第1話 了〉