「おかえりなさい、今日も皆いい子にしてましたよ」
 子どもたちのお迎え時間、鬼三兄弟を迎えにきた彼らの母親に、にっこり笑ってのぞみは言う。
 鬼の母親が「あらまぁ」と声をあげた。
「うちの子らがいい子にしてたとは、びっくりですよ。でも先生はいつもそう言ってくださる。チビたちも楽しく通っているし、どうやら保育園は子を安全に預かってくれるだけじゃないみたいですね」
 その言葉に、のぞみは嬉しくなって頷いた。
 あやかしとしての力が強い鬼の彼らは、のぞみが来たばかりの頃はどこか他の子どもたちを馬鹿にして威張っているようなところがあった。半分人間のあやかしの子、太一が入園した時は、それで一悶着あったのだ。
 でもその出来事を乗り越えて、太一と仲間になってからは彼らと他の子どもたちとの関係は少し変わったとのぞみは思う。
 相変わらずリーダー格であることには変わりないが、かの子に注意されてもべつに怒ったりはしないし、さりげなく他の子どもたちの手助けをしていることもあった。
「ひと昔前は、鬼は鬼らしく人間や他のあやかしたちから舐められないようになんて言って育てていましたけど、うちは家業が家業ですから、人間との関わりも多いのです。案外気遣いなんかも必要なんですわ」
 鬼一家の家業は、人間の親が子を叱る時に使うスマホのアプリの配信だ。
 正体を隠しているとはいえ、人間とうまく付き合っていくためには社会性も必要だということだろう。
「保育園ができる前に産んだ子らは随分とそれで失敗しました。でもこの分だと、チビたちは大丈夫そうですね」
 そう言って母親は艶やかに微笑んだ。
 縞模様の和服がよく似合う、どこかアダっぽい感じがする彼女は、すでにたくさんの子どもがいる母親だとは思えないくらいに若々しい。
 あやかし園に来てもうすぐ一年になるのぞみだが、あやかしの年齢だけは、未だに見当がつけられないままだった。
「三人とも、えんちゃんの面倒をよくみてくれますよ。本当にいいお兄ちゃんで……」
 母親が満足そうに頷いた。
「ならこれで赤子が産まれても安心だね」
 そう言って着物の帯の下あたりをそっと撫でる。
「え⁉︎」
 その仕草に、のぞみはピンときた。
「じゃあ、赤ちゃんが……?」
 母親がまた嬉しそうに頷いた。
「ふふふ、産まれるのは秋ですわ。そしたらまたお願いいたします」
「も、もちろんです……」
 唖然としながらも、のぞみはなんとか相槌を打つ。
 保育園に通う子らは六平を筆頭に三人だから、……えーと、次はなに平になるんだろう?
「あーあ、また赤ん坊の世話かぁ、まったく嫌になっちまうぜ」
 六平が一丁前な口をきく。後のふたりも、そうだそうだと口々に言った。
「あらあんたたちはべつになにもしないじゃないか。せいぜいおもちゃにするだけで」
 母親の言葉にも彼らは納得しなかった。
「家でも赤ん坊の世話、保育園でもえんの世話だ。おいら気が休まる暇がないぜ」
 そう言ってため息をつく六平に、のぞみはぷっと吹き出した。結局彼は世話をする気満々なのだ。
「ろっくん、抱っこ上手だもんね。先生もサケ子先生もすっごく助かってるんだよ」
「それはそうだけど」
 六平は照れ臭そうに頭をかいた。
「でもこうぽんぽん産まれるんじゃ、手が回らないや」
「ふふふ、いいじゃない。たくさん赤ちゃんが産まれるのは、ろっくんのところのお父さんとお母さんが仲よしだからじゃ……」
 と、そこまで言いかけて、のぞみははたと口を閉じる。この表現は、聞く人によっては別のなにかを想像されてしまうような……。
「あらぁ、のぞみ先生」
 案の定、鬼の母親が着物の袖で口元を隠して意味深な笑みを浮かべた。
「先生はうぶな方と思っていましたけれど、考えてみればもう紅さまと夫婦になられたんですもの。今や立派なあやかし妻。さすが、おっしゃることが違いますわね」
「そ、そういう意味で言ったわけじゃ……! あ、でもすみません。変な言い方したりして……」
 のぞみは慌てて言い訳をする。意図せずに変なことを口走ってしまったのが恥ずかしい。
 母親がふふふと笑って首を振った。
「あら謝らないで下さいな、先生。本当のことなんですから。先生がおっしゃる通り、赤子がたくさん産まれるのは、私と連れ合いの相性がいいからでございます」
「そ、そうですか……」
 きっぱりと言い切られてしまいのぞみはうつむいてごにょごにょ言う。
 子どもたちの前では明らかに相応しくない話の内容だ。
 気まずい思いで兄弟を見ると彼らは首を傾げて、のぞみたちの話を聞いている。
 母親が訳知り顔で頷いた。
「のぞみ先生。これは、夫婦の間で一番大事なことでございますのよ」
「……一番?」
 思わずのぞみは聞き返してしまう。
「そうです、一番です。ふふふ、新婚さんならまだ試行錯誤の途中かしら。でもお相手が紅さまなら、そう心配いりませんよ。経験は山ほどおありでしょうから」
 まったく聞き捨てならないアドバイスをして、鬼たちは帰っていった。
 のぞみは唖然としながらも鬼三兄弟に手を振った。
"夫婦の間で一番大事なこと"
 なぜかその言葉が頭から離れなかった。