きみと真夜中をぬけて






「私さ、今週からテスト期間入るから、テスト終わるまで夜来れなくなる。ごめん」

「全然いいけど、蘭ってテスト勉強真面目にやるタイプなん」

「やるよ。どっかの誰かさんと違ってテスト期間関係なく夜に出歩いたりしないから」

「誰だその不真面目野郎は」

「あんただよ」

「いや まじでそれな。その後親に見つかるとこまでセットな。今考えたらポンコツすぎる」


懐かしい話をして笑い合い、天気が良い日は天体観測に行く。


広がる星空を見た帰りにアイスを買いに深夜バイター幻中 光──通称 真夜中さんがいるコンビニに向かう。

それから、四季などお構いなく、イートインスペースでアイスを食べるのだ。



それが、今も変わらない私と綺の、夜の越え方。




大学生になってから綺の門限はなくなり、23時でも堂々と外に出れるようになったらしい。


逆に私は学校に行かなければいけなくなったので、解散の時間が早まった。

県外の大学に通う杏未とは会う機会が減ったけれど、1か月スパンで実家に帰ってきているようで、そのたびに会っている。先月会った時は髪をハイトーンに染めていてとてもかわいくなっていた。


真夜中さんは大学3年生になり、付き合っていた彼女とは新学期になる前にようやく別れることができたらしい。

最終報告のみを聞かされたので、どういう経緯で別れ話を切り出したかは分からないけれど、真夜中さん曰く「おれ結構がんばりました」とのことだった。



「おれも、もし次誰かと付き合うことがあったら、無性に好きだって言いたくなるような人を選びます」

「それって俺と蘭が羨ましいってことっすか」

「そうとも言います」

「おほっ」

「え。ミヨーさん、このオタク君ちょっとキモいんですけど」

「時々出るあれなんで大目に見てください……」



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人生たるもの、進む道は人それぞれである。

立ち止まったままの人生を送ろうが、学校に行こうが、毎日平等に夜が来る。その事実だけは、生きてる限り これから先も絶対に変わらない。


どんな夜を過ごそうと────生きてさえいれば。


コンビニを出て、家までの道のりを歩く。繋がれた右手からは、綺の体温が伝わってくる。人の体温にしては比較的低めのそれが、とても愛おしかった。



「蘭」

「んー」

「テスト、赤点なかったらコーラ奢るよ」

「私別にコーラ好きじゃないんだけどなぁ」

「まあまあ。そういえば蘭とこの文化祭いつ?」

「9月の終わり」

「ふうん」

「絶対来てね」

「あたりまえ」



「蘭」

「うん」

「今日も好きだわ」



綺とたわいない会話をするたび、何気ない日々が愛おしくなる。綺が私の名前を紡ぐ度、胸がいっぱいになる。好きだと言われるたび、生きていてよかったと思う。


そしてその度に、




「ふはっ、私も!」



きみのことが、好きだと思うのだ。


夜の風が頬を切る。

つめたくて、それがとても気持ちよかった。





よ‐えい【余映】


日が沈んだり、灯火が消えたりしたあとに残った輝き。余光。残光。「落日の余映」



あえか

[形動][文][ナリ]か弱く、頼りないさま。きゃしゃで弱々しいさま。「あえかに咲く花」
「まだいと―なる程もうしろめたきに」〈源・藤裏葉〉

cf.デジタル大辞泉



余映はあえか【完】


けん‐こう〔‐カウ〕【健康】


[名・形動]

1 異状があるかないかという面からみた、からだの状態。「健康がすぐれない」「健康優良児」

2 からだに悪いところがなく、丈夫なこと。また、そのさま。「健康を保つ」「健康な肉体」

3 精神の働きやものの考え方が正常なこと。また、そのさま。健全。「健康な考え方」「健康な笑い」

[派生]けんこうさ[名]

cf.デジタル大辞泉



「らしゃいませー」



24時間光が消えないコンビニエンスストア。自動ドアをくぐり抜けると、客を出迎えるには少しばかり適当な声が聞こえた。


いらっしゃいませ、ありがとうございました。簡単な言葉をこんなに適当に言っても怒られないのは、コンビニだけなんじゃないかと思う。



僕が飲食店でアルバイトをしていた頃は、目を合わせてレジをしなかっただけでクレームが来たし、お昼のピークを超え、デシャップの前で少しボーッと立っていただけでこれまたクレームが来た。


世界は全然優しくない。

どのくらい優しくないかと言うと24時間営業してくれているコンビニを優しいと思ってしまうほどだ。

残業終わり駆け込みで飲み屋に行くのは最初の一年目で辞めた。たった1時間のために走ったり、終電を逃してタクシー代を払ったりするくらいなら、コンビニでレモンサワーを2本買って帰る方がコスパ的にも断然良い。


現在24歳。社会人3年目になるけれど、社会に出てからはよりいっそう、そこらじゅうに息するみたいに放り投げられている理不尽や不条理と闘わなければならなくなった。


思い返せば、学生時代は無敵だった。

例えばバイトで自分宛にクレームが来ても、責任を負うことがなかったので、店長に注意されて謝るだけですんだ。

月に何度も遅くまで飲み歩いたり、友達とちょっと悪いことをしたりわちゃわちゃ騒ぎあったり、テストの過去問を回しあって落単を回避したり。そんなことばっかりやっていても困らなかった。

何もかもが楽しくて、宝物のように思えていた。


出来ることなら、社会人になどなりたくはなかった。
ずっと遊んでいたかった。

けれど、それがただの我儘で、社会に通用しないことも僕は知っている。


レモンサワーを2本抱え、レジに向かう。この時間にいるのは、どこかやる気のなさそうな大学生の男性店員。週に何度も来ているから、すっかり顔は覚えてしまった。


【幻中】 と、なんて読むのか分からないネームプレートが左胸に付いていて、僕は密かに彼のことをゲンチュウさんと呼んでいた。


異動の関係で僕がこの辺りに越してきたのは半年前のこと。それ以来、深夜帯にレモンサワー2本と86番の煙草を買いに来るのが日課になった。いわゆる、常連と言うやつである。


ゲンチュウさんも、多分 僕のことを覚えてくれているのだと思う。レモンサワーをバーコードに通しながら、僕が「あと86番ください」って言うのを待っているようにも思えた。



このコンビニで言う86番はセブンスターだ。マールボロもメビウスも味わったことがあるけれど、なんだかんだセブンスターに落ち着いた。

社会人になってからすっかり生活の必需品になってしまったそれである。


理不尽と闘うには煙草を吸わないとやっていられない。ストレスが溜まる仕事内容に、血も涙もない鬼上司。当たり前にこなさなければならない残業。ストレスばかりが溜まっていく。

何もかもが霞んで見える。職場と家、それからコンビニを行き来するだけのつまらない日々。


社会人になるって、社会に適応するって、そういうことなんだって言い聞かせるしか術がない。こんなことなら、僕はやっぱり大人になんてなりたくなかった。


「86番、ください」

「かしこまりました」



煙草の値段が高い年々上がっていく。身体に良くないことなんか言われなくでもわかっている。

それでもやめられないのだ。

辞めたら、自分のイライラやどうにも出来ない気持ちを何処にぶつけていいかわからない。


仕事をすることは、自分を殺すこと。
煙草に頼ることは、死期を早めること。


どうしたらいいんだろうな、僕は。

煙草(こんなもの)に頼らず、上手く世界を渡りたいよ。何処からやり直したら、どこまで遡れば、僕はもっと優しい世界を生きることが出来たんだろう。