23時───世界がだんだん眠りにつき始める頃。
街の明かりが消え、誰を対象にしているのかもわからない街灯が虚しく灯るだけの夜は、私が一番人間的に活動できる時間だった。
「あぁ、蘭。今から行くの?」
玄関でスニーカーを履いていると、お風呂からちょうど出た母にそう声をかけられた。耳だけを傾け、「うん」と短く返事をする。
夜に部屋を出ることを日課にしてからもう1年が経とうとしている。
ともに暮らす母は、たとえ夜であろうと外の空気を吸うことを良しとしているようで、「気を付けてね」「スマホもった?」と最低限の言葉を毎日かけてくれるだけだった。