契約を交わして、まず魔神に求められたのは『世界の現状』に関する情報だった。



「…これから壊そうとしてる人間世界の情報なんて、知る意味あるのか?」

「バカ野郎、壊そうとしてる相手だからこそ必要なんだよ
情報なく挑んで負けた〜なんてつまらない事あってたまるか!」


 純粋な疑問を口にすると、予想の数十倍に真面目な返答が返ってきて言葉もない。
 事実、情報の有無は戦況を大きく分ける要因…斥候なんて職業はその為にあるのだ。



「んー…質問を投げられた手前言いづらいんだが、正直アンタが戦ってた時代とそう分布は変わらないと思うぞ?」

「それでもいい、多少の差異はあんだろ」

「そこまで言うなら別にいいんだが…」


 ……正直な話、この魔神が封印されてた部屋からさっさと出ていきたい俺なのだった。


▽▽▽


 創生歴2500年にして聖歴250年の現在、この星の大半は未探索領域となっている。

 探索済みの地上は星全体からみて約2.3割弱程度で、発見済みの大陸は4つ。
 情報のみの大陸は3つ。

 発見、情報のみ問わず全ての大陸には人類の存在が確認されている。


 接触済みの人類の在り方は大まかに分けて3つ。

 一つは『聖神派』
 地上で最も大きい国である『オリンピア帝国』の他、その傘下の国およそ12ヵ国がこの派閥であり、最終決定権を聖神『ジリウス』が行う。
 また、積極的に特異能力である『権能』を持つ人類…通称『神童』を主要都市に蒐集している。

 二つ目は『献神派』
 海に面した国家に多く、小国含め20を越す。
 戦闘に関する意欲を持たない事と、献神が口を挟むことがない事以外『聖神派』と差異はない。

 三つ目は『創造神派』
 『聖神』『魔神』『献神』『中立神』の種となった星を創った神を崇める国家。
 献神『ポッシヌス』が実質的に王座を退いて以降、『海洋国家アトランティス』はこれを国是としている。
 創造神の作ったこの星を分配し断絶する国家制度を否定しており、かつて地上の街であったアトランティスは海底に生息圏を移した結果『海洋国家』となった。


 『神童』を簡易的に説明するならば、魔法を現出させる対価となる魔力を必要としない神の力『権能』を持つ者。
 十万人に一人から二人現れ、オリンピアは彼らを徴兵する制度をもって地上最大の地位を手にした。

 ちなみに、『迷宮塔』はオリンピアの有する大陸に立つものだが、同じくその大陸に存在する広大な森を越えた先の調査は進んでいない。

 また、現在聖神はオリンピアへ特に肩入れしており、その首都に王城を超える大きさを誇る居城を持っている他、聖神が直々に徴兵された二千人の『神童』に指導を行っているとされる。

 補足だが、『神童』は必ずしも戦闘に向いた能力を持つわけでなく、援護や雑用、専門的技術等の能力をもつ者も少なくない。

 …様々な自分の知る知識を詳しく解説し、補足しながら伝えると、魔神は神妙な顔をして頷いてから、こう口を開いた。



「だいたい知ってたわ!」

「だろうな、変わってないって言っただろ?」


 まさに骨折り損のくたびれ儲け、先程までの説明に消費した時間は無駄でしかなかった訳だ。



「まぁ、献神の野郎…あー今はポッシヌスとか言うのか?」

「そうだな」

「んじゃあポッシヌスが海に国作った〜なんてのは知らねぇ話だったし…それこそ神々(俺ら)に名前がついたなんてのも知らねぇ話だった…あと聖神の居場所とかもな」


 そう満足気に言う魔神『ハーディス』
 『聖神』『魔神』『献神』『中立神』、『創造神』の五体を構成する部分(パーツ)から産まれた彼等は、これまで創造神と同じように『役職』的な名称以外を持っていなかった。

 しかし魔神の封印以降、彼を祓った聖神やその兄弟たる三神に名が無いのはおかしいという意見が集まった末、

『聖神』には『ジリウス』
『魔神』には『ハーディス』
『献神』には『ポッシヌス』
『中立神』には『クロノシア』

 それぞれに名が与えられ、信仰がより深まった…こんな事、神の活躍が記された聖典を読み聞かされる為そこらの子供すら知っている常識だ。
 時系列が曖昧となっているアトランティスの海入りの話も知らなかったみたいだし、もしかすれば俺が『常識』と流した話も、彼にとっては知らない話である可能性がある。

 この辺りは後々すり合わせを行いたいところだが…取り敢えず、まず。



「…もう特に用事ないなら、ココ出ないか?」

「…?んでそんなここから出たがるよ、特段危険な訳でもなし…」


 確かに、結論から言えば現状ここに居ても危険は無いのだろう。
 …危険は無いのだろうが、うん。



「だったらせめて服とかなんかくれよ!?あとそこら辺の魔獣追っ払え!!」


 そう、俺は全裸だった。
 魔獣の強力な胃酸に満ちた胃の中に落下したのだから当然、なんなら多分俺の体も大半溶けてたはず。

 だからその状態から戻してくれた事には感謝…いや、感謝はしないがなんか…うん!

 取り敢えず魔獣が特に嫌だ!
 冒険者やってただけあって魔獣の視線には慣れっこ。
 あの眼は魔神を中心に広がっている結界的な魔法のようなモノがなければ即座に襲いかかってくる眼だ、俺にはわかる。

 せめて武器の一つでもくれるか、追い払うかして欲しい…



「やだよ、万が一聖神でも来たときの為の捨て駒なんだから」

「思ってた以上にクソだな、自分の作った魔獣達に愛着とかないのか?」

「ない!」


 即答された…しかも断言した…



「というかそんな備えする位なら普通に出ろよ、もうやる事も何も無いだろ」

「ん?あ〜そういや言ってなかったか」

「…おい、なんで俺の頭に手を伸ば────」


 指先が頭頂部に触れると同時に視界が暗転し、俺は意識を失ったのだった。

─────そして。


▽▽▽

 出迎えのファンファーレのように響く鳥の鳴き声と、木々のさざめき。
 涼しい風が頬を撫でる。
 青々とした枝葉が大自然の美しさを表現し、これはまさに芸じゅ



「いや……何処だよ、ここ?」


 ……目覚めた俺は、深い森の中に半裸同然の格好で捨てられていたのだった。