「よう、起きたか?」


 …目を覚ますと、目前に紫色の肌の筋骨隆々の巨男が俺を見つめていた。
 俺を襲うのは2つの困惑。

 一つは、自分は死んだのでは無いかという、自身の生に関する困惑。
 そしてもう一つは…



「えー…誰、ですか?」
「わかって聞いてんだろ?それ」


 …ニヤニヤと楽しげに微笑む、伝承の(・・・)魔神(・・)』と相対する状況への困惑だった。


▽▽▽


 寝転がる魔神と、それを眺めて座る俺。
 数分の間なんの進展もなく、この状況が続いている…空気感が凄い。



「…あの、この状況」

「あーあー、堅苦しく話すな!嫌いなんだよそういうの」

「いやあなた」

「うるせぇ。そもそもテメェ殺したの俺なんだから敬うも何もねぇだろ?」


 殺気と怒気の籠もった声で一喝、彼の顔から笑顔が消え失せる。

 …察してはいたが、俺を殺すよう仕向けたのはこの魔神本人なのか。
 というか、やっぱり殺されてたのか。



「面倒くせぇ野郎だなぁ…一々状況確認か?魔神サマの前でよくそんなアホ面晒してられんな」


 軽く考えを巡らせていると、呆れ混じりの声が掛かる。
 怒りを越えて無関心の域に入り始めた魔神の纏う空気は、明らかに穏やかなものでは無く…じゃないわヤバイ!
 あーなんか、なんか返答…


「すみま…いや……殺したのに復活させたぐらいだから、なんか理由でもあるんだろうし別にいいかなって」

「…及第点ってトコか
まぁいい、説明する程度の気は湧いたからな、聞き逃すなよ?」


 流石に一足飛びに敬語を抜く事は出来ず、なんとも言いがたい話し言葉になってしまったがこれでもいいようだ。
 未だにつまらなそうな顔をしているが…俺が慣れるしか無いか…

 魔神は寝転んだ体制を変え、胡座をかくような姿勢で俺に説明をはじめた。


▽▽▽


「さっき言ったとおり、俺はあの魔獣に指示を出してテメェを殺した。
目的は復活、聖神(アイツ)に体の大半持ってたかれちまったからな…今度は人間の体の奪って、不意ついて殺すつもりだった(・・・)

中々良い具合の体が見つかんねぇモンだから焦ったぜ…あと数日もすれば聖神(アイツ)が来ちまうからな、そうなりゃ俺の負けだ
今度こそ死ぬ所だった。」


 聖神は誰よりも魔神の事を警戒して、7日に一度封印の壺があるこの地に足を運ぶのだと聞く。
 それを、壺の中にいた彼も感知していたのか…対立関係なだけあってか鋭いな。



「そんな時に丁度いいのが二人も来やがって大騒ぎだ!
これまでは栄養補給程度…通常の魔獣の行動と大差無い動きで働かせてたがかまってられねぇ、他の魔獣も使って、逃げ道塞いで追い詰めた…そんなにしたってのに、最後の最後で見失った。

魔獣の鼻使って当たりは付けてたが、それでも何処に隠れてるのかわかりやしねぇ…絶体絶命ってヤツだな」


 …あぁ、アレ見失ってたのか
 あと少し待ってれば、二人で助かってたのか…そっか。




「んな時だ!テメェのツレの金髪のガキが、テメェを抱えて出てきたじゃねぇか!
しかもアイツテメェの事を囮にして逃げてくし、笑っちまったぜ!」


 彼の嘲笑うかのような声が、やけに耳に刺さる。
 当事者がいる所でこんな事を言う辺り、本当に人間が嫌いなんだろう。



「……んで、気づいた
俺が人類滅ぼしたりしても、予定調和すぎてつまんねぇな…ってよ。

千年ちょい前か?あん時と同じだ
魔獣使って特攻して、俺が聖神(アイツ)とタイマン張ってどっちが先に死ぬかの殴り合いそれじゃ新鮮味がねぇ。
金髪のガキがテメェを捨てて逃げたみたいに、あまりに突拍子も無い事をやる方が絶対に面白い、面白くなる、そうわかったんだ。」

 言葉に込められた感情をより強めながら、語りが続く。

 この辺りから俺を蘇らせた理由の本題か、思っていたより前置きが短かったな…
 いや、聖神の話の読み過ぎか?妙に神は話が長いものという認識がある。



「じゃあ、どうしたら突拍子も無い事ができる?
俺が今までやろうとも思わなかった事をやる、それですぐに思いついたのが『人類』を使って人類を滅ぼす事だった訳だ!

聖神(アイツ)にとって人類は大好きで堪らない子供だ、妙に試練を与えたがるがソレは聖神(アイツ)なりの愛。
そんな大好きなガキに裏切られて全てを失う、これ以上に面白い話はねぇだろ!

ソレに協力させる人類は俺に衝撃を与えたガキが置いてった、余りに都合がいい事この上ねぇ!」


 楽しい事を思いついた子供のように、天井を見上げて嗤う魔神。



「もう分かってるだろ?提案だ!
お前、魔神(オレ)の側に付け!んでもって、人類を滅ぼせ!」


 彼は、悪意に満ちた満面の笑みでそう語りかけた。
 伝承通りの純粋無垢な悪意、害意。それらの籠もった言葉全てを受け取ったと同時に、俺を理解した。



「……わかった、その条件を飲む」


 コイツは、ただ純粋な人類の敵なのだと。


▽▽▽


「唐突に話が早えな、こっからこっちに付いた時のメリットだなんだでも言ってやろうと思ってたのによ」


 気の抜けた表情でそう言う魔神。
 …強制じゃないとか意外と優しいんだな。



「まぁ付かなきゃ殺してたけどな」


 撤回するやっぱりクソだ。

 頬杖をつきながら説明を求めて訝しげな表情を見せてくる魔神に、俺は答える。



「…最初に言われたとおり、俺はアンタに殺された。それは絶対に変わらない事実だ。
でも、殺した俺を蘇らせたのがアンタなのも事実だ。

殺されて、生き返った。
これでもう等価、アンタに敢えて付かない意味が無いだろ?」


 敬意を一切示さない俺の口調に、彼はニヤリと笑う。お気に召してくれたようだ。


 あの魔獣に殺された冒険者仲間の仇!
 …みたいな気持ちが無いワケじゃないが、それは殺された直後の今相対しているからであって、俺の心から出た本音とは違う。

 冒険者とは、そういう仕事なのだ。
 聖神の為、聖神が封じ込めた魔獣を殺す為なら自分の命すら捨てる。
 それが冒険者の在り方。

 彼らは満足して逝った筈だ。
 自分自身の責務を全うし、最期まで戦い抜いた。

 それに、付け加えれば俺にもこれは当て嵌まる。
 そんなに高尚なものじゃないが、魔獣を殺し尽くすために戦って、死んだ。
 納得こそ出来なかったが、これも事実だ。



「加えて言えば、俺はあの魔獣に殺された時に『聖神に尽くす』責務を終えた。

今何も俺を縛るものは無い、それで俺はさっきの説明を聞いて特に否定的な感情は抱かなかった…だから受け入れる事にした」


 実際、これ以上の感情が無い。

 人間が嫌いになったとか魔神に共感したとかじゃなくて、何も無い俺が最初に受けた提案だったから受け入れただけ。
 これがもし聖神だったらそれを受け入れ、再び冒険者にでもなっていただろう。



「ふーん、面白い考え方をするんだな…別にいいけどよ」

「変だと思うならそれでいい」


 何か納得の行かないかのような表情で顎を掻き、首を傾げる魔神。



「まぁ…取り敢えず、これからよろしく頼む、でいいか?」

「…おう、一緒に世界を塗り替えちまおう!」


 差し出した俺の手、体と見合った巨大な手でそれではなく、俺自体を握りしめる魔神。
 全身を巡る痛みと共に、俺と魔神の契約は成ったのだった。