「『三光矢』ッ!」
放たれる三条の閃光。
一つ一つは同時に放たれたモノでないにも関わらず、一瞬たりとも着弾にズレはない。
湾曲する事もなく、全く同じ場所にその光の矢は命中した。
─────しかし。
「ーーーーーーーーッッッッ!!!!」
迷宮塔に響く魔獣の嘶き。
それは矢に貫かれたが故でなく、脆弱な人間に反抗された怒りが為。
それを示すかのように大黒馬の魔獣の体表は矢尻を通さず、落ちた矢は踏み躙られた。
「やっぱりダメです、効きません!」
「じゃあとにかく逃げるしか無いだろ!」
俺とエイリは魔獣から逃げており、そして追われていた。
このような状況になったのか、その理由は少し前に遡る。
▽▽▽
「……居ました、例の黒馬です」
「話で予想してた以上だな、上層の魔獣でも中々居ないんじゃねぇか?」
迷宮塔は地上1000階層、地下100階層からなる巨塔であり、聖神『ジリウス』の手によって作られた事で、物理法則に逆らって存在し続けている。
内部の生態系は地上層は下層に弱い魔獣が生息しており、上層は強力な『種族系魔獣』が日々縄張り争いを繰り広げている。
第一〜二十階層には通常生物程度の力を持つ魔獣のみが生息しており、それ以上の力を持つ魔獣達はより大気に『魔力』を含む上層へ向かうのが常。
しかし、体格から察するに黒馬の魔獣は相当な力を持っている筈だ。
それこそ上層でも争える程に。
明らかな異常性、違和感。
「それじゃ、作戦通りに頼むぜ」
「分かりました…」
しかしそれを気にする事は無く、俺達は通常の魔獣と同じ狩猟を行おうとした。
……いや、違う。
通常と比べれば数倍以上に念入りな下準備を行った作戦だったし、力も籠もっていた。
誰一人欠けること無く、地上に戻れる筈だった。
「『麻────」
しかし、そうはならなかった。
効力増強の効果増強を掛けた『麻痺』を放つ直前、その僅か1秒にも満たないその時の中、魔獣は俺達をその瞳に写した。
瞬間、その場にいた全員が凄まじい恐怖を懐き、全身の魔力を陣に注いでいた事で完全な無防備状態であったシェスタはその威圧に耐える事は出来ず、失神。
この時、全ての作戦は水の泡となり消え失せた。
突進した黒馬に武器を構えた前衛組は瞬く間に蹴散らされ、瀕死。
幸か不幸か、俺はシェスタへ効果増強の付与を前衛と兼任していた為に無傷だった。
ここまで危機的状況に追い込まれた事は初めてだったが、これで混乱しては冒険者などやっていられない。
まず何より人命優先、生き残った後衛・中衛、そして俺とシェスタの内誰か一人だけでも地上へ戻り、魔獣のより高まった危険性を伝えなければならない。
あの強さはまず冒険者が太刀打ち出来るものじゃなかった。
本国の騎士団…いや、『神童』でもなければ魔獣の討伐は叶わないだろう。
そうして生き残り全員は駆け出し、迷宮塔の出入り口の存在する第一層へ向かった。
しかし、ここでもまた予想外の事態。
ゴブリンと呼ばれる人型の小型魔獣、その数十匹の群れが下層へ続く道を塞いでいたのだ。
近接での戦闘が多少行える俺とエイリが道を開く為に最前線へ立つが、猛攻により俺達は2つに分断されてしまった。
彼らを心配する気持ちもあったが、それ以上に額に汗を滲ませる焦り。
後方から響く重い足音はどんどんと近付き、大きくなってゆく。
そして、ゴブリンの半数程度を倒し、分断された彼等の無事を察しのと同時に、巨影が俺達を覆った。
即座に下層への逃走を図ったが、一歩踏み出すよりも早く『遠すぎる』と直感的に察した。
人間には数歩、しかし魔獣には一歩。
射程距離に自ら踏み込み、殺されずに下層へ逃げる可能性に賭ける事を、俺達は出来なかった。
その結果が、今だった。
▽▽▽
唸りが聞こえる。
大気を震わす唸り声が、鋭い鼻息と共に鼓膜に響き続けている。
迷宮塔の地上層は外見こそ塔の形を成しているが、中身は大規模な洞窟。
故に数多くの空洞を有しており、俺達はその中の一つに隠れていた。
しかし…地鳴りのような足音は遠ざかる事なく、着実に距離を近づけていた。
「おかしい…あくまでも下層の魔獣が、たった二人の冒険者にここまで執着する事なんてあるのか…?」
ポツリと、独り言を溢す。気が動転した訳ではなく情報共有の為に。
この状況は、冒険者になったばかりでも分かる程異常だった。
魔獣は『人類を見つけ次第襲う』という習性を持っているが、それは完璧な殺戮機能では無い。
人類を見つければ殺しにかかる、対象に逃げられればその限りでは無い。
下層の魔獣も決して知能が低いわけではない。
魔神に植え付けられた習性が無ければ共存の道すらあり得たかもしれない程だ。
故に、対象が逃走し『視界から外れた』場合、基本的に自ら追いかける事は殆ど無い。あるとして、極度の空腹状態だった時だろう。
あの魔獣は、確実に俺達を視界から外した筈…しかし、追い掛けられた。
経験から鑑みて、空腹だったという事も無いだろう。
つまり、あの魔獣は明確にして純粋な殺意をもって俺達を追いかけていた訳になる。
前述の通り、下層の魔獣は決して獰猛では無い。理性や知性を兼ね備えており、冒険者との交戦を避ける傾向にある。
それにも関わらず、あの魔獣は俺達を…いや、そもそもあの魔獣自体もおかしいんだが…駄目だ、考える程頭が回らなくなる。
「ヘイゼルスト…さん」
頭を抱えて悩む俺にエイリが声を掛けてきた。
よく見れば、異様な程の汗で全身を湿らせており、極度の緊張状態となっている事がわかる。
「すまん、考えすぎてた…どうした?」
エイリは、俺より冒険者としての評価が高いとはいえ冒険者歴一年程度の新人だ。
こんな非常事態に巻き込まれて、焦らない筈が無い。
…やっぱりダメだな、冷静になりきれない。ちゃんと周りを見てれば気付けた事すら、相手から声を掛けられるまで気付きすらしなかった。
俺が俺自身を恥じたのと同時に、エイリが口を開く。
「すみません──────国の為に死んで下さいッ!!」
「なっ─────」
瞬間、地面に叩きつけられる俺の半身。突然且つ全力で押さえつけられた為か、激しい痛みが襲った。
しかし、それ以上に俺の中には困惑が広がっていた。
─────なんでこんな事をっ!?
彼はこんな事をするような性格ではない。むしろ、このような状況になれば率先して自分の身を捨てるような男だ。
それは上面の話ではなく、彼の根底の在り方として。
逆らえない何かに指示されたかの如く、涙を流しながら俺を押さえ付ける彼の姿を見ればそれは理解できるだろう。
だとしても、何故?
彼がこの行動を行うように指示した誰かは、何故このような事を?
疑問符が脳内を埋め尽くす中、視界の端で銀色に煌めく何かが見えた。
「僕が、ここで死ぬ事は許されないんですッ!あなたを囮にすれば僕は逃げる事が出来る、だからぁ!!」
煌めくソレはナイフ。
振り下ろされたナイフは俺の皮膚を裂き、肉を刳り、腱を断った。
迷宮塔の中に響く俺の絶叫、近づく巨大な足音。
ナイフに麻痺効果のある毒でもつていたのか、意識が段々朦朧としていく。
投げ捨てられた感覚と、走り去る青年の姿。
はぁ…結局、俺も死ぬのかぁ…
上手くやってたつもりだったんだけどなぁ…
視界を埋め尽くす魔獣の口腔。
生暖かい吐息を浴びながら、死ぬ前に好物の一つでも食べておけば良かったという後悔を抱き……激痛。
しかしそれがすぐに治まると共に、俺は完全に意識を失った。
放たれる三条の閃光。
一つ一つは同時に放たれたモノでないにも関わらず、一瞬たりとも着弾にズレはない。
湾曲する事もなく、全く同じ場所にその光の矢は命中した。
─────しかし。
「ーーーーーーーーッッッッ!!!!」
迷宮塔に響く魔獣の嘶き。
それは矢に貫かれたが故でなく、脆弱な人間に反抗された怒りが為。
それを示すかのように大黒馬の魔獣の体表は矢尻を通さず、落ちた矢は踏み躙られた。
「やっぱりダメです、効きません!」
「じゃあとにかく逃げるしか無いだろ!」
俺とエイリは魔獣から逃げており、そして追われていた。
このような状況になったのか、その理由は少し前に遡る。
▽▽▽
「……居ました、例の黒馬です」
「話で予想してた以上だな、上層の魔獣でも中々居ないんじゃねぇか?」
迷宮塔は地上1000階層、地下100階層からなる巨塔であり、聖神『ジリウス』の手によって作られた事で、物理法則に逆らって存在し続けている。
内部の生態系は地上層は下層に弱い魔獣が生息しており、上層は強力な『種族系魔獣』が日々縄張り争いを繰り広げている。
第一〜二十階層には通常生物程度の力を持つ魔獣のみが生息しており、それ以上の力を持つ魔獣達はより大気に『魔力』を含む上層へ向かうのが常。
しかし、体格から察するに黒馬の魔獣は相当な力を持っている筈だ。
それこそ上層でも争える程に。
明らかな異常性、違和感。
「それじゃ、作戦通りに頼むぜ」
「分かりました…」
しかしそれを気にする事は無く、俺達は通常の魔獣と同じ狩猟を行おうとした。
……いや、違う。
通常と比べれば数倍以上に念入りな下準備を行った作戦だったし、力も籠もっていた。
誰一人欠けること無く、地上に戻れる筈だった。
「『麻────」
しかし、そうはならなかった。
効力増強の効果増強を掛けた『麻痺』を放つ直前、その僅か1秒にも満たないその時の中、魔獣は俺達をその瞳に写した。
瞬間、その場にいた全員が凄まじい恐怖を懐き、全身の魔力を陣に注いでいた事で完全な無防備状態であったシェスタはその威圧に耐える事は出来ず、失神。
この時、全ての作戦は水の泡となり消え失せた。
突進した黒馬に武器を構えた前衛組は瞬く間に蹴散らされ、瀕死。
幸か不幸か、俺はシェスタへ効果増強の付与を前衛と兼任していた為に無傷だった。
ここまで危機的状況に追い込まれた事は初めてだったが、これで混乱しては冒険者などやっていられない。
まず何より人命優先、生き残った後衛・中衛、そして俺とシェスタの内誰か一人だけでも地上へ戻り、魔獣のより高まった危険性を伝えなければならない。
あの強さはまず冒険者が太刀打ち出来るものじゃなかった。
本国の騎士団…いや、『神童』でもなければ魔獣の討伐は叶わないだろう。
そうして生き残り全員は駆け出し、迷宮塔の出入り口の存在する第一層へ向かった。
しかし、ここでもまた予想外の事態。
ゴブリンと呼ばれる人型の小型魔獣、その数十匹の群れが下層へ続く道を塞いでいたのだ。
近接での戦闘が多少行える俺とエイリが道を開く為に最前線へ立つが、猛攻により俺達は2つに分断されてしまった。
彼らを心配する気持ちもあったが、それ以上に額に汗を滲ませる焦り。
後方から響く重い足音はどんどんと近付き、大きくなってゆく。
そして、ゴブリンの半数程度を倒し、分断された彼等の無事を察しのと同時に、巨影が俺達を覆った。
即座に下層への逃走を図ったが、一歩踏み出すよりも早く『遠すぎる』と直感的に察した。
人間には数歩、しかし魔獣には一歩。
射程距離に自ら踏み込み、殺されずに下層へ逃げる可能性に賭ける事を、俺達は出来なかった。
その結果が、今だった。
▽▽▽
唸りが聞こえる。
大気を震わす唸り声が、鋭い鼻息と共に鼓膜に響き続けている。
迷宮塔の地上層は外見こそ塔の形を成しているが、中身は大規模な洞窟。
故に数多くの空洞を有しており、俺達はその中の一つに隠れていた。
しかし…地鳴りのような足音は遠ざかる事なく、着実に距離を近づけていた。
「おかしい…あくまでも下層の魔獣が、たった二人の冒険者にここまで執着する事なんてあるのか…?」
ポツリと、独り言を溢す。気が動転した訳ではなく情報共有の為に。
この状況は、冒険者になったばかりでも分かる程異常だった。
魔獣は『人類を見つけ次第襲う』という習性を持っているが、それは完璧な殺戮機能では無い。
人類を見つければ殺しにかかる、対象に逃げられればその限りでは無い。
下層の魔獣も決して知能が低いわけではない。
魔神に植え付けられた習性が無ければ共存の道すらあり得たかもしれない程だ。
故に、対象が逃走し『視界から外れた』場合、基本的に自ら追いかける事は殆ど無い。あるとして、極度の空腹状態だった時だろう。
あの魔獣は、確実に俺達を視界から外した筈…しかし、追い掛けられた。
経験から鑑みて、空腹だったという事も無いだろう。
つまり、あの魔獣は明確にして純粋な殺意をもって俺達を追いかけていた訳になる。
前述の通り、下層の魔獣は決して獰猛では無い。理性や知性を兼ね備えており、冒険者との交戦を避ける傾向にある。
それにも関わらず、あの魔獣は俺達を…いや、そもそもあの魔獣自体もおかしいんだが…駄目だ、考える程頭が回らなくなる。
「ヘイゼルスト…さん」
頭を抱えて悩む俺にエイリが声を掛けてきた。
よく見れば、異様な程の汗で全身を湿らせており、極度の緊張状態となっている事がわかる。
「すまん、考えすぎてた…どうした?」
エイリは、俺より冒険者としての評価が高いとはいえ冒険者歴一年程度の新人だ。
こんな非常事態に巻き込まれて、焦らない筈が無い。
…やっぱりダメだな、冷静になりきれない。ちゃんと周りを見てれば気付けた事すら、相手から声を掛けられるまで気付きすらしなかった。
俺が俺自身を恥じたのと同時に、エイリが口を開く。
「すみません──────国の為に死んで下さいッ!!」
「なっ─────」
瞬間、地面に叩きつけられる俺の半身。突然且つ全力で押さえつけられた為か、激しい痛みが襲った。
しかし、それ以上に俺の中には困惑が広がっていた。
─────なんでこんな事をっ!?
彼はこんな事をするような性格ではない。むしろ、このような状況になれば率先して自分の身を捨てるような男だ。
それは上面の話ではなく、彼の根底の在り方として。
逆らえない何かに指示されたかの如く、涙を流しながら俺を押さえ付ける彼の姿を見ればそれは理解できるだろう。
だとしても、何故?
彼がこの行動を行うように指示した誰かは、何故このような事を?
疑問符が脳内を埋め尽くす中、視界の端で銀色に煌めく何かが見えた。
「僕が、ここで死ぬ事は許されないんですッ!あなたを囮にすれば僕は逃げる事が出来る、だからぁ!!」
煌めくソレはナイフ。
振り下ろされたナイフは俺の皮膚を裂き、肉を刳り、腱を断った。
迷宮塔の中に響く俺の絶叫、近づく巨大な足音。
ナイフに麻痺効果のある毒でもつていたのか、意識が段々朦朧としていく。
投げ捨てられた感覚と、走り去る青年の姿。
はぁ…結局、俺も死ぬのかぁ…
上手くやってたつもりだったんだけどなぁ…
視界を埋め尽くす魔獣の口腔。
生暖かい吐息を浴びながら、死ぬ前に好物の一つでも食べておけば良かったという後悔を抱き……激痛。
しかしそれがすぐに治まると共に、俺は完全に意識を失った。