「ヘイゼルスト様、本日ギルド長の判断により、あなたは『追放処分』となりました。
冒険者証の返還をお願い致します」

「はぁ……わかりました、少し待ってください…」


 ……またか。

 『追放処分』と言われた俺の頭に真っ先に浮かんだ言葉はそれだった。

 【大地の囁き】【博愛の帳】【大呑の酩酊】【猛火の燻り】…そして今回の【釜戸の灯火】で5度目(・・・)の『追放処分』となる。
 もういい加減うんざりだ…

 溜息をつきつつ、懐からギルドに所属する冒険者の証である冒険者証を取り出そうとしていると、俺に『追放処分』を伝えて来た女性職員が語りかけて来た。


「…私が言わずとも理解してるとは思いますが、現代の冒険者には一点に特化した『神童』の様な強さが求められています。
あなたの祝福(スキル)の多彩さには驚かされますが……」

「わかってます、これでいいですね?それではもし縁があれば、また」


 ……祝福(スキル)は俺の手が及ぶ範囲ではない。

 祝福(スキル)は気まぐれな『聖神』が人類に与える力の片鱗だ。
 剣技に興味を持てば『剣術』の祝福(スキル)を与え、与えられた者は『剣術』に凄まじい才覚を見せる。

 その才覚を更に研ぎ澄まし、限界まで極めた暁には『剣王』『剣帝』『剣聖』等のの性能を高める祝福(スキル)が与えられる場合がある。

 そう、極めようとも『与えられない場合』もあるのだ。


 そして、俺は与えられなかった。

 『剣術』に『弓術』、『魔術』『応急処置』…様々な祝福(スキル)を与えられ、その全てを限界まで極めた。
 しかし、俺はどれ一つ与えられなかった。

 『剣術』を限界まで極めようと、『剣王』には敵わない。
 『剣王』以上の祝福(スキル)を与えられた者には一つの技にすらも祝福(スキル)が与えられるのだとか…敵う気がしない。

 全ての技術を平均的に行える冒険者と、一つの技術に特化して強力な冒険者達のチーム。
 どちらを雇うかと問われれば、当然後者だろう。

 かつては冒険者の総数は少なかった為に俺のような冒険者にも居場所があったそうだが、現代は冒険者に溢れている。
 チームを組む事も容易…はぁ、全く……俺の入れる隙間が無いな…
 だから『追放』されるんだけどな…


 トボトボと帰路につく俺の後ろ姿は弱々しく見えるのか、嘲笑うかのような声が聞こえる…気がする。

 『聖神』サマは俺の欲しがる祝福(スキル)は絶対にくれないようで、街の仕事に使える様な祝福(スキル)は何一つ持っていない。
 親は物心つく前に死んでいるので、帰る家もない。

 冒険者以外に、俺が就ける職は存在しないのだ。
 本当、『聖神』サマには勘弁してほしい…


「あ!ヘイゼルストさんだー!」


 そんな事を考えながら頭を掻いていると、背後から妙に元気そうな声が聞こえた。
 振り返ると、背中に弓と矢筒を携えた金髪美形の青年と、それを追いかける杖を持つ少女が俺に向かって駆けてくるのが見えた。


「こんにちはヘイゼルストさん!久しぶりですね!元気にしてましたか?」

「ちょっと!駄目だよエイリくん…ヘイゼルストさん、仕事中かもしれないでしょ?」

「あー、いや…まぁ、本当ならそうだけど…」


 ニコニコ笑顔で問いかけてくる青年がエイリ、そしてそれを咎めた少女がシェスタ。
 二人は前に追放された【猛火の燻り】で同時期に入った冒険者で、冒険者全体を通して見ても非常に高い人気と強さを誇っている。

 本来なら関わりを持つのも難しい類の冒険者だが、同期だった事と初めの頃に色々と冒険者のあり方を教えた縁で、現在でも仲良くしている。

 うーん……別に彼らにカッコつけた姿を見せていたい訳じゃないが、自分から「追放された」って言うのは……恥ずかしいな。
 どうにかうまく切り抜けたい。
 なんなら、この場から逃げたい。


「俺たち喫茶店で次の依頼の作戦会議でもしようかなって思ってたんですけど、暇だったら話でもどうですか?
なんならヘイゼルストさんにも依頼に来てほしいんですけど…」
「よし、追放されて暇だったし行こうか」

 俺は冒険者ヘイゼルスト、長い物には巻かれる主義の男だ。


▽▽▽


「つまり『下層に上層並の魔獣(モンスター)が現れて、慣れていない冒険者が危険だから倒せ』って事か?」

「簡単に言えばそういう事ですね…遭遇した冒険者は『明らかに存在感が違った』とか『周りの魔獣より異常に大きい』とか言ってて…まぁ危険に違いは無いです」

「知り合いの子の話だと6メートル近い全高に黒毛の黒馬だったみたいです」


 今から数千年前に、人類を滅ぼそうとした『魔神』と『聖神』の戦いがあった。

 最後には『聖神』が『魔神』の封印によって勝ちを手にしたが、敗北の瞬間まで抗い続けた『魔神』は、ただひたすらに人類を淘汰する為だけの殺戮種として『魔獣』を生み出した。

 人類の多くはそれに喰い殺される事となり、コレを悲しんだ『聖神』は『迷宮塔』を作り、それを封印された『魔神』と『魔獣』の多くを閉じ込める檻とした。

 そして、その塔に封じられた魔獣を倒す役割が人類に与えられた事が『冒険者』という仕事の始まりとなったとされている。


「今回の依頼は3つのチームと合同で行うんですが、一つのチームにおける最低参加人数が『3人』…つまり9人掛かりで倒すのがやっとであるとギルドに判断された訳なんですが…」

「私たちは知っての通り二人組で活動していて、後1人足りないんです。
…本当ならアドネスさんに参加してもらおうと思っていたんですが…」

「あぁ…そういいえば、帰ってこない(・・・・・・)んだったか」


 …迷宮塔での行方不明は、その9割以上が『死』だ。
 魔獣達は常に飢えており、新鮮な肉とあらば骨すら残さず喰らい尽くす為、その『死』の痕跡すら残らない。
 故に、行方不明となる。


 塔に閉じ込めた魔獣は『冒険者』によっていずれ狩り尽くされ、真なる平和が世界に訪れる…と『聖神』は言った。

 だが…魔獣達は迷宮塔の中で新たに生態系を築き、進化を遂げている。

 いずれ、とは『いつ』なのか?

 塔の外にいる魔獣もかつては少なかったようだが、現在では明確な魔獣による被害が現れる程に増加している。
 『冒険者』の必要が無くなる日は、来るのだろうか?
 疑問符が浮かぶばかりだ。



「私達は、先手を取って速攻で倒す事が前提のチームです。
私が魔獣を発見し次第『麻痺(パラライズ)』の魔法を使い、動かなくなるか動きが鈍くなってから、エイリくんが『三光矢(トライ・ライトニング)』でトドメを刺す…ヘイゼルストさんに教わった通りの事をやってるだけですね」

「いや、俺も知り合いの言ってた事を教えただけだし、それで成果を上げる事が出来るのも才能だ。悪い訳じゃない」


 シェスタは『魔術』の祝福(スキル)から更に『魔導師』の祝福(スキル)が与えられており、またエイリは『弓術』から『狩人』の祝福(スキル)を得ている。

 シェスタは少し前まで『魔術師』だったが…どんどん置いてかれている…そもそも俺4年先輩なのになぁ……
 ともかく、二人とも相当な才人だ。
 それでも二人だけでは補えない部分もあると言う訳だ。



「ありがとうございます…ですが、私達のみで戦って行けるのは今の層が限界という事実は変わりません。
その為に『重戦士』のアドネスさんに誘いをかけていたのですが、迷宮塔から戻らず音信不通になってしまい…」

「どうしようか話し合いをする為にここへ向かっていた時に、丁度ヘイゼルストさんを見かけたんです!」

「あー…つまり俺にアドネスの代わりをやって欲しい訳か?」


 それは……正直どうだろうか。
 『盾術』の祝福(スキル)も持ってはいるが、正直得意な訳じゃない。『頑張ればやれない事もない』くらいで、『重戦士』の祝福(スキル)を持っていたアドネスには到底及ばないだろう。


「いえ、違います!俺は『ヘイゼルストさんだから』頼みたいと思ったんです!」


そんなふうに考えていた俺に、エイリから思いもよらない回答が届いた。


「確かに『回復師』や『剣士』『斥候』、ヘイゼルストさんが出来ること一つ一つをヘイゼルストさん以上にやれる人を探そうと思えばすぐに見つかります。
ですが、ヘイゼルストさんに出来る事全てを同じように出来る人も、それ以上に出来る人も、一度も見たことがありません!」

「んー…まぁ…そうだろうな」


 なにせ、俺の様な人種は祝福(スキル)が与えられない現実に溜息をついて地元へ帰るか、そもそも夢を見ずに地元から出ないかのどちらかだ。
 あと、稀に蛮勇かまして迷宮塔で死ぬ。
 俺は極々稀有な存在なのだ。

 反応の悪い俺と興奮気味のエイリ。
 傍から見て、もはや勧誘は絶望的。

 しかし、彼らのチームに加入する事に対して反対派であった俺の心は、彼の口から放たれた一言によって、大きく彼側に傾いた。

「俺とシェスタはあなたに育てられました!
冒険者として今活動できているのは、ヘイゼルストさんのおかげなんです!

…でも、他の冒険者にそれを伝えても信じて貰えない…
『追放処分されるような冒険者に二人のような冒険者を育てる事が出来るはずがない』と、鼻で笑われ否定される…

この状況を変えたいんです、変えてみせたいんです! 

自分達の恩人が不当に評価され続ける姿をもう見たくないんだっ!」

「──────っ」


 鼓動が高鳴る。
 他者に自身を讃えられるという事は、初めての経験だった。

 瞳に熱が宿るが、それを堪える。

 駄目だ、俺なんかを讃えられる彼に涙を見せる訳にはいかない…!


 頭を深々と下げながら、「チームに入って下さい」と懇願するエイリの姿。
 取って貰うために宙へ突き出し、行き場を失った彼の繊細さを感じる手は、俺の目前へ伸びていた。

 俺は─────。


「わかった、取り敢えず今回だけだ。
今回組んで、駄目そうだと思ったなら俺の事は気にせず他のヤツをチームに誘ってくれ。
追放なら慣れっこだからな!」

「っ!!ありがとうございます、ヘイゼルストさんっ!!」

「ありがとう、ございます」


 ─────その手を握った。

 口先ではいつでも追い出せと言いながら、間違っても離すことのないように、強く。
 彼の手を握った。