そうだ、16歳の夏の日だ。入道雲がかかった空の下、青々とした棚田が風に波打つ畦道で、私は話した事も無い彼にいきなりこう言われたんだ。
「お前、才能あるよ。悔しいけど」
奇しくも同じ小さな短編小説の公募に応募していたのだ。そして私が入選し、地元の新聞に名前が載った。
彼はどちらかと言うと体育会系で、野球部に所属していたから、文芸部の私とは接点なんてある筈も無かったので心底驚いた。
それから密かに文筆家志望だった彼との交流が始まったのだ。
好きな作家、作風、文体。小説に関するあらゆる議論やくだらない話を帰り道にした。
とても楽しかった。本当に。
いつしか、それが恋慕に変わっていたのは、自然な事だった。
だけど閉鎖的な小さい田舎町で、それを表に出すのはタブーに等しかった。
最後まで想いすら伝えられず、私達は卒業し、それぞれの道へ進んでいった。
出版社主催の賞に私の書いた長編ミステリーが選ばれ、私は小説家になった。
運命の悪戯とは本当にあるものだと、今でも思う。
私の担当編集者が、彼だったのだ。
高校生のあの未成熟な危うさは既に無く、成熟した大人の男に変わっていた。
「卒業してからずっと探してた。編集者になれば、絶対にいつか会えると思ってたから」
その言葉に、漸く胸の中の長い長い空白が埋められていくような気がして、思わず彼を抱き締めていた。