メニューを見る。素朴な手書きで書かれたメニューは、どれも懐かしい物ばかりで目移りしてしまいそうになる。
その中のひとつが目に留まり、私は知らずのうちに口にしていた。
「クリームソーダ……」
幼い頃に口にしたきりだ。もうずっと忘れていた。
「お決まりになりました?」
「は、はい。クリームソーダを」
「かしこまりました」
マスターはメニューを受け取るとキッチンの中でグラスを取った。
「……今日、伴侶を見送ってきたんです」
カウンターを見つめながらぽつりと言葉が零れ落ちた。それは止めようとしても溢れて止まらない。
マスターは黙ってそれを聞いていた。
「10年以上一緒に過ごしてきたけど、彼の事、何も知らなかった。あんなに愛してくれたのに。いっそのこと、私が彼の代わりに逝ったら良かったって思うんです」
彼は私を一人の人間として、私を愛してくれた。
肩書や知名度に群がってくる有象無象とは一線を画していた。
物静かで、理知的で、才能があった。
彼は私の最高の相棒であり、ライバルであり、伴侶だった。
でも、病気の事は話してくれなかった。
気づいた時には、手遅れだった。
彼はもう小さな箱の中で静かな眠りについてしまった。
半身が欠けたような苦痛。胸に空いた穴からは慟哭すら響かない。
ひたすらに、虚ろだ。
「お待ちどうさま。クリームソーダです」
こと、と目の前に置かれたそれを見て、眼を瞠った。
「凄い……」
背の高いグラスの中には、透き通るような蒼空と揺らめく入道雲、深緑色の森。初めて彼に出会った時のあの夏の日の景色が、そこにあった。
「バタフライピーを入れたソーダに、生クリームを乗せて、中にはライム味のゼリーを入れてあります。後は……企業ヒミツ」
マスターの説明を聞きながら、グラスの中の景色に魅入られたように覗き込む。
蒼の中を揺らめく生クリームの雲がグラスの中に夏空を閉じ込めているようだ。
十代の私達がそこに居るような気がして、胸が熱くなった。
飲むのがもったいないくらいだが、早くその味を堪能してみたかった。
ストローを咥えてゆっくり口に含む。爽やかな甘味と酸味、生クリームのまろやかさが見事な調和を奏でている。