心の中に軽やかなメロディーが流れてくるみたいだ。どこかで鳥がぴーっと鳴き、近くに緑が多いことを思い出した。
確か、少し大きめな森林公園があったはずだ。帰りに通ってみようかな。
弾む足取りで歩を進める。個人商店がいくつか連なり、その途中には交番。お巡りさんが立っていたので挨拶をしたら笑顔をくれた。細い道を抜け、レンガ通りに出ると図書館があった。図書館の少し先には郵便局。そこから更に行くとチラシに載っていた、目印の花屋さんが角に見えてきた。梶さんのお店は、この角を曲がってすぐだと書かれている。
ワクワクする気持ちが歩を早めた。子供みたいに笑顔で角を曲がると、三軒先に多分そうだろうお店が見えた。どうしてそうと思ったかと言えば、店先に大きなバスケットが置かれ、その中に雑貨らしいものが見えているし、軒下からもぶら下がるようにしていくつもの雑貨が見えたからだ。
「あれだ」
つい声に出し近づいていくと、丁度雑貨屋の向かい側に位置するお店にも目がいった。白を基調とした木目造りの建物で、ドアは空色の木目。窓は大きく取られていて、カウンター席になっているようだ。窓越しにちらっと奥を覗くと、テーブル席も窺える。「SAKURA」と看板が出ていた。カフェだ。
木の甲板の少し高くなっている場所に、黒板にチョークで書かれたメニュー看板が置かれていた。今日のランチメニューは、オムライスにキーマカレー・ナポリタン。コーヒーのいい香りがしてくる。
目の前にある梶さんの雑貨屋さんとその可愛らしいカフェは、セットで存在しているみたい。どちらか一方がなくなってもいけないような、お互いがあってこその存在のように見えた。
雑貨を一通り眺めたら、ここでお茶をしていこう。雑貨屋の楽しみだけだったはずが、不意のプレゼントを貰ったように嬉しさが倍増した。今すぐにでもカフェでコーヒーを飲みたいところだけれど、まずは梶さんのお店へ足を向けた。
軒のすぐ上に飾られている店名の看板には、チラシと同じ「Uzdrowienie」。間違いなくここだ。
遠くから窺った時に見えたカラフルな籐のバスケットの中には、ぬいぐるみかと思わせて、手に取ってみたら体を洗うお風呂のスポンジだった。他には、シンプルな積み木や立体的な組み立て式の迷路。カラフルに彩られた、これはイースターエッグかな? 春なのに、クリスマスオーナメントのような飾りもたくさん置いてあった。どれもデザインやイラストが個性的で可愛らしい。手作りのような木枠の窓には、ウエルカムボードが掲げられている。
開け放たれたドアから一歩中に入ると、所狭しとたくさんの雑貨が溢れかえっていた。壁には、ポスターや切り絵、ポストカード。棚には、カラフルな陶器の置物や絵本。お風呂セットやキッチン用品。文房具もある。どれも魅力的で、見ているだけで幸せな気持ちになっていく。
それらは雑然としているようでいて、その実そうではなく。手に取りやすいような配置や、目線の高さに来るよう考えられていた。時々余裕を見せておかれている小ぶりの鉢植えには、季節の花と観葉植物。緑や花が自然と溶け込むような店内の空間は、梶さんが見せてくれたあの微笑に似ている気がした。
アルバイト君だろうか、私よりも少し若そうな男性が、こちらに背を向けて丁寧に商品を並べていた。
「いらっしゃいませ」
私に気がつき、笑顔で声をかけてくれた。笑みを返して奥へ行くと、食器の類が飾られていた。柄は、藍色の水玉模様がメインのようで、お皿にタンブラーにスプーンにフォーク。これは、キャンドルホルダーかな。腰に手を当てた、お人形の形をしている。落ち着いた色合いの藍色が素敵で、セットで揃えたくなる。
手に取り眺めていたら、「いらっしゃいませ」と別の声がした。見ると、昨日挨拶をした、梶優斗が立っていた。
「こんにちは、来ちゃいました」
早速やって来たことが少しばかり照れくさくなり、小さな声で目を伏せた。
「色々と新しい物を揃えようと思いまして」
微笑みを浮かべた梶さんは、「ようこそ」と、店内用の可愛らしい買い物籠を手渡してくれた。
お皿にフォークとスプーンを二組ずつ。スープカップも二つ。ふわふわのフェイスタオルも籠に入れた。キャンドルも可愛らしくて、ダイニングテーブルに置こうと二つ入れて、さっき見たキャンドルホルダーも手に取った。デスクライトも可愛らしいけれど、これはまた今度。あ、ハンドメイドソープだって。いい香り。美香に買って行ってあげよう。
会社の同僚で席が隣の美香は、仕事仲間だ。ちょっと姉御肌で頼りにしていた。
レジへ籠を持っていくと、引っ越し祝いにと言って、梶さんがペアのマグカップをプレゼントしてくれた。そんな、そんな。とか。お気遣いなくと言ってはみたものの、カップの綺麗な様にすぐに目を奪われてしまう。
白地に藍色の小さな小華柄の絵が描かれたマグカップは、とても可愛らしくて。全く同じ柄なのかと二つを見比べてみれば、手描きなのか微妙に違っているさまが、まるで一点物のようで特別感があった。
引越時に持ってきていたマグカップは年季も入っていて、確か高校の時からの代物だ。特別に気にいっているわけでもなかったのだけれど、なんとなく使い続けているマグだったから、新しいものに替えるにはいい機会だ。
プレゼントしてもらったマグを眺めていると、梶さんが奥にいたさっきの若い店員さんに声をかけた。
「淳史」
アルバイト君だろうか。さっきの彼に向かい、レジに来るように呼ぶ。淳史と呼ばれた彼は、購入した食器などを割れないよう丁寧にくるみ、袋詰めしてくれた。
「ありがとうございました」と人懐っこい笑顔で手渡されれば、こちらもつられて口角が上がった。
商品を入れてくれたお店のショッピングバッグも、売り物のように可愛らしい。シンプルな未晒しで、厚手のしっかりとした紙を使っているのは、こうやって重みのある食器を入れても心配のないようにだろう。
袋の右隅には、ここで売られている水玉の食器のイラストが可愛らしく描かれていて、小さくFumikaとサインが書かれていた。Fumikaという人が描いたイラストなのだろうか。上の方には少し掠れた筆文字で、「Uzdrowienie」と店名も書かれていた。「Uzdrowienie」の最後のeに小鳥がとまっていて可愛らしい。
「また、いらしてくださいね」
笑顔を向ける梶さんに笑顔を返して店を出た。ショッピングバッグを手にし、とても素敵なお店に出会えたことがあまりに嬉しくて、ウキウキと踵を返して歩いていき、花屋の角を曲がったところで思い出した。
「あ。カフェに寄ろうと思っていたのに」
振り返ってみたところで、角を曲がってしまっては、カフェの外観さえ見えるはずもなく。買ったものの嵩張り具合や重さを言い訳に、また今度にしようとそのまま家路をたどった。
新しい食器を使うのがとても楽しみだ。そう考えれば、カフェに寄れなかったことも、帳消しにできるというもの。楽しみは、あとに取っておくのもいいじゃない。
少し遠回りになるけれど、やけに広い森林公園を抜けて家に戻った。朝鳴いていた鳥の声は聴こえなかったけれど、空気の綺麗さに深呼吸を何度か繰り返す。
その夜、買ったお皿に料理を盛りつけ、梶さんから頂いたマグカップに麦茶を注いでテーブルについた。小華柄を眺めていたら隅の方に小鳥が描かれていることに気がついて、ショッピングバッグと一緒だと、素敵なものを見つけたことに心が弾んだ。
マグカップ一つで、何の変哲もない冷たい麦茶がいつもの倍増しに美味しく感じて笑みが浮かんだ。
確か、少し大きめな森林公園があったはずだ。帰りに通ってみようかな。
弾む足取りで歩を進める。個人商店がいくつか連なり、その途中には交番。お巡りさんが立っていたので挨拶をしたら笑顔をくれた。細い道を抜け、レンガ通りに出ると図書館があった。図書館の少し先には郵便局。そこから更に行くとチラシに載っていた、目印の花屋さんが角に見えてきた。梶さんのお店は、この角を曲がってすぐだと書かれている。
ワクワクする気持ちが歩を早めた。子供みたいに笑顔で角を曲がると、三軒先に多分そうだろうお店が見えた。どうしてそうと思ったかと言えば、店先に大きなバスケットが置かれ、その中に雑貨らしいものが見えているし、軒下からもぶら下がるようにしていくつもの雑貨が見えたからだ。
「あれだ」
つい声に出し近づいていくと、丁度雑貨屋の向かい側に位置するお店にも目がいった。白を基調とした木目造りの建物で、ドアは空色の木目。窓は大きく取られていて、カウンター席になっているようだ。窓越しにちらっと奥を覗くと、テーブル席も窺える。「SAKURA」と看板が出ていた。カフェだ。
木の甲板の少し高くなっている場所に、黒板にチョークで書かれたメニュー看板が置かれていた。今日のランチメニューは、オムライスにキーマカレー・ナポリタン。コーヒーのいい香りがしてくる。
目の前にある梶さんの雑貨屋さんとその可愛らしいカフェは、セットで存在しているみたい。どちらか一方がなくなってもいけないような、お互いがあってこその存在のように見えた。
雑貨を一通り眺めたら、ここでお茶をしていこう。雑貨屋の楽しみだけだったはずが、不意のプレゼントを貰ったように嬉しさが倍増した。今すぐにでもカフェでコーヒーを飲みたいところだけれど、まずは梶さんのお店へ足を向けた。
軒のすぐ上に飾られている店名の看板には、チラシと同じ「Uzdrowienie」。間違いなくここだ。
遠くから窺った時に見えたカラフルな籐のバスケットの中には、ぬいぐるみかと思わせて、手に取ってみたら体を洗うお風呂のスポンジだった。他には、シンプルな積み木や立体的な組み立て式の迷路。カラフルに彩られた、これはイースターエッグかな? 春なのに、クリスマスオーナメントのような飾りもたくさん置いてあった。どれもデザインやイラストが個性的で可愛らしい。手作りのような木枠の窓には、ウエルカムボードが掲げられている。
開け放たれたドアから一歩中に入ると、所狭しとたくさんの雑貨が溢れかえっていた。壁には、ポスターや切り絵、ポストカード。棚には、カラフルな陶器の置物や絵本。お風呂セットやキッチン用品。文房具もある。どれも魅力的で、見ているだけで幸せな気持ちになっていく。
それらは雑然としているようでいて、その実そうではなく。手に取りやすいような配置や、目線の高さに来るよう考えられていた。時々余裕を見せておかれている小ぶりの鉢植えには、季節の花と観葉植物。緑や花が自然と溶け込むような店内の空間は、梶さんが見せてくれたあの微笑に似ている気がした。
アルバイト君だろうか、私よりも少し若そうな男性が、こちらに背を向けて丁寧に商品を並べていた。
「いらっしゃいませ」
私に気がつき、笑顔で声をかけてくれた。笑みを返して奥へ行くと、食器の類が飾られていた。柄は、藍色の水玉模様がメインのようで、お皿にタンブラーにスプーンにフォーク。これは、キャンドルホルダーかな。腰に手を当てた、お人形の形をしている。落ち着いた色合いの藍色が素敵で、セットで揃えたくなる。
手に取り眺めていたら、「いらっしゃいませ」と別の声がした。見ると、昨日挨拶をした、梶優斗が立っていた。
「こんにちは、来ちゃいました」
早速やって来たことが少しばかり照れくさくなり、小さな声で目を伏せた。
「色々と新しい物を揃えようと思いまして」
微笑みを浮かべた梶さんは、「ようこそ」と、店内用の可愛らしい買い物籠を手渡してくれた。
お皿にフォークとスプーンを二組ずつ。スープカップも二つ。ふわふわのフェイスタオルも籠に入れた。キャンドルも可愛らしくて、ダイニングテーブルに置こうと二つ入れて、さっき見たキャンドルホルダーも手に取った。デスクライトも可愛らしいけれど、これはまた今度。あ、ハンドメイドソープだって。いい香り。美香に買って行ってあげよう。
会社の同僚で席が隣の美香は、仕事仲間だ。ちょっと姉御肌で頼りにしていた。
レジへ籠を持っていくと、引っ越し祝いにと言って、梶さんがペアのマグカップをプレゼントしてくれた。そんな、そんな。とか。お気遣いなくと言ってはみたものの、カップの綺麗な様にすぐに目を奪われてしまう。
白地に藍色の小さな小華柄の絵が描かれたマグカップは、とても可愛らしくて。全く同じ柄なのかと二つを見比べてみれば、手描きなのか微妙に違っているさまが、まるで一点物のようで特別感があった。
引越時に持ってきていたマグカップは年季も入っていて、確か高校の時からの代物だ。特別に気にいっているわけでもなかったのだけれど、なんとなく使い続けているマグだったから、新しいものに替えるにはいい機会だ。
プレゼントしてもらったマグを眺めていると、梶さんが奥にいたさっきの若い店員さんに声をかけた。
「淳史」
アルバイト君だろうか。さっきの彼に向かい、レジに来るように呼ぶ。淳史と呼ばれた彼は、購入した食器などを割れないよう丁寧にくるみ、袋詰めしてくれた。
「ありがとうございました」と人懐っこい笑顔で手渡されれば、こちらもつられて口角が上がった。
商品を入れてくれたお店のショッピングバッグも、売り物のように可愛らしい。シンプルな未晒しで、厚手のしっかりとした紙を使っているのは、こうやって重みのある食器を入れても心配のないようにだろう。
袋の右隅には、ここで売られている水玉の食器のイラストが可愛らしく描かれていて、小さくFumikaとサインが書かれていた。Fumikaという人が描いたイラストなのだろうか。上の方には少し掠れた筆文字で、「Uzdrowienie」と店名も書かれていた。「Uzdrowienie」の最後のeに小鳥がとまっていて可愛らしい。
「また、いらしてくださいね」
笑顔を向ける梶さんに笑顔を返して店を出た。ショッピングバッグを手にし、とても素敵なお店に出会えたことがあまりに嬉しくて、ウキウキと踵を返して歩いていき、花屋の角を曲がったところで思い出した。
「あ。カフェに寄ろうと思っていたのに」
振り返ってみたところで、角を曲がってしまっては、カフェの外観さえ見えるはずもなく。買ったものの嵩張り具合や重さを言い訳に、また今度にしようとそのまま家路をたどった。
新しい食器を使うのがとても楽しみだ。そう考えれば、カフェに寄れなかったことも、帳消しにできるというもの。楽しみは、あとに取っておくのもいいじゃない。
少し遠回りになるけれど、やけに広い森林公園を抜けて家に戻った。朝鳴いていた鳥の声は聴こえなかったけれど、空気の綺麗さに深呼吸を何度か繰り返す。
その夜、買ったお皿に料理を盛りつけ、梶さんから頂いたマグカップに麦茶を注いでテーブルについた。小華柄を眺めていたら隅の方に小鳥が描かれていることに気がついて、ショッピングバッグと一緒だと、素敵なものを見つけたことに心が弾んだ。
マグカップ一つで、何の変哲もない冷たい麦茶がいつもの倍増しに美味しく感じて笑みが浮かんだ。